↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

134/153

第130話 私立黎明統合学院/2055/真実の欠片と沈黙

 



 まだ夜明けにも満たない薄青い時間、高層集合住宅の最上階は静寂に包まれていた。


 蓮はまるで猫のように足音を殺しながら廊下を歩き、主寝室の扉をそっと開ける。


 柔らかな朝靄のような光がカーテン越しに差し込み、穏やかな寝息だけが部屋を満たしていた。


 広いベッドでは蒼真が規則正しい呼吸を繰り返している。


 仕事に追われる日々では滅多に見られない無防備な寝顔だった。


 蓮は起こさないよう静かにベッドの傍らへ膝をつく。


 眠っている蒼真はいつもの優しい笑みも、誰かを守ろうとする強さも消え、年相応の青年らしい穏やかな表情をしていた。


 その寝顔を見つめているだけで胸の奥がじんわりと温かくなる。


 こんな顔を見られるのは今日は自分だけなのだと思うと、不思議なほど嬉しかった。


 蓮は少しだけ身を寄せ、柔らかな頬へ触れるだけの口づけを落とす。


「……行ってきます」


 声にならない囁きは朝の静けさへ溶けていく。


 蒼真は目を覚まさない。それでも蓮は満足そうに小さく笑った。


 ────誰よりも、世界中の何よりも好きだ。


 蒼真を何者からも守れるくらい早く強くなりたい。


 その想いだけは、新しい朝を迎えるたびに少しずつ大きくなっている。


 名残惜しさを振り切るように部屋を出ると、玄関ではすでに柊が黒いトレーニングウェア姿で待っていた。


「準備はできているか」


「ああ」


 短いやり取りだけで地下訓練区画へ向かう。重い防爆扉が閉まる音とともに空気が変わる。


 そこは生活空間ではなく、生き残る術だけを叩き込むための場所だった。


 開始の合図もないまま木刀が風を裂く。蓮は反射的に受けるが衝撃を殺しきれず数歩後退した。


「遅い」


「っ……!」


 息を整える暇も与えられない。踏み込み、受け、崩され、転倒し、立ち上がる。


 床へ膝をつくたび柊は容赦なく距離を詰めてくる。


「敵は待たないぞ」


「分かってる」


「理解と実行できるかどうかは別だ」


 冷徹な指摘だった。しかし、その厳しさは蓮を否定するためではない。


 生きて勝ち残る技術を身体へ刻み込むためのものだと、今では蓮にも分かっていた。


 腕は痺れ、肩は焼けるように痛む。それでも木刀を握る指だけは決して緩めない。


 蒼真を守る。その願いがある限り、倒れるわけにはいかなかった。


 訓練終了をアラームが告げる頃にはシャワーで汗を流して制服に着替えるだけで筋肉が悲鳴を上げていた。


 それでも学校へ向かう足取りは不思議と軽い。


 教室へ入れば、きっと今日も悠馬が大きな声で「おはよう」と笑うのだろう。


 その賑やかさが少しだけ楽しみになっている自分に気づき、蓮は誰にも分からないほど小さく目を細めた。




 ♢




 昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に、教室は一斉に椅子を引く音で満たされた。


「蓮、今日は中庭行こうぜ」


 悠馬は昨日と同じように笑い、紙パックの牛乳と購買で手に入れたパンを抱えて立ち上がる。


 蓮も無言で弁当を持ち、その後ろを歩いた。


 中庭に吹く風は心地よく、木漏れ日が石畳へまだら模様を描いている。


 二人は鉄製のベンチへ腰を下ろした。


 悠馬は焼きそばパンの袋を開けるなり幸せそうに頬張り、蓮は弁当の蓋を静かに開く。


「それ、毎日ちゃんと栄養考えられてるよな」


「そうなのか」


「絶対そう。彩りまで完璧だし」


 蓮は卵焼きを口へ運びながら、小さく肩を竦めた。


「保護者兼同居人がうるさい。作ってるのは、……別の奴だけど」


「いい人なんだな」


「ああ」


 迷いなく頷く。


 その短い返事だけで十分だった。


 悠馬は少しだけ目を細める。


「蓮ってさ、その人の話になると雰囲気変わるよな」


「そうか」


「うん。何ていうか……安心した顔になる」


 蓮は否定しなかった。


 否定する理由もなかった。


 蒼真のことを考えるだけで胸の奥に灯る温かさは、自分でも隠せないものになっている。


 悠馬はその様子を見て笑い、それ以上踏み込まないまま話題を変えた。


「そういえば昨日さ、親父からまた電話きて」


「家族か」


「叔父さんだけどな。俺、小さい頃からずっと世話になってるんだ」


 パンを持つ手が少し止まる。


 笑顔は変わらない。


 けれど、その奥に懐かしさが滲んでいた。


「昔は身体が弱くてさ。入院ばっかりしてたんだ」


 蓮は箸を止める。


「そんなに悪かったのか」


「かなり。病院の天井のほうが家の天井より見慣れてたくらい」


 冗談めかして笑う。


 重くならないように話していることくらい、蓮にも分かった。


「兄貴がずっと面倒見てくれてたらしいんだけど」


「……らしい?」


「俺、小さい頃のことあんまり覚えてないんだ」


 生まれつき悪い心臓の手術による入院と長期治療。


 幼い日々の記憶は、その苦しい過程で曖昧になっていた。


「叔父さんがよく話してくれるんだよ。兄貴、学校終わると毎日病院へ来て、本読んでくれたり飯食わせたり、一緒に寝たりしてたって」


 悠馬は照れくさそうに頭を掻く。


「責任感の塊みたいな人だったらしいよ。自分のことなんか全然考えないで、俺のことばっかりだったって」


 蓮は静かに耳を傾けていた。


「それで、街が大変なことになった時も……」


 悠馬は空を見上げる。


 雲がゆっくり流れていく。


「崩れた建物の中に俺が取り残されて、兄貴、一人で助けに入ったらしいんだ」


 淡々と語られる事実。


 まるで他人の昔話のようだった。


「自分も大怪我したのに、ずっと俺を探し続けたって聞いた」


 蓮の胸に、微かな痛みが走る。


 あの無表情な柊が、命を削るほど誰かを守ろうとした。


 その姿は、今の彼からは想像もつかない。


「……兄さんのおかげで、お前は助かったのか」


「うん。でも俺の身体、もう限界だったらしくて」


 悠馬は自分の胸にそっと触れる。


「今動いてる心臓も肺も、本物の俺のじゃなくて……最新の人工臓器なんだ」


 悠馬はあまりにも軽く、何でもない事のようにさらりと言った。


 その軽さが、苦痛を何度も受け入れて、前を見ようとしてきた人生を物語っていた。


「だから叔父さんに言われるんだよ。『お前は兄貴が命懸けで守った命なんだから、大事に生きろ』って」


 照れ笑いを浮かべながら牛乳を飲む。


「………………」


 蓮は何も言えなかった。


 悠馬は何も知らない。


 その兄が今どこで、どんな人生を歩いているのか。


 自分が何気なく話し、笑い合っている相手が、その兄のすぐ傍で暮らしていることも。


 胸の奥が静かに重くなる。


 秘密とは、守るためにあるものなのか。


 それとも、誰かを傷つけないためにあるものなのか。


 答えは見つからない……。


「悪い悪い、昼飯なのに暗い話しちゃったな」


 悠馬はいつもの調子へ戻るように笑った。


「食べようぜ。午後の数学、絶対眠くなるし」


「ああ」


 蓮も小さく頷く。


 その横顔を見ながら悠馬は不思議そうに首を傾げた。


「蓮ってさ」


「何だ」


「たまにすごく遠くを見るよな」


 蓮は少しだけ目を伏せる。


「……考え事だ」


「難しいこと?」


「……そんなに簡単じゃない」


 それ以上は話さなかった。


 話せるはずもなかった。


 昼休みの喧騒は変わらず校庭から聞こえ、笑い声が風へ溶けていく。


 その穏やかな時間だけは、誰にも壊せないものだった。





モチロン蓮のお弁当を毎日作ってるのは

柊です( *´艸`)

わぁ~……マッチョメイドだぁ……('ω')

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。