第13話 指南
「────っ!」
「静かに」
神崎が小声で警告する。
「……声が遠い感じするけど」
蒼真もおなじ小声で返した。
耳を澄ませていた神崎は頷いた。
「足音も、まだ遠い」
「しばらくは鉢合わせは無しか」
「……はぁ」
詰めていた息を吐いた。
指先に変な力が入っているのに気づく。
手の中の銃。
黒い金属。
重さ。
蒼真は少し困ったように笑った。
「正直さ」
神崎を見る。
「銃なんて触るの初めてなんだけど」
神崎が一瞬だけ片眉を上げた。
「だろうな」
「バレてた?」
「持ち方が初心者だ」
神崎は蒼真の手を軽く指差す。
「グリップが浅い」
蒼真が銃を見下ろす。
「え、どこが?」
「貸せ」
蒼真は素直に銃を渡す。
神崎はそれを手に取り、慣れた手つきで確認した。
「……グロックだな」
蒼真が首をかしげる。
「グロック?」
神崎は銃を軽く掲げた。
「オーストリア製の拳銃。ポリマー製フレームで軽い。シンプルで壊れにくい」
カチ、とスライドを少し引く。
「装弾数は基本17発。このサイズならG17だろうな」
蒼真は少し驚いた顔をする。
「……なんでそんな詳しいの」
「一般教養だ」
(ソレどこの国の一般教養……)
鼻白んだ様子で蒼真は神崎を見た。
神崎はそれ以上説明しない。
代わりに銃を蒼真へと返す。
「持ってみろ」
蒼真が受け取り、銃把を握る。
「こう?」
「違う」
次の瞬間。
神崎が後ろから蒼真の腕を取った。
背後から覆うような体勢。
蒼真の肩に神崎の腕が回る。
「グリップはもっと奥」
神崎の手が蒼真の手に重なる。
指を少しずつ動かしていく。
「ここ」
蒼真の手のひらを銃の背に押しつける。
「隙間を作るな」
低い声がすぐ耳元で響く。
(近い……けど、そこまで気にならなくなったな)
神崎の気息は、すでに蒼真のものと馴染んでいるようだった。
触れられても、身構えることもしない。
(この声と温度────ずっと前から知ってたような……わけないか)
ふいに郷愁にも似た感情が湧き上がる。
蒼真の知り合いにこんな物騒な男はいない。
頭を振って妙な感覚を振り払った。
「今のうちに教えとく」
神崎は気にした様子もない。
もう一方の手で蒼真の左手を取る。
「両手で支える」
指を絡めるようにして配置する。
「こう」
「……ここ?」
「力を抜け」
「いや、抜いてる」
「……」
神崎の指が蒼真の指を軽く叩く。
「トリガーに指をかけるな」
蒼真が慌てて指を離す。
「撃つ瞬間までトリガーには触れるな。これは基本だ」
「……うん」
神崎は蒼真の腕を少し持ち上げる。
銃口が通路の先へと向いた。
「照準」
蒼真の視線の前に銃の照準が来る。
「前の突起がフロントサイト。後ろがリアサイト」
神崎の指が軽く触れる。
「この三つを一直線にする」
蒼真が目を細める。
「……こう?」
「そうだ」
神崎の胸が蒼真の背に軽く触れている。
微かな体温に、蒼真は武器を持っている緊張を解いた。
「……神崎」
「なんだ」
「これ────、試しに撃ってみるってのは」
「銃声で全員をおびき寄せたいか?」
「……」
神崎は蒼真の手を離した。
「ただ覚えておけ」
低い声。
「この銃は安全装置が外部にない」
蒼真が驚く。
「え?」
「グロックは“トリガーセーフティ”だけだ。
つまり────」
神崎が引き金を軽く触る。
「ここを引けば撃てる」
蒼真がごくりと喉を鳴らす。
「……怖いな」
「だから普段は指をかけるな」
神崎は少し間を置いた。
「スライドを引いて装填しとけ。反動があるから撃つ際はしっかり両手で銃を支えろ」
そして静かに言う。
「無理に人を撃たなくていい」
蒼真が振り向こうとする。
しかし神崎の腕がそれを留めた。
「威嚇で充分だ」
「……お前はそれでいい」
蒼真は少し黙った。
それから小さく笑う。
「……わかった」
神崎は腕を離した。
「だが」
一歩前に出る。
通路の奥を見据える。
「撃つ必要がある時は来る」
蒼真は銃を見下ろした。
重い、凶器。
さっきより、少しだけ手に馴染んでいる。
「……オウンゴールだけはするなよ」
神崎がぼそっと言った。
「その時は、」
蒼真は申し訳なさそうな顔をつくり、神崎を見る。
「ごめん」
神崎は一際冷たく答えた。
「……没収するか」
暗い迷宮の中で、二人は再び歩き出した。
その先にはまだ、悪意の罠と────、
そして、殺意に狂った怪物たちが待っている。




