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【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


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第10話 知らない傷み

 



 神崎の笑みはすぐに消えた。


 残ったのは、どこか頑なな静けさだけだった。


 蒼真は小さく息を吐く。


 このまま廊下で睨み合っていても仕方がない。


 そう判断して、顎を持ちあげている手をペシっとはたき落とした。


「……それより」


 蒼真は神崎の手をちらりと見た。


 あんなものをへこませるほど殴りつけたのだ。


 手の甲の皮膚が裂け、血がにじんでいる。


 蒼真は眉を寄せた。


「お前の手、まだ血が出てる」


 神崎は一瞬だけ自分の手を見下ろした。


「大したことない」


 蒼真は少し考え、それから目の前にある自分の部屋の扉を指した。


「入れよ」


 神崎の視線がゆっくり蒼真に戻る。


 蒼真は肩をすくめた。


「消毒くらいはできる」


 短い沈黙。


 神崎は何も言わず蒼真の後ろについてきた。


 蒼真は扉を開ける。


 部屋の中は相変わらず簡素だった。


 白い光が、狭い空間を均一に照らしている。


 蒼真は粗末で小さな机の引き出しから救急キットを取り出した。


「座れ」


 ベッドを顎で示す。


 神崎は静かに腰を下ろした。


 蒼真はその前に立つ。


「手」


 神崎はためらいもなく静かに自分の手を差し出した。


 蒼真はそっとその手を取る。


 骨張ったしろい手の甲。


 節のはっきりした長い指。


 蒼真はガーゼに消毒液を染み込ませた。


「しみるぞ」


 言い終わる前に当てる。


 神崎の肩がわずかに動いた。


 だが声は出さない。


 蒼真は傷口を確認する。


 皮膚が裂け、血が乾きかけている。


「……本当に無茶するな」


 神崎は答えない。


 ただ蒼真の指先を見ている。


 ガーゼで血を拭き取り、消毒し、かるく包帯を巻く。


 蒼真の手つきは慣れていた。


 淡々としていて、無駄がない。


 神崎が低く言う。


「慣れてるな」


 蒼真は包帯を固定しながら答える。


「そうか?」


 神崎は何も言わない。


 ただ視線だけが、蒼真の横顔に留まっている。


 その視線に気づき、蒼真は眉を寄せた。


「……何」


 神崎は少しだけ首を傾ける。


「いや。……世話、かけたな」


 短い返事。


 だがその声には妙な柔らかさが混じっていた。


 蒼真は最後に包帯を結ぶ。


「終わり」


 手を離そうとした瞬間だった。


 神崎の腕が動く。


「……え?」


 ぐい、と腰を引かれた。


 一瞬で視界が近づく。


 気づいた時には、蒼真は神崎の膝の上に引き寄せられていた。


「ちょ、待っ────」


 逃げようとした途端、腹の前へ腕が回る。


 がっちりと囲い込まれた。


 背中に触れる胸板は硬く、熱い。


 蒼真の喉がひくりと鳴った。


「神崎」


 呼んでも返事はない。


 そのまま体勢が傾く。


「うわっ」


 二人まとめてベッドへ倒れ込んだ。


 スプリングが鈍く軋む。


 蒼真は息を詰めた。


 神崎の体重がすぐ後ろにある。


 耳の近くへ、深い呼吸が落ちてきた。


 熱い。


 近すぎる。


(……なに、これ)


 暴れようとして、気づく。


 神崎の腕に、さっきまでみたいな力が入っていない。


 むしろ────。


 額が、蒼真の肩口へ静かに触れる。


 そこで初めて、神崎が完全に脱力していることに気づいた。


「……おい」


 返事はない。


 呼吸は規則的で、ゆっくりしている。


 蒼真は目を瞬いた。


「……やっぱり………寝てる?」


 信じられないものを見るみたいに振り返る。


 すぐ近くにある端正な顔は、完全に眠っていた。


 長い睫毛。


 わずかに緩んだ眉間。


 起きている時には絶対に見せない無防備さ。


 蒼真はしばらく固まる。


 背中へ回された腕が重い。


 なのに、不思議と嫌じゃなかった。


(……いや、なんでだよ)


 ついさっきまで人を半殺しにしかけていた男が、今は蒼真を抱えたまま眠っている。


 意味が分からない。


 腕の力はまるで、“逃がさない”というより。


 “失くしたくない”みたいだった。


(……マジか。まだ、会ってたった一日だぞ。俺のこと、信用しすぎてないか?


 初っ端から裏切られたと思ったらワケわかんないこと言って、


 変に過保護で今は寝てる……。もうなんなのこの状況)


 蒼真は小さく息を吐いた。


「……せまい。重い……」


 文句を言いながらも、振りほどこうとはしなかった。


 と言うか、彼の力では無理だった。


 蒼真は視線を落とした。


 神崎の腕は、無意識に蒼真を守るように組まれている。


(一体、何(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)る(・)んだ、神崎────)




 その時だった。


 急に目の前がくらく沈み、


 蒼真の中で、何かが疼いた。




 血。


 全身の痛み。


 折られた腕。


 激痛。僅かに恍惚が混じる。


 首が折れて────ガクンと落ちた。


 涙。


 冷えていく身体。


『……もう、失いたくない』


 だれかの、こえ────。




「……っ!!?」


 思わず呻いて、はげしく痛む頭を抱えた。


 今の、は────何だ?


「こえ────かん、ざき?」


 思わず漏れた声がベッドに落ちた。


 神崎は静かに眠っている。


 黙って鼓動と冷や汗が収まるのを待った。


(知らない────記憶……?)


 まさか。知(・)ら(・)な(・)い(・)のに、思(・)い(・)出(・)す(・)わけがない。


(でも、今の声は)


 蒼真は小さく呟く。


「ほんとヘンな奴」


 腕の中は、あたたかかった。


 抗えない眠気が襲う。


 いつの間にか、蒼真も眠っていた。



 ♢



 2、3時間ほど経っただろうか。




 突然、天井のスピーカーが音を立てた。


 ノイズ。


 蒼真の体がぴくりと動く。


 機械音声が流れた。


 無機質な、感情のない声。




『参加者の皆様にお知らせします』




 神崎の腕の中で、蒼真は顔を上げる。




『第三ゲーム開始まで、残り10分です』


『全参加者は速やかに中央ホールへ集合してください』





 沈黙。


 そして最後の一言。





『一秒でも遅れた場合────失格となります』





 スピーカーが沈黙する。


 部屋に静寂が戻る。


 廊下がざわつきだした。


 蒼真はおもい、ため息をつく。


「……いよいよ、か」


 背後を見る。


 神崎はまだ眠っている。


 蒼真は呆れた顔で声をかけ、


 自分をがっちりと拘束している腕を叩いた。


「起きろ、神崎」


 しかし腕はびくともしない。


 蒼真は苦笑した。


「……次が始まるぞ」


 その言葉に、神崎の指がわずかに動いた。

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