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断罪されたので、裏から王国を乗っ取ります  作者: 早乙女リク


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第6話 再会

 王都から三日ほど離れた地方都市は、まだ平穏だった。


 石造りの街路。

 小さな市場。

 夕刻になると、子どもたちの笑い声が聞こえる。


 ――王都で起き始めている歪みは、ここまでは届いていない。


 だが、それも時間の問題だ。


 アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、宿屋の奥にある個室で、静かに紅茶を飲んでいた。

 窓から差し込む夕陽が、木の机に長い影を落とす。


 扉の外で、足音が止まった。


 ためらい。

 確認。

 そして、控えめなノック。


「……入って」


 扉が開き、男が姿を現す。


 年齢は四十前後。

 実直そうな顔立ちに、深く刻まれた皺。

 官僚特有の、無意識に背筋を伸ばす癖。


 マティアス・クロイツだった。


「……お久しぶりです、アリシア様」


 彼は一瞬、そう呼んでから、言い直しかけてやめた。

 今の彼女に、正式な呼称はない。


「座って」


 アリシアは顎で椅子を示した。

 命令ではない。ただの指示。


 マティアスは腰を下ろし、深く息を吐いた。


「……本当に、ここにいらっしゃるとは」


「王都にいないことは、皆が知っているでしょう」


「ええ。ですが……」


 彼は言葉を探すように、机の上を見た。

 そこには何もない。帳簿も、書類も。


「何も持っていらっしゃらない」


 アリシアは微笑んだ。


「必要ないものは、置いてきたわ」


 沈黙が落ちる。


 先に口を開いたのは、マティアスだった。


「王都は……混乱しています」


「ええ」


 即答だった。


「まだ小さなものですが、確実に」


「三つ、起きたでしょう?」


 マティアスは目を見開いた。


「……どうして」


「人は三つ目で、不安になるものよ」


 彼女は紅茶を一口飲み、静かに続ける。


「帳簿が揃わない。

 金が動かない。

 判断が遅れる」


「……はい」


 すべて、その通りだった。


「王太子殿下は、対策を講じようとしています」


「失敗するわ」


 断言。


「理由は?」


 マティアスは、あえて問い返した。

 彼女の“思考”を確認するために。


「決断する立場の人間が、決断の責任を負わないから」


 アリシアは淡々と言う。


「今の王都は、“正しそうな選択”だけを並べている。

 でもね、マティアス」


 彼女は視線を上げた。


「政治は、常に誰かを切り捨てる行為よ」


 マティアスは、ゆっくりと頷いた。


 ――だからこそ、彼はここに来た。


「……あなたは、王都をどうするおつもりですか」


「しないわ」


 短い答え。


「私は、王都をどうにかするつもりはない」


「では……」


「王都が、自分でどうにかする“余地”を消すだけ」


 マティアスの喉が鳴る。


「それは……」


「ええ。崩れる」


 迷いのない声。


「三週間以内に、決断できない王都は機能を失う」


 彼はしばらく黙っていた。

 その予測が、荒唐無稽でないことを理解している。


「……私に、何をお望みですか」


 ようやく、核心に触れた。


 アリシアは、初めて“頼む”ような口調で言った。


「何もしないで」


 マティアスは、思わず眉をひそめる。


「何も……?」


「ええ。

 ただ、記録しなさい」


「記録……」


「誰が、どこで、何を止めたか。

 誰が、決断を先延ばしにしたか」


 それは、反乱でも改革でもない。

 ――裁定の準備だった。


「あなたは、まだ王国側の人間よ」


 アリシアはそう告げる。


「だからこそ、価値がある」


 マティアスは、深く息を吐き、立ち上がった。


「……分かりました」


 その表情には、覚悟があった。


「一つだけ、聞いても?」


「どうぞ」


「あなたは……王になりたいのですか」


 その問いに、アリシアは即座に答えなかった。


 少しだけ考え、そして微笑む。


「いいえ」


 はっきりと。


「王になるほど、非効率な役割はないわ」


 マティアスは、苦笑とも安堵ともつかない表情を浮かべた。


「……やはり、あなたは」


「悪役令嬢よ」


 彼女はそう言い切った。


「その役は、最後まで引き受ける」


 マティアスは一礼し、部屋を出ていく。


 扉が閉まると、アリシアは一人になった。


 窓の外。

 夕陽はすでに沈みかけている。


「……これで、駒は揃ったわね」


 誰に聞かせるでもない言葉。


 王都はまだ、混乱の入口に立っただけ。

 だが、引き返す道はもう存在しない。


 静かな再会は、

 王国にとって――決定的な分岐点だった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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