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第49話 静かな視線

 公開審問から一か月。


 王都は、再び落ち着きを取り戻していた。


 市場は安定し、

 民意調整局は静かに機能し、

 教会も直接的な批判を控えている。


 反動は、表面上は収束した。


 アルベルト・クラウスは、屋敷の窓から街を眺めていた。


「……静かだ」


 側近が答える。


「今は、です」


「今は、だ」


 彼は否定しない。


 敗北ではない。


 ただ、時を待つだけ。


 ――


 王宮。


 レオンハルトは、外交報告書に目を通していた。


「隣国ヴァルディナ帝国より、

 使節団来訪の打診」


 マティアスが静かに告げる。


「目的は?」


「表向きは、再編成功への祝意」


 レオンハルトは、目を細める。


「表向きは、か」


 帝国は合理主義国家。


 混乱していた王国が、急速に整った。


 それを、祝うだけで済むはずがない。


「経済指標を細かく問い合わせています」


 アリシアが、淡々と口を開く。


「祝意ではないわね」


「査定だな」


 レオンハルトが、低く言う。


「ええ」


 アリシアは、窓の外を見る。


「値踏み」


 王都は、整った。


 だからこそ、外から見れば――


 価値がある。


 ――


 同じ頃。


 ヴァルディナ帝国、皇城。


「王国が立て直った?」


 低く落ち着いた声。


 皇太子カイゼル・ヴァルディナは、報告書を手にしている。


「はい。再編により、財政は安定」


「主導者は?」


「ヴァレンシュタイン公爵令嬢」


 カイゼルの口元が、わずかに上がる。


「断罪された令嬢か」


「はい」


「面白い」


 彼は、報告書を閉じる。


「合理的に国を再設計した女」


 その瞳は、冷静だ。


「敵か、同志か」


 側近が、慎重に問う。


「どちらでもない」


 カイゼルは、静かに言う。


「価値のある存在だ」


 帝国は、力で奪う国ではない。


 だが、機会は逃さない。


「使節団を出す」


「条件は」


「経済協定の再交渉」


 穏やかな侵食。


「王国が整ったなら、

 我々にとって利用価値がある」


 ――


 王宮の回廊。


 レオンハルトが言う。


「外圧か」


「ええ」


 アリシアは、短く答える。


「内側が整えば、

 次は外」


 それが国家の順序。


「備えは?」


「まだ不十分」


 正直な答え。


「再編は内政用」


 外交は、別の戦場。


「戦うのか」


「戦わない」


 即答。


「交渉よ」


 そして、わずかに続ける。


「相手次第で」


 レオンハルトは、苦笑した。


「厄介な時代だな」


「ようやく、国になった証拠よ」


 安定した国だけが、外交の土俵に立てる。


 マティアスが、報告書の最後の一枚を読み上げた。


「皇太子カイゼル殿下は、未婚。――先方は、交渉の席に、ヴァレンシュタイン公爵令嬢の同席を希望しています」


 一瞬、廊下が静かになった。


「……名指しか」


 レオンハルトの声が、わずかに低くなる。


「ええ」


 アリシアは、表情を変えない。


「設計者を見たいのでしょう。合理的だわ」


「合理的、か」


 彼は、それ以上言わなかった。

 言わなかったことを、彼女は聞いていた。


 王都の灯りは、変わらず整然と並ぶ。


 だがその光は、

 海を越え、山を越え、


 帝国の目にも届いていた。


 悪役令嬢は、立ち続ける。


 今度の舞台は、王宮の大広間ではない。


 国境を越えた、理の戦場。


 そして、その戦場に――

 王太子の知らない顔で、彼女を見る男が来る。


 第5章――


 外圧。


 静かな視線は、すでに王国を捉えていた。

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