第41話 世論
最初は、ささやきだった。
酒場の隅。
市場の列。
教会の帰り道。
「整ってはいるけど……」
「何かが、違う」
具体的な不満ではない。
だが、違和感は広がる。
王都の新聞は、慎重に論調を変え始めた。
『再編は成功している。だが、代償は何か』
『統制と自由の均衡』
露骨な批判ではない。
問いかけ。
それが、読者の心を揺らす。
一方、アルベルト・クラウスは、静かに筆を走らせていた。
「直接攻撃はしない」
彼は、同席する貴族たちに言う。
「疑問を積み上げる」
「疑問?」
「人は、否定よりも疑問に弱い」
彼は、微笑む。
「正義を疑わせるのだ」
その日の夕刻。
王都の掲示板に、匿名の書簡が貼られた。
『我らは安定を得た。
だが、声を失ってはいないか?』
誰の署名もない。
だが文体は、知性を感じさせる。
それを見た若者が呟く。
「……確かに、最近は決まりが多い」
「でも困ってはいないだろ」
「困っていなくても、窮屈だ」
議論は小さい。
だが、数は増える。
王宮。
「世論調査の結果です」
マティアスが資料を差し出す。
再編支持は、依然として過半数。
だが。
「“強すぎる統制”への懸念が増加」
レオンハルトは、眉をひそめる。
「数字はいいのに、感情が揺れている」
「ええ」
アリシアは、静かに答える。
「成果は、熱を奪う」
「熱?」
「怒りも、希望も」
安定は、刺激を減らす。
それが、退屈と混同される。
レオンハルトは、低く問う。
「放置でいいのか」
「ええ」
即答。
「世論は、波よ」
反応すれば、形になる。
「だが」
「彼らは、まだ旗を持っていない」
問題は、旗だ。
象徴が現れた瞬間、
疑問は運動になる。
その夜。
アルベルトの屋敷では、静かな会合が開かれていた。
「教会は、直接動かぬ」
「だが懸念は表明した」
「軍は?」
「沈黙」
アルベルトは、指先で机を叩く。
「では我々が、形を与える」
「形?」
「公開審問」
空気が止まる。
「断罪ではない」
彼は、穏やかに続ける。
「説明を求めるだけだ」
正義の名の下に。
「王家は拒めない」
拒めば、隠蔽と見なされる。
王宮では、その動きをまだ知らない。
だが、空気は変わり始めていた。
街の落書きが増える。
――悪役令嬢独裁
――契約国家の終焉
――神意に背く理
以前の罵倒とは違う。
言葉が、理屈を持ち始めている。
廊下で、レオンハルトが言った。
「……旗が立つ」
アリシアは、窓の外を見たまま答える。
「ええ」
「止められるか」
「止めない」
その返答に、わずかな緊張が走る。
「旗は、立たせる」
「なぜ」
「倒すため」
静かな声。
世論は、形を求めている。
その形が、
やがて“再断罪”という名を持つことを――
まだ、誰も知らない。




