第29話 救われなかった町
南部の町は、ゆっくりと壊れていった。
一夜にして崩れたわけではない。
火が放たれたわけでも、軍が踏み込んだわけでもない。
――ただ、何も来なくなった。
商人が来ない。
金が回らない。
倉庫は閉じられ、雇いは止まり、噂だけが残る。
「今日も、配給は無しか」
広場で、老人が呟いた。
誰も答えない。
答えを持っていない。
町の掲示板には、古い告知がそのまま貼られている。
“王都より支援予定”
その文字は、いつの間にか色褪せていた。
子どもたちは、以前ほど外で遊ばなくなった。
母親たちは、声を潜めて話す。
「いつまで、ここに居られるんだろう」
「……分からない」
分からない、という言葉だけが、共有されていた。
ラウル・ヴェストは、元役場の建物にいた。
机は片付けられ、書類も減った。
仕事が減ったのではない。
意味のある仕事が、消えたのだ。
「……倉庫街の方で、揉め事が」
若い男が、報告に来る。
「奪い合い、ですか」
「いえ。
“先に閉めた”だけです」
先に閉めた。
それだけで、責められる時代になった。
ラウルは、立ち上がり、外へ出た。
倉庫の前には、人が集まっていた。
怒鳴り声はない。
殴り合いもない。
ただ、重い沈黙がある。
「……もう、開かない」
倉庫の持ち主が、俯いたまま言った。
「中に、何もない」
誰も反論しなかった。
それが事実だからだ。
人々は、静かに散っていく。
怒りも、希望もない。
町は、壊れていない。
壊れる前の状態に、留まっているだけだった。
夜。
家々の灯りは、以前より早く消える。
燃やす薪を、節約するためだ。
子どもを寝かせた母親が、天井を見つめる。
「……明日は」
言葉は、続かない。
翌朝。
一家が、町を出ていった。
次の日には、別の一家が続く。
止める者はいない。
誰も、悪くないからだ。
数日後。
王都では、報告書が一枚、机に積まれただけだった。
「南部某町、人口流出」
それ以上の言葉は、書かれていない。
誰も、指示を出さない。
誰も、責任を取らない。
それで、終わりだ。
一方、地方都市の宿。
アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、
マティアスからの報告を静かに聞いていた。
「……町は」
「壊れてはいません。
ただ……人が、減っています」
「ええ」
アリシアは、短く頷く。
「それが、現実よ」
マティアスは、拳を握る。
「助けられたのでは……?」
アリシアは、彼を見た。
「助けた後、
彼らは何を学ぶの?」
問いは、厳しかった。
「誰かが、何とかしてくれる」
それは、最も危険な学習だ。
「私は、町を救わなかった」
アリシアは、淡々と言う。
「でも、嘘はつかなかった」
条件も、結果も、最初から示していた。
「……残酷ですね」
「ええ」
彼女は否定しない。
「だからこそ、次に生き残る町は、
必ず“選ぶ”」
その言葉は、慰めではない。
予言だ。
南部の町は、救われなかった。
だがその姿は、
王国中に、静かに広がっていく。
――選ばなかった結果として。
次に条件を持って現れる者は、
もう「命を差し出します」とは言わないだろう。
差し出すものを正しく知っている人間が、
王都に、一人だけいる。




