第27話 飲めない条件
南部への街道は、以前よりも静かだった。
商隊は減り、護衛兵の姿もまばらだ。
街道沿いの村では、昼間でも戸が閉められている家が目立つ。
ラウル・ヴェストは、馬車の揺れに身を任せながら、何度も書面を読み返していた。
――条件。
紙に書かれた文字は、簡潔で、冷たい。
自治権の放棄。
徴税権・徴兵権の移譲。
失敗時の全責任を地方が負うこと。
どれも、理解はできる。
理屈も、通っている。
だからこそ、重かった。
町に戻ると、臨時に開かれた集会所はすでに人で埋まっていた。
商人、農家、職人、元役人。
誰もが疲れた顔をしているが、ラウルを見る目だけは真剣だ。
「……会えたのか」
年配の男が問う。
「ええ」
ラウルは頷き、書面を机に置いた。
「これが、条件です」
ざわめきが起きる。
誰かが紙を覗き込み、誰かが息を呑む。
「……全部、差し出せってのか」
「王都と、何が違う」
不満の声が、すぐに上がった。
ラウルは、黙ってそれを聞いていた。
「でも……」
若い商人が、恐る恐る口を開く。
「助かる、んだろう?」
その一言で、空気が揺れた。
「助かる可能性はある」
ラウルは、正確に答える。
「ただし、失敗すれば……」
「全部、俺たちの責任、か」
農夫の男が、低く呟いた。
その声には、怒りよりも恐怖があった。
「誰が、責任を取る」
問いが、宙に浮く。
町長が、視線を逸らす。
商会の代表は、腕を組んだまま黙り込む。
全員が、分かっている。
責任とは、
何かが失敗した時に、
矢面に立つということだ。
「……私が」
ラウルは、一歩前に出た。
「私が、責任を負います」
一瞬、静まり返る。
「お前が?」
「一人で?」
ざわめきが、疑念に変わる。
「無理だ」
「そんなもの、背負えるわけがない」
否定は、早かった。
ラウルは、唇を噛む。
彼自身も、それを分かっている。
自分一人が責任を取ったところで、
町全体の失敗を覆えるわけがない。
「……では、誰が取る」
問いかけても、答えは出ない。
人々は善良だ。
だからこそ、責任を押し付け合うこともできない。
沈黙が、長く続く。
やがて、誰かが言った。
「……王都が、悪いんだ」
「俺たちのせいじゃない」
その言葉に、何人かが頷く。
ラウルの胸が、痛んだ。
それは、事実でもある。
だが、それは同時に――
選ばない理由でもあった。
「……分かりました」
ラウルは、深く息を吸い、告げた。
「この条件は、飲めません」
誰も、反論しなかった。
反論できないからだ。
夜。
集会が終わった後、
ラウルは一人、町外れを歩いていた。
灯りの少ない通り。
遠くで、子どもの咳が聞こえる。
「……選べなかった」
その言葉が、頭から離れない。
王都と、同じだ。
責任を負う覚悟がないまま、
救いだけを求めた。
それでも。
彼は、条件を突き返す書簡を書いた。
震える手で、
丁寧な言葉を選びながら。
――その書簡が、
どんな結果をもたらすのかを、
理解した上で。
数日後。
地方都市の宿。
アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、
返事を読み、静かに目を伏せた。
「……そう」
それだけを呟く。
マティアスは、何も言わない。
「飲めない条件だった」
アリシアは、淡々と結論づける。
「つまり――
まだ、選ぶ準備ができていない」
彼女は、書簡を机に置いた。
その紙切れは、
誰かを見殺しにする宣告書にも見えた。
だが実際は違う。
それは、
**選ばなかったという選択の結果**だ。
アリシアは、窓の外を見る。
「次は、拒絶ね」
彼女の声は、静かだった。
南部の町は、
助けを求めた。
だが、責任を引き受けることは、
できなかった。
それだけのことだった。
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