第23話 空席
王宮の会議室には、椅子が一つ余っていた。
それは、臨時調整官の席だ。
背もたれは高く、装飾も控えめ。
目立たないが、視線の集まる場所。
――誰も、そこに座らない。
会議は招集された。
だが、始まらない。
「……では」
誰かが口を開くが、続きがない。
議題は山ほどある。
地方切り捨て案の具体化。
商会への条件提示。
軍と教会の調整。
だが、それらを“まとめる役”がいない。
「代案は?」
問いが投げられる。
返事はない。
「……誰か、取りまとめを」
視線が泳ぐ。
互いに目を合わせない。
調整官という役職は、単なる係ではない。
決断の矢面に立ち、恨みを引き受ける盾だ。
――今、その盾は、空席だった。
王太子レオンハルト・アルヴェインは、席に深く座り込み、黙ってその光景を見ていた。
口を開けば、決断を求められる。
沈黙すれば、会議は止まる。
彼は、どちらも選ばなかった。
沈黙のまま、会議を終わらせた。
扉が開き、貴族たちが静かに散っていく。
誰も苛立っていない。
誰も怒っていない。
ただ、諦めている。
――この場では、何も決まらない。
その日の午後。
商会からの使者が、王宮を訪れた。
「条件の件ですが」
彼は丁寧に頭を下げる。
「……いかがでしょう」
補佐官は、言葉を濁した。
「現在、内部で調整中です」
使者は、表情を変えない。
「では、こちらも“待ち”で」
それだけを告げ、踵を返す。
条件は、出されなかった。
交渉は、始まらなかった。
王宮の命令は、届かない。
商会の金は、動かない。
軍では、訓練の中止が常態化していた。
「いつまで、待てばいい」
兵士の問いに、指揮官は答えない。
答えられない。
教会では、寄付の減少が止まらない。
「聖女様……」
司祭の声に、エリス・ルミナリアは静かに首を振った。
「今は、耐えましょう」
祈りは続く。
だが、蓄えは減る。
王都の外れでは、野営地が広がっていた。
人は増え、秩序は保たれている。
それが、逆に不気味だった。
怒りが爆発する前の、静けさ。
一方、地方都市の宿。
アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、マティアスの報告を受け、短く頷いた。
「……会議は、始まらなくなったのね」
「はい。
調整官席は、空いたままです」
「当然よ」
アリシアは、淡々と言う。
「責任を引き受ける席だから」
窓の外を見る。
夕暮れの空は、穏やかだ。
「空席が続く組織は、
もう“意思”を持たない」
マティアスは、低く息を吐いた。
「……王国は」
「死んではいないわ」
アリシアは、即座に訂正する。
「ただ、眠っている」
それは救いではない。
最も危険な状態だ。
「起こすには、
相応の衝撃が必要ね」
彼女は、静かに告げる。
王都には今、
決断の席が空いたまま放置されている。
そして、その空席は――
誰かが座るためのものではない。
**この国が、もう座れないことを示す証**だった。




