第22話 調整官の失脚
切り捨て案が「検討」に入った翌日、王宮の空気はさらに重くなった。
誰もが知っている。
検討とは、決定の直前に使われる言葉だ。
「……エドガー卿の名が、再び出ています」
補佐官の報告に、王太子レオンハルトは顔を上げた。
「失脚した調整官の名を?」
「はい。
“彼がいれば、ここまでにはならなかった”と」
その言葉は、慰めでも評価でもない。
――責任転嫁だ。
レオンハルトは、ゆっくりと息を吐いた。
「彼は、もう職を辞している」
「ええ。ですが……」
補佐官は言葉を濁す。
「切り捨て案を進めるにあたり、
“誰の判断だったのか”を明確にしたい者たちがいます」
レオンハルトは、理解した。
切り捨てる。
地方を、ではない。
――人を、だ。
同じ頃、王宮の外れにある官舎。
エドガー・ラインフェルトは、簡素な部屋で荷をまとめていた。
辞任してから数日。
公の場には一切呼ばれていない。
「……やはり、こうなるか」
彼は独り言のように呟く。
扉がノックされる。
「……入ってください」
現れたのは、かつての同僚だった。
「エドガー……」
その声は、気まずそうだった。
「切り捨て案の件で、君の名が出ている」
エドガーは、苦笑した。
「驚かない」
同僚は、視線を逸らす。
「“判断を先延ばしにした調整官の責任”という形で、
事態を整理したいらしい」
「……つまり」
「君が、失敗の象徴になる」
エドガーは、しばらく黙っていた。
怒りはない。
驚きもない。
ただ、納得があった。
「……それで、王国は楽になるのか」
同僚は答えなかった。
答えがないからだ。
「構わない」
エドガーは、静かに言った。
「誰かが背負わなければ、前へ進めないのなら」
それは、彼なりの誠実さだった。
だが、その誠実さは、
この王国では報われない。
翌日。
王宮から、簡潔な発表が出された。
――一連の混乱は、
臨時調整官の判断遅延に起因する。
名前は出た。
説明はなかった。
王都は、その発表を静かに受け止める。
「……やっぱりな」
「一人に押し付けたか」
怒りは、表に出ない。
だが、信頼が確実に削れていく。
地方では、その発表が別の意味を持った。
「俺たちは、誰かの“判断ミス”で切られるのか」
人々は、理解した。
切り捨て案は、緊急措置ではない。
**体裁を整えるための儀式**だと。
一方、地方都市の宿。
アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、
マティアスから届いた報告を読み終え、静かに目を閉じた。
「……人を切ったわね」
「はい。
エドガー卿です」
アリシアは、しばらく何も言わなかった。
それから、低く告げる。
「悪い手じゃない」
マティアスは、目を見開く。
「……そう、なのですか」
「ええ」
彼女は、淡々と続ける。
「責任を一人に集めるのは、
組織が生き延びるための常套手段よ」
そして、言葉を切る。
「――生き延びる意思が、あるなら、ね」
マティアスは、その意味を悟った。
「ですが……」
「彼らは、人を切ることで、
“自分たちは正しかった”という幻想を守った」
アリシアは、窓の外を見る。
「それは、
状況を変える決断じゃない」
ただ、
**過去を処理しただけ**だ。
「これで、条件は整ったわ」
彼女は、静かに立ち上がる。
「次は――」
その先を、あえて言わない。
だが、マティアスには分かっていた。
次に切られるのは、
もう“代わりの利く誰か”ではない。
王国そのものだ。
調整官の失脚は、
混乱の終わりではない。
――**責任を背負える者が、
この国に一人もいない**
と、証明しただけだった。




