第21話 切り捨て案
王宮の会議室に、久しぶりに「結論めいた言葉」が落ちた。
「……切るしか、ないのではないか」
誰が最初に言ったのかは、分からない。
分からないように、皆が黙っていた。
沈黙の中で、その言葉だけが形を持つ。
「このまま全域を支えようとして、
結果的にすべてを失うよりは……」
若い貴族が、慎重に続ける。
「被害が出ている地方を“一時的に”切り離し、
王都と主要都市を優先すべきだと」
一時的。
その言葉が、免罪符のように使われた。
老貴族グスタフ・ヘルマンは、ゆっくりと頷く。
「現実的な案だ」
声は落ち着いている。
「すでに物流が止まりかけている地域を支えるのは、
費用対効果が悪すぎる」
「……しかし」
反論しかけた者が、口を噤む。
誰もが理解している。
反論する理由は、感情しか残っていない。
「“いま切る”だけだ」
グスタフは、言葉を重ねる。
「回復すれば、また統合すればよい」
その場にいた誰もが、
その「また」が来ないことを、心のどこかで知っていた。
王太子レオンハルトは、黙って机を見つめていた。
これは、決断だ。
初めて、明確な形を持った決断。
だが同時に、
**取り返しのつかない選択**でもある。
「……地方代表の意見は」
彼は、形式的に問いかけた。
返事はない。
地方の代表は、すでにこの会議に呼ばれていなかった。
「では……」
レオンハルトは、言葉を切り、目を閉じた。
「検討に入る」
それは、承認とほぼ同義だった。
会議が終わると、
決定は「調整中」という形で外へ漏れ始める。
――地方切り捨て案。
王都の裏通りで、その噂は瞬く間に広がった。
「南部は、もう見捨てられるらしい」
「東は“優先度が低い”って」
人々は怒らない。
ただ、静かに理解する。
「……次は、俺たちか」
理解は、連鎖する。
南部から流れてきた人々は、
王都の野営地でその噂を聞き、立ち尽くした。
「切られる……?」
「王都が、俺たちを?」
声は荒れない。
泣き叫ぶ者もいない。
ただ、表情が変わる。
――期待が、消える。
一方、王宮の一室。
フリーダ・ノルンは、切り捨て案の草案を前に、唇を噛みしめていた。
「……これは」
書類には、数字が並んでいる。
どれも、正しい。
だが、そこに人の名前はない。
「この町には、三千人が暮らしています」
彼女は、震える声で言った。
「この数字の向こうに……」
返事はない。
彼女の席は、会議の外だった。
意見を出す資格は、もう与えられていない。
地方都市の宿。
アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、
マティアスからの報告を静かに聞いていた。
「……切り捨て案が、出ました」
「ええ」
彼女は、予想通りだと言うように頷く。
「ようやく、条件を出す準備に入ったわ」
マティアスは、慎重に問う。
「……それでも、助けませんか」
アリシアは、すぐには答えなかった。
窓の外。
地方の空は、変わらず穏やかだ。
「助けるかどうかは、
“誰を切ったか”で決める」
彼女は、淡々と告げる。
「自分たちの無能を切るのか、
声の小さい人間を切るのか」
マティアスは、息を呑んだ。
「王国は、後者を選びました」
「ええ」
アリシアは、静かに言う。
「だから、まだ足りない」
彼女は、椅子から立ち上がる。
「この決断は、彼ら自身を救わない」
切り捨て案は、
王国が初めて“何かを決めた”証だった。
だがそれは、
**生き残るための決断ではない**。
ただ、
責任から逃げるための選択に過ぎなかった。
そしてその選択が、
王国を次の段階へ――
**後戻りできない場所へ**
押し出そうとしていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




