第20話 完全な拒絶
王都に、静かな動揺が走った。
非公式接触の失敗は、公式記録には残らない。
だが、王宮という閉じた空間では、隠し事ほど速く広まる。
「……断られたらしい」
「いや、“無視された”と聞いた」
「違う。“相手にされなかった”そうだ」
言葉が少しずつ変わるたびに、意味は重くなっていく。
王太子レオンハルト・アルヴェインは、執務室で一人、窓の外を眺めていた。
王都の街は、相変わらず整っている。
建物は崩れていない。
人々も逃げ出してはいない。
――それなのに。
「……完全に、拒絶されたわけではない」
彼は、そう呟く。
拒絶なら、まだ言い訳ができた。
恨みも、怒りも向けられた。
だが実際は違う。
彼女は、怒ってすらいない。
ただ、関心を失っただけだ。
その事実が、何より重かった。
そこへ、補佐官が静かに入室する。
「……各方面から、問い合わせが来ています」
「内容は?」
「“例の件”についてです」
言葉を濁しているが、意味は一つだ。
――ヴァレンシュタイン公爵令嬢。
「……答えは?」
レオンハルトは、分かっていながら尋ねた。
「ありません」
補佐官は、短く答える。
「条件提示も、交渉の余地も、
すべて“ない”と受け取られています」
レオンハルトは、椅子に深く腰を下ろした。
助けを拒まれたのではない。
**助ける段階にすら来ていない**。
その理解が、ようやく腹に落ちた。
一方、王宮会議室。
調整官の席は、まだ空いたままだ。
「……どうする」
誰かが、低い声で言った。
「このままでは、地方が持たん」
「だが、代案がない」
「商会は?」
「条件を出せと言っている」
条件。
その言葉が、場を支配する。
「……出せばいいのでは?」
若い貴族が、恐る恐る言った。
空気が、凍る。
「条件を出す、ということは」
老貴族グスタフ・ヘルマンが、ゆっくりと口を開く。
「責任を負う、ということだぞ」
その一言で、誰も口を開けなくなった。
条件を出す。
それは、失敗した時に責められる覚悟を持つという意味だ。
――それが、できない。
会議は、結論を出さずに終わった。
もはや、“何も決めない”ことすら、
決断として意識され始めている。
王都の外れ。
南部から流れてきた人々が、簡易的な野営地を作り始めていた。
「仕事が、なくなった」
「王都なら、何かあると思った」
彼らの声は荒れていない。
怒ってもいない。
ただ、疲れている。
兵士たちは、追い払う命令を受けていなかった。
受けていないということは、出せないということだ。
――判断が、存在しない。
一方、地方都市の宿。
アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、
マティアスからの報告を聞き終え、静かに頷いた。
「完全に、拒絶されたと受け取ったのね」
「はい。王都は、混乱しています」
「当然よ」
アリシアは、淡々と言う。
「“助言”で済ませようとしたのだから」
マティアスは、少し躊躇ってから尋ねた。
「……もし、条件を出してきたら」
アリシアは、即座に答えなかった。
少しだけ考え、それから口を開く。
「その時は、ようやく“交渉”になる」
彼女は、静かに続ける。
「でも、まだ来ない」
「なぜ、そう言い切れるのですか」
アリシアは、窓の外を見る。
「条件を出す前に、人は一度“切る”ものよ」
マティアスは、息を呑んだ。
「誰かを犠牲にして、
それで何とかなると思おうとする」
それは、政治だけでなく、人の心理でもある。
「次は、“切り捨て案”が出るわ」
アリシアは、そう予告した。
「そして、その時に――
王国は、もう戻れない」
王都は今、
助けを拒まれたのではない。
**助けを求める資格がない**と、
突きつけられただけだ。
だが、その意味を理解するには、
まだ一つ、
大きな痛みが必要だった。




