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断罪されたので、裏から王国を乗っ取ります  作者: 早乙女リク


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第18話 限界

 王都の空気は、張りつめた糸のようだった。


 祈祷が終わっても、人々は安堵しない。

 市場の値は下がらず、倉庫は満たされず、噂だけが速くなる。


「……殿下からの再要請です」


 臨時調整官エドガー・ラインフェルトの執務室で、使いの文官が声を落として告げた。


「“具体的な案を出せ”と」


 エドガーは、黙って頷いた。


 それが最後通告に近いことを、理解している。


 机の上には、三つの書類が並んでいた。


 一つは、地方への集中支援案。

 一つは、王都優先の市場介入案。

 もう一つは、軍需を削って全体を延命する案。


 どれも、現実的だ。

 どれも、正しい。


 そして、どれも――

 必ず誰かを切り捨てる。


「……」


 エドガーは、書類を見つめたまま動かなかった。


 選べば、恨まれる。

 選ばなければ、崩れる。


 その狭間で、彼はずっと立ち尽くしてきた。


 扉が、静かに開く。


「……失礼します」


 フリーダ・ノルンだった。


 彼女は、遠慮がちに一歩進み出る。


「南部の町で……暴動までは至っていませんが、

 倉庫前で人が集まり始めています」


 エドガーの指が、わずかに震えた。


「死者は」


「まだ、いません」


 ――まだ。


 その言葉が、重く落ちる。


「……ありがとう」


 フリーダは、少しだけ躊躇い、それから言った。


「……選ばなければ、選ばれます」


 それは、忠告ではなく事実だった。


 エドガーは、ゆっくりと立ち上がった。


「私は……」


 言いかけて、言葉が途切れる。


 自分は、何者なのか。


 王ではない。

 だが、今この瞬間、選べる立場にいる。


 ――それが、最も残酷な位置だった。


「……私は、調整官です」


 彼は、そう言い聞かせるように呟いた。


「だから、調整する」


 書類の一つに、手を伸ばす。


 地方集中支援案。


 最も痛みが少なく、

 最も早く効果が出る。


 同時に、王都と有力者の反発を招く案。


 エドガーは、ペンを取った。


 だが、その瞬間。


 手が、止まった。


「……できない」


 声が、震える。


 自分が署名した瞬間、

 どれだけの恨みが向けられるかが、見えてしまった。


 扉の外で、足音が止まる。


 補佐官の声。


「エドガー卿。

 殿下がお待ちです」


 沈黙。


 エドガーは、ペンを置いた。


「……分かりました」


 だが、書類は白紙のままだ。


 王太子の前に立った時、

 エドガーはすでに限界だった。


「……案は?」


 レオンハルトの問いに、

 彼は、首を振る。


「……出せません」


 その一言で、

 王宮の空気が凍りついた。


「何……?」


「私は……その役に、向いていません」


 エドガーは、深く頭を下げた。


「臨時調整官を、辞任します」


 沈黙が、長く続いた。


 レオンハルトは、何も言えなかった。


 止める言葉も、叱責も、

 もう残っていなかったからだ。


 エドガーが去った後、

 会議室には“空席”が残った。


 誰も、その席に座ろうとしない。


 同じ頃、地方都市の宿。


 アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、

 マティアスから届いた報告を読み終え、静かに目を閉じた。


「……限界、ね」


 彼女は、そう呟いた。


「優秀な人ほど、最後に壊れる」


 マティアスは、低く答える。


「王都は……どうなりますか」


 アリシアは、窓の外を見る。


「次は、“誰も引き受けない”段階」


 それは、組織が死ぬ直前の兆候だ。


「責任が空席になった時、

 国は、もう国じゃない」


 彼女は、静かに言った。


 エドガー・ラインフェルトの辞任は、

 王都にとって一人の脱落ではない。


 ――**判断そのものが、消えた**という合図だった。


 そして、王国は今、

 自分を救える存在を、

 完全に失おうとしていた。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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