第15話 責任の所在
王宮の廊下は、いつもより静かだった。
人の数が減ったわけではない。
足音が消えたわけでもない。
ただ、誰もが必要以上に声を潜めている。
――何かを、待っている。
臨時調整官エドガー・ラインフェルトは、その空気の中心に立たされていた。
「……では、この件は」
会議室での報告が終わり、誰かが話を締めようとする。
「結論としては?」
エドガーは、即答できなかった。
地方の物流停止。
市場価格の上昇。
軍の訓練縮小。
すべて把握している。
すべて理解している。
だが、それらを“誰の判断でどう処理するか”という一点だけが、宙に浮いていた。
「……継続して、検討を」
その言葉が出た瞬間、会議室の空気がわずかに緩む。
安堵。
そして、逃避。
誰も反論しない。
誰も責めない。
それが、何よりの証拠だった。
会議が終わり、貴族たちは三々五々に去っていく。
背中には、それぞれの保身が貼り付いている。
「これ以上、責任を負う必要はない」
「判断は調整官に任せた」
「自分は、反対しなかっただけだ」
そう言い聞かせるように。
エドガーは、最後に会議室を出た。
廊下の突き当たりで、フリーダ・ノルンが立っていた。
書類を抱えたまま、動けずにいる。
「……あの」
彼女が声をかける。
「決まった、のですか」
エドガーは、一瞬だけ目を逸らし、それから答えた。
「まだだ」
「……いつ」
問いは短い。
だが、重い。
「状況を見てからだ」
フリーダは、ゆっくりと息を吐いた。
「……分かりました」
分かっていない。
だが、それ以上聞く権利がないことを、彼女は理解している。
フリーダが去った後、エドガーはその場に立ち尽くした。
責任は、どこにあるのか。
国王か。
王太子か。
調整官か。
会議に参加した全員か。
――いや。
誰にも、なかった。
それが、この王国の答えだった。
夜。
エドガーは私室で、灯りもつけずに椅子に座っていた。
机の上には、未決の書類が積まれている。
どれも、彼が決断すれば動く。
どれも、誰かを怒らせる。
「……私が、選べば」
小さな独白。
だが、選べない。
彼は王ではない。
責任を背負う立場ではない。
そう言い聞かせてきた。
それでも、現実は彼の前に積まれている。
――アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン。
ふと、その名が脳裏をよぎる。
彼女なら、どうしただろう。
きっと、迷わなかった。
きっと、誰かを切った。
そして、恨まれた。
「……無理だ」
エドガーは、そう呟いた。
自分には、できない。
その認識が、彼の中で静かに固まる。
一方、地方都市の宿。
アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、マティアスから届いた報告を読み終えていた。
会議の結果。
判断の先送り。
責任の所在不明。
「……ついに、来たわね」
彼女は、静かに言う。
「“誰のせいか分からない”状態」
マティアスは、低く答える。
「王都は、互いに責任を押し付け合っています」
「いいえ」
アリシアは首を振った。
「押し付けてもいない。
誰も、触れていないだけ」
それは、最も危険な状態だった。
「次は?」
マティアスが問う。
アリシアは、少しだけ考え、それから告げる。
「次は――逃げ場がなくなる」
責任の所在が曖昧な組織は、
必ず“人”を壊す。
「彼が壊れるか、
王国が壊れるか」
彼女は、淡々と結論づけた。
「……選ばせる必要はないわ」
どちらも、時間の問題だから。
王都は今、
誰も責任を取らないという選択をした。
その選択が、
最も高くつくことを、
まだ誰も知らない。
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