第14話 地方からの悲鳴
王都に届く報告書の束は、日を追うごとに厚みを増していた。
だが、そのほとんどは似たような文言で埋め尽くされている。
――資金不足。
――物流停滞。
――判断待ち。
臨時調整官エドガー・ラインフェルトは、その一枚一枚に目を通しながら、無意識に眉間を押さえていた。
「……ここも、か」
地方都市レインフェルト。
人口は多くないが、周辺農村を支える中核の町だ。
倉庫の閉鎖。
市場の縮小。
雇用の一時停止。
数字だけ見れば、小さな問題だ。
だが、それが同時に、複数の地域で起き始めている。
「点が……線になりかけている」
その呟きは、誰にも聞かれなかった。
扉がノックされる。
「失礼します」
入ってきたのは、若い文官フリーダ・ノルンだった。
手には、新しい報告書の束。
「追加です。南部と東部から」
「……状況は?」
「悪化しています」
即答だった。
「食料そのものが不足しているわけではありません。
ですが、流通が止まり始めています」
「なぜだ」
「商会が、地方向けの取引を後回しにしています。
王都の方針が見えないため……」
王都の判断待ち。
また、その言葉だ。
エドガーは、椅子に深く腰を下ろした。
「地方は、耐えられるのか」
「……耐えています」
フリーダは、少しだけ言葉を選んだ。
「ですが、“耐える”ことと、“持ちこたえる”ことは違います」
エドガーは顔を上げる。
「どういう意味だ」
「人は、希望があるから我慢できます。
終わりが見えれば、耐えられなくなる」
若いが、現場を知っている者の言葉だった。
「……対策案は?」
フリーダは、一瞬だけためらい、それから口を開く。
「緊急的に、地方へ資金と物資を集中させるべきです」
エドガーは、すぐに理解した。
それはつまり――
王都、もしくは別の地方を切り捨てるということ。
「……それは」
「分かっています」
フリーダは視線を逸らさなかった。
「誰かが、不満を抱きます。
でも、今は“全員を守る”状況ではありません」
部屋に、重い沈黙が落ちる。
正論だ。
だが、正論すぎる。
エドガーは、ゆっくりと首を振った。
「……その案は、採れない」
フリーダの表情が、わずかに曇る。
「理由は?」
「地方だけを優先すれば、王都の混乱が拡大する。
商会や軍、教会とのバランスが崩れる」
彼は続ける。
「今は、全体を見なければならない」
全体。
その言葉に、フリーダは小さく息を吐いた。
「……分かりました」
彼女はそれ以上、何も言わなかった。
だが、その背中には、納得ではなく諦めが滲んでいる。
その日の夕刻。
王都の外れにある小さな酒場では、旅人たちが噂話をしていた。
「南の町じゃ、倉庫が閉まったらしい」
「東じゃ、仕事がなくなったってよ」
「王都は?」
「さあな。
でも、何も言ってこないってのが……」
噂は、確実に広がる。
人々はまだ怒っていない。
だが、不安は、静かに蓄積されていく。
一方、地方都市の宿。
アリシア・フォン・ヴァレンシュタインは、マティアスから届いた報告を読んでいた。
地方の停滞。
王都の判断保留。
救済案の却下。
「……選べなかったのね」
その声には、失望も嘲笑もない。
ただ、確認だけがあった。
「はい」
マティアスは短く答える。
「地方を優先する案は、退けられました」
「でしょうね」
アリシアは、静かに言う。
「彼は、誰も怒らせたくなかった」
窓の外。
地方の空は、今日も穏やかだ。
「でもね」
彼女は、指先でカップの縁をなぞる。
「怒らせる決断を避け続けた結果、
――全員を失望させることになる」
マティアスは、言葉を返さなかった。
「次は、“数字”じゃ済まないわ」
アリシアは、そう予告する。
「人が、動く」
地方からの悲鳴は、まだ小さい。
だが確実に、王都へ向かっている。
王国は今、
“切らなかった”代償を、支払い始めていた。




