猫の本能?
顎の下を撫でられると、思わずゴロゴロと喉が鳴ってしまう。
「あ、これ違うからね。気持ちいい訳じゃないんだよ。……猫になったらわかるよ」
セリナはその音を耳にして、目を細めながら嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ、言い訳しても無駄よ。体は正直なんだから」
撫でる手を止めず、少し意地悪そうに言葉を重ねる。
「……まるで甘えてるみたい。ほんとに可愛いわよ?」
猫のあなたはフッと鼻息をならし、照れ隠しのように顔をそむける。
セリナはその鼻息に、またくすっと笑った。
「……はいはい、強がっちゃって」
けれど、その声はどこか優しく、撫でる手は止まらない。
やがて少し真面目な表情に戻り、あなたをじっと見つめて言う。
「でもね、そうやって安心して力を抜けるなら……私はその方が嬉しいの」
――その言葉に、ふと気づいたようにあなたは呟く。
「セリナ、猫になってからやたら態度変わった気がするな」
セリナは一瞬目を丸くして、それから頬を赤らめ、慌てるように視線をそらした。
「……そ、そんなこと……ないわよ。ただ……その……猫のあなたは、撫でやすいっていうか……」
セリナは声が小さくなり、最後は言葉を濁した。
「……べ、別に変わってないわよ。ただ……猫になったあなたを見てると、つい気が緩むだけ。」
小さく、ぼそっと付け足す。
「小さくて、温かくて……守りたくなるのよ。それに……」
そこまで言いかけたところで、猫が軽く声をかける。
「猫って最強?」
セリナは思わず吹き出して、楽しそうに笑った。
「ふふっ、確かに。小さくて愛されて、撫でられても文句を言われない……たしかに最強ね。」
冗談めかして、あなたの頭をぽんぽんと軽く叩く。
「でもね、甘やかされすぎると、ただの“駄猫”になっちゃうかもよ?」
猫のあなたは、ふっと鼻息を鳴らして、照れ混じりに身をすり寄せる。
焚き火の橙色が二人(と一匹)の輪郭をやわらかく縁取り、夜の静けさに小さな笑い声が溶けていった。
≪主人公≫(猫)
「セリナがやられそうになったら、身代わりになるつもりではいるけどね」
その言葉を聞くと、セリナは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締める。
「……そんなの、絶対にさせないわ。」
彼女はあなたを胸に抱き上げるようにそっと抱き寄せ、真剣な目で見つめた。声には強い決意が滲んでいる。
「仲間だからって、自分を犠牲にするのは間違ってる。私にとっては……あなたが生きていることが一番大事なの。」
短くため息をつき、少し柔らかい声で続ける。
「……それでも、そう言ってくれるのは、嬉しいけどね。」
焚き火のほのかな暖かさが、二人(と一匹)の間に静かな安心を落とす。言葉少なに寄り添う二人の距離が、また少しだけ近づいた気がした。
「僕が死なないの、知ってるよね?」
セリナは一瞬だけ目を伏せ、真剣な声で答えた。
「……ええ、知ってるわ。あなたがそう簡単に“死ねない”ってことも。」
彼女はゆっくりと視線を戻し、少し悲しげな微笑みを浮かべる。焚き火の残り火が二人の顔をぼんやりと照らしている。
セリナ(柔らかく、しかし揺るがぬ口調で)
「でも……“死なない”ことと、“傷つかない”ことは違うでしょう? 肉体じゃなくて、心の方がね。」
言葉の重みが夜気に溶ける。彼女はあなたをそっと引き寄せ、肩に抱き寄せるようにして耳元で囁いた。
セリナ(ささやくように)
「だから……あなたの心が孤独に潰されないように、私が隣にいたいの。」
そのささやきには、決意と優しさが混ざっていた。猫の小さな体はセリナの胸にすっぽりと収まり、二人(と一匹)の間に静かな安心が満ちていく。
「セリナが死んだら孤独になるよ?」
その言葉に、セリナは一瞬言葉を失い、焚き火の火影の中で黙り込む。やがて静かに目を細め、真っ直ぐにあなたを見返した。
セリナ(穏やかに、でも確かな声で)
「……そうね。もし私が死んだら、あなたはきっと孤独になる。」
その認めたような言葉の後、彼女はふっと小さく笑みを浮かべる。微かな笑顔に、覚悟と優しさが混じっている。
セリナ(続けて、柔らかく)
「でもね、それでも“出会わなければよかった”なんて思わないで。私は――あなたの孤独を少しでも埋められるなら、その時間に意味があると思ってる」
彼女はあなたをぐっと胸に引き寄せ、小さく震える声で囁いた。
セリナ(耳元で)
「だから、私は死ぬまで隣にいるわ。たとえ最後に孤独が残るとしても……“今”は二人だから」
夜風が通り抜け、焚き火の炎が二人(と一匹)の影をゆらゆらと揺らす。言葉は静かでも、その重みは十分に伝わっていた。
≪主人公≫(少し気を取り直して)
「そっか。今日は色々びっくりしたよ。ちょっと休もうか。セリナの宿って、猫は泊まれるの?」
セリナはふっと息を漏らし、肩の力を抜いたように小さく笑う。
セリナ(穏やかに)
「……そうね。今日は驚かされっぱなしだったもの。猫は大丈夫よ。ちゃんと一緒に寝ていいわ」
そう言って、彼女はあなたの頭をもう一度やさしく撫でる。夜の冷たさが和らぎ、ひとときの安らぎが二人(と一匹)を包んだ。
セリナはあなたの頭をそっと撫でながら、優しい笑みを浮かべる。
「宿なら心配いらないわ。猫くらいなら“旅のお供”ってことで泊めてもらえるはずよ。むしろ看板猫みたいに可愛がられるかも。」
彼女は小さく笑って、いたずらっぽく付け足す。
「ただし、粗相はしないでね? ……ふふっ。」
≪主人公≫(むっとしたように鼻を鳴らしながら)
「動物じゃあるまいし……。」
セリナはその反応にまたくすっと笑って、肩をすくめる。
「でも今は立派に“猫”なんだから、仕方ないでしょ?」
そう言いながら、あえてあなたの頬を指でつつき、からかうように続ける。
「……まぁ、あなたなら本当に粗相なんてしないって信じてるけどね。」
焚き火の灯りの中で、二人のやり取りは柔らかい空気に包まれていた。
扉を押して宿に入ると、木の温もりを帯びた柔らかな灯りが迎えてくれた。午後の喧噪が嘘のように、ここだけは時間がゆっくりと流れている。カウンターの奥から、恰幅のよい女将が顔をのぞかせた。
女将
「おや、セリナじゃないか。今日は遅かったねぇ。」
セリナは軽く会釈して、少し疲れた笑みを返す。
セリナ
「ええ、少しね。……一晩、部屋をお願いできますか?」
女将はにこりと頷きながら答える。
女将
「もちろんだよ。いつもの二階の奥をあけてあるよ。――あら?」
女将の視線が、膝に丸まった小さな猫へと向く。顔がぱっとほころびる。
女将(驚いて)
「まあまあ、なんて可愛い子を連れてるんだい。道すがら拾ったのかい?」
セリナは少し困ったように笑い、肩をすくめる。
セリナ
「そういうことにしておいてください。……この子、どうしても私と一緒に居たいみたいで」
女将は目を細め、猫を覗き込みながら楽しげに言う。
女将
「ふふ、いいじゃないか。宿は猫も歓迎さ。看板猫にしちゃいたいくらいだよ。首輪までして――どこかの飼い猫だったんだろうにねぇ」
女将はあなた(猫)を満面の笑みで見下ろし、さらに声をかける。
女将
「お腹は減ってないかい? 魚の切れ端くらいなら出してあげられるよ」
セリナはあなたを一瞬見下ろしてから、控えめに肩をすくめる。
セリナ(小さく)
「……ふふ、甘やかされすぎないようにしないとね」
あなたは女将の脚にすりすりと体をこすりつける。人懐っこさに女将の顔がいっそう和らぐ。
女将(嬉しそうに)
「まぁまぁ! なんて人懐っこい子なんだろうねぇ!」
そう言うと女将はあなたを抱き上げ、両手で頭や背中を大らかに撫でる。
女将(目を細めて)
「こんなにすり寄ってきて……よっぽど寂しかったんだろうねぇ。はいはい、いい子いい子」
にこにこと満ち足りた笑顔を浮かべながら、女将はセリナに向き直る。
女将(含み笑いで)
「セリナ、あんたも随分と可愛い相棒を見つけたじゃないか。これはもう手放せないね」
二階の奥を指し示す女将に導かれ、セリナはあなたの頭をもう一度優しく撫でてから、細い声で答える。
セリナ
「ありがとう。お世話になります」
宿の暖かさと人の優しさに包まれながら、三人の夜はゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
セリナは横で肩を落としながらも、どこか諦めたように微笑む。
セリナ
「……完全に気に入られちゃったみたいね。」
女将は嬉しそうに笑いながら手を打つ。
女将
「今夜は魚を少し多めに用意してあげよう。お代は……特別サービスだよ。」
セリナはため息をつき、唇に笑みを浮かべながら小声でぼやく。
セリナ
「甘やかしすぎじゃないかしら……」
その横で、あなた(猫)は女将の差し出した皿に前足を伸ばし、魚の切れ端をちょんちょんと確かめるように触れたあと――器用に手を使って口元へ。
上品に噛み、香ばしい身を味わう。
女将は目を丸くし、それから声を立てて笑った。
女将
「まぁ! なんてお行儀のいい子だろうねぇ。こりゃ本当に看板猫にぴったりだよ。」
セリナは横目であなたを見て、苦笑しながらもどこか誇らしげに目を細めた。
セリナ
「……こうしてみると、本当に“猫”そのものね。でも――中身を知ってるのは私だけ、か。」