女は会話での共感度によって敵か味方を測っている
少しイライラする会話かもしれません。
私も書いているうちにイライラしてきました。
それでもよければお付き合いお願いします。
「うわ~今日すごい混んでるね」
地下鉄の8番出口の階段を登りきり、右手にあるはずの目当てのお店を探そうとしたところ、探すまでもなく店からの行列が目に入った。
「るみがここにしようって言ったんだろ。文句言うなよ」
一緒に来てくれている明が、暑いからか階段がしんどかったからか、汗を拭きながら不機嫌そうにそう言う。別に文句を言ったつもりではなかったのだが。
目当てのお店とは新しくできたパン屋さんで、可愛らしい動物の砂糖菓子が付いた商品が人気だ。オープンから一週間経っているので少し空いてきたかと思ったが、好評なようで行列は三軒隣まで伸びている。
炎天下だが、せっかく来たので列の一番後ろについた。
「早く日陰に入りたいね」
「しかたないだろ、順番に待つしかないよ」
お店の前は庇が出ているが、隣はどこかの会社の小規模オフィスビルらしく庇がないためもろに陽を浴びてしまう。
「やっぱり日傘持ってこればよかった~」
「え、忘れたの?」
「地下鉄すぐって書いてあったから要らないかと思ったの。それに今日のカバンには日傘入らないし」
「るみって忘れ物多いよな」
「忘れたんじゃなくて要らないって思ったんだってば」
「でも結局必要だっただろ?」
「もういいよ。あと少ししたら日陰入れるし」
明は基本優しいのだが、たまにこんな感じの会話になってしまう。ちょっと剣があるというか。
付き合い始めのころは私が何か悪いことをしたからかと思っていたけど、意外と別のところに理由があることに最近では気が付いた。今日は暑いからかな。もしくはおなかが空いているか。
幸い店員さんの手際が良いのか列は早く進み、庇に入ったころには窓から中が見られたので、かわいいパンを眺めながら入店を待つことができた。
お店に入ってしまえば、適度に効いた涼しい冷房と可愛い内装に癒される。並んでいる間にすでにメニューは選んでいたため、すぐにお会計を済ませてイートインコーナーで食べることに。
「るみ、俺のデザート食べて。ここデザート勝手についてくるんだな」
「そうだよ。来る前にも説明したよ?」
甘いモノが少し苦手な明は総菜パンに、私はブリュレプディングパンにした。上に乗っているクマさんの砂糖菓子がブリュレで釣りをしている格好をしている。可愛すぎてテンションが上がる。総菜パンの方はキャベツの中をペンギンが突き進んでいる。少し謎コンセプトだがこれはこれで可愛い。
セットで頼んだので、スープとサラダとドリンクとデザートもついてきた。お得だがすべて食べ終わるころにはおなか一杯になっていた。
「結構量あったね~。おなか苦しい!」
「来る前に見てたんだから、元から写真で分かってたことだろ? るみってすぐ文句言うよな」
「だから、文句じゃなくてただの感想だってば」
「それを俺に言ってどうするんだよ。俺が聞いたところでるみのおなかが軽くなるわけじゃないだろ」
また明が面倒くさいモードに入っている。何がトリガーだったかな。もしかして、デザートついてくること前に説明したって指摘したことかな。その時点でちょっと不機嫌そうだった。なんにしても面倒。
せっかくかわいいお店でテンションが上がっていたのに。そもそも今日出かけようって言ったのも明なのに。ここに来ることも説明して、甘いモノ多いけど大丈夫かとかちゃんと確認してなんなら別のところでもいいって言ったのに。
ああ、いけない。私もイライラしちゃった。
デザートの器の底に残っていたジャムを少しすくって口に入れる。甘いモノを補給して、気分転換終了。ついでに残っていた水も飲みほし、口をさっぱりさせる。出口にお土産用のクッキーもあることに気が付き、見て行くことにする。
「クッキー可愛いね。チョコ味もあるかな?」
「知らないよ。見てくればいいだろ」
「……明が知らないことは知ってるよ~。ちょっと見てくるから待っててくれる?」
明は興味がなさそう。待たせても悪いので、さっと選ぼうと思ったけれどレジが混み始めているので諦めることにした。
「やっぱやめるね」
「え、なんで? 買えばいいじゃん。お金ないの?」
「そうじゃなけど」
「買って行こうよ。俺も家で食いたいし」
「レジ並んでるよ」
「仕方ないじゃん。買いたいんでしょ? いいよ。俺待てるよ」
甘いモノが苦手でもクッキーは食べたいみたいなので、せっかくだから買っていくことに。
案の定、列はなかなか進まず、さらにレシート切れか何かで交換作業が入ったり前のお客さんが商品を会計途中で交換したりで、結構時間がかかってしまった。その間、明は出入口の横でスマホをいじって待っている。
「お待たせ」
「いいよ」
その返事にも少しもやっとしつつ、心が狭いかなと気持ちを切り替えて店外に。途端に熱気に包まれる。
「この次は本屋さん行くんだっけ? 次の映画まで時間ある?」
「るみの用事に付き合ったんだから、それくらい付き合えよ」
「え? もちろん本屋さんくらい行くよ。それよりあっついね~」
「夏だからな」
「そういえばあの漫画の新刊でるのいつだろね。早く続き見たいね」
「新刊情報見てないの?」
「そこまではしてないな」
そんな会話をしながら本屋さんに立ち寄って時間をつぶし、映画館へ。
映画は明が観たいものがあると言っていたのでそれを観ることに。私は内容より映画館自体の雰囲気が好きなので、どれでも基本楽しい。
映画を見終わって、軽食を食べて帰ろうということになった。
そこで映画の興奮冷めやらず、いろいろ感想を話し合った。最初は明も普通に感想を話していたのだけど、だんだん雲行きが怪しくなってきた。
「なんかるみって不毛な会話が多いよな。要領を得ないというか。なんだっけ、『男はちゃんと目的を持って会話をするけど、女は共感を得て安心したいだけ』ってやつか。仲間はずれになると生きていけないから、共感を得て安心したいらしいな。まあ仕方ないか」
そんなことを言って明は微笑む。私は苛つく。
「私もそれ、聞いたことある。男性は狩猟してたから目的遂行のために会話をする。情報交換ね。女は村で子育てをするときの知識とかを得るために会話をする。これも情報交換ね」
私も気になって調べたことがある。なんでこんなにも明と会話が噛み合わないのか。別に嫌いではないので、できるなら楽しく会話がしたい。でも今は無理。
明は聞いてるのか聞いていないのか。とりあえず私は話を続ける。
「そして女性は共感できることで生存可能性を上げられたことを実感できるから、会話で共感を得られることで安心するらしいね」
「そうそう。女は誰かに常に認めてもらわないと不安で仕方ないんだろ? まあ守られて生きてきたわけだからな。その反面男はしんどいよ。守られるどころか守りながら生きなきゃいけないんだから」
「……まあそうかもね。でもね、さっきの話には続きがあって。私はね、安心のためだけに会話するわけじゃないと思ってる。この話って大昔からの人類の生き方の話でしょ。そんなヤワな生き方してないと思うの」
明は怪訝な顔をする。
「女はね、少なくとも私はね、会話で得るのは共感だけじゃないわ。その共感具合で敵味方を判断してるのよ。何も完全同意じゃなくてもいいの。イエスマンなんていらないわ。感覚のすり合わせね。方言もよそ者をはじき出す機能があったというし、あながち間違いではないと思うわ」
明は『マズった』という顔をした。トーンで私が完全に怒ってると気がついたのだろう。
私は会話の目的云々の話を調べたときに思ったのだ。この学説(?)って、なんだか男目線。
女性全般がどうなのかは知らないけれど、少なくとも私は共感すればそれで終わりなんかじゃない。話して、反応を測る。ソナーみたいに。共感、共鳴具合で些細な違和感を見つける。相手が男女どちらであっても。
今まで明と話してきて、どれだけ共鳴できただろうか。嫌いではない。別れるまでではない。でも、ここらへんで一度確かめたい。
明の瞳をしっかり見据えて言葉を放つ、
「それで、あなたは私の敵なのかしら、味方なのかしら」
読んでいただきありがとうございます。
続きまして、次話、明の視点です。