シン・ミドリガメ
私は一体何を書いているんだ……?
端的に言えば、ミドリガメが感じていたものは「飽き」であった。
食べるだけならいくらでもできる。
繁殖するのも寝るのもいくらでもできる。
しかし、彼に一つ足りないものがあれば満足感だった。自身がマッハ2で走れば大体の敵を乗り越えることができる。仮に攻撃が当たってもその頑丈な甲羅があれば傷一つ受けることはない。どんな兵器も撃破できてしまう。実際国外では「コードM」などと呼ばれ警戒されている始末であった。
ありていにいてば、彼は小さい世界の君主。自分に逆らえるものは何もなく、できることをするだけの日々。パチンコなどにも手を出したが、それもせいぜい暇つぶし。唯一あるとすれば自身を捕まえた男との戦闘……ではあるが、残念ながらあれは楽しくない。そもそも男のほうに戦う気がないからだ。競馬場に放してるくらいだし。
「GLUUUUU!」
だからこそ、目の前の浮遊する巨大な肉塊はミドリガメの望む強敵であった。ミドリガメの小さい体が音速の壁を突き抜けて加速、そのまま『鉄菌竜樹』に急接近する。
対する『鉄菌竜樹』は勢いよく体を膨張させ、そのままミドリガメの突進を受け止めた。肉を引き裂く音とともにミドリガメの体は『鉄菌竜樹』を貫通し、再び空を飛翔する。
が、ミドリガメは背後を振り向いて驚愕した。『鉄菌竜樹』の体は先ほどより大幅に収縮し、何より損傷が完全に再生しきっていたのだ。すなわち先ほどの行動は体内に空気を入れて膨らますことで内部の体積密度を減らし、同一表面積で損傷する臓器の体積を減らしていたのだ。
そもそも『鉄菌竜樹』がその体積と質量にもかかわらず浮遊しているのは、体内の高温かつ比重の小さいガスによる浮力、そして体内の高速回転翼によるものである。それ故にガスの量だけを一気に増し、肉体の体積のみを膨れ上がらせることは『鉄菌竜樹』の能力としては最も簡易かつ高速にできるものであった。
同時に『鉄菌竜樹』は叫びながら自身の兵器を切り替える。より小さく、より早く、より固い生物を撃破できるように。体の取り込んだ金属が幾重にも分解され、足りない部分を肉で補い。小規模な銃口を数多取り付けた新形態が一瞬で完成する。
再度ミドリガメは自身の持つ最強の攻撃手段である突進を試みる。しかし『鉄菌竜樹』の正確に狙いすまされた弾丸が何十発と命中し、勢いが削がれ。そこに『鉄菌竜樹』の巨大な触手が降り注ぐ。
肉と金属部品を菌糸で組み合わせたその触手はいともたやすく命中し、めきりという音とともにミドリガメの体は吹き飛ばされた。
ありとあらゆる環境と敵に適応し、決して死なない馬鹿馬鹿しいおとぎ話のような存在。『竜』の名を冠する『不死計画』の産物。
ミドリガメは自身の流れる血とヒビの入った甲羅を見て笑う。
退屈ではない。痛みがある。感覚がある。勝つべき強敵がある。
瞬間ミドリガメの脳に浮かんだのは敵を倒す策。巨大な体積を持つ敵を倒すには、点ではなく面で制圧する必要がある。その手法の一つを、ミドリガメは体で知っていた。
海には『鉄菌竜樹』の出撃時に破壊してしまった様々な研究所の破片が浮かんでいる。そのうち小さなパイプと固定用のアンカーケーブルを見つけるやいなや、ミドリガメは再び飛翔しそれらを咥える。
『鉄菌竜樹』はその意図を把握しかねた。『鉄菌竜樹』には思考能力がある。だがミドリガメほどの思考回転能力と、何より『水』についての知識はなかったのだ。
ミドリガメは弾丸を避けながら『鉄菌竜樹』の周囲を回りこむ。多少被弾しながらも、拾ったアンカーケーブルを幾重にも『鉄菌竜樹』に巻きつけた。
そして瞬間、ミドリガメは全速力で海底に向かって降下を開始した。マッハ2を実現する脚力で水をかきわけていくミドリガメに、空中に浮遊するために重量を落としていた『鉄菌竜樹』に抗うすべもなく。一瞬で海の底に引きずり込まれる。巨大な『鉄菌竜樹』の姿は一瞬で海底に消え、代わりに巨大な波が形成され周囲の島を襲った。
「GLUUUAAAAA!!!!!!」
そして『鉄菌竜樹』は声にならない絶叫を上げる。あっという間に何百メートルも底に沈められるとともに、『鉄菌竜樹』体内の空気が水圧に負け、体が押しつぶされてゆく。
同時に『鉄菌竜樹』はすぐさま海底の環境に適応し、内部組織を守るべく強化外骨格及び耐圧皮膚を構築、深海の水圧から身を守ろうとする。
そしてそれこそがミドリガメの狙いだった。
「GLUUUUUUU!!!!!!!!!!!!」
圧倒的な圧力と共に外骨格と皮膚が引きちぎられ、同時に穴から侵入してきた水の水圧が臓器を砕く。
『鉄菌竜樹』の視線の先ではミドリガメは小さな金属パイプを持ち、その片側に手を当てて、再び勢い良く叩いていた。キャビテーション効果。マッハ2を達成するミドリガメの脚力によりパイプ内で急激に圧縮された液体は高温となり、解放と同時に気化、熱と衝撃による致命的な破壊を与える。
それによって体を点で破壊、そこから体内を深海の水圧により面で破壊する。加えて、先ほどまでの突進攻撃とは異なりパイプを叩くだけで攻撃が成立するため、再生や適応の隙を与えず敵を破壊していくことができる。
『鉄菌竜樹』は迎撃すべく銃弾を撃つも、深海では水の壁により威力が減衰しミドリガメには届かない。かといって深海に適応させようにも水圧による破壊はそれを許さない。切り札である『龍』の細胞を使おうとするが、ミドリガメの猛攻によるダメージはそれすら禁じてしまう。
ばん、ばん、という音が深海に鳴り響く。その勝敗は海底から浮かんでくるおびただしい量の『鉄菌竜樹』の血が示していた。
Q. ミドリガメも水圧でダメージ受けないの?
A. 筋肉で防いでいます。
Q. 『鉄菌竜樹』負けたけどいいの?
A. よくないです。本章のラスボスなので……




