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サプライズ!

 サノア博士の人生は、転落という一言に集約される。


 生まれが恵まれていて。サノア菌鉄式増殖法の開発に若くして成功した彼女は、当時人生の頂点にいた。菌糸とアポトーシス制御を利用した研究は多くの人の命と生活を救い。サノア博士の名声は頂点に達した。


 そして、そこで終わりであった。サノア博士が次に開発したウミガメのスープは殺人に使われ、『鉄菌竜樹』などという怪物すら生み出し、その戦闘で周囲を汚染し。しかもそこからは成果がでず。「不死計画』に参入し、興味のなかった「不死」について研究するも「不死」はできず。代わりに軍事利用価値だけはある鉄菌竜樹ができてしまい。


 彼女の人生は輝きから始まり、そして幾度とない転落の暗闇に飲まれてきた。


 そしてその暗闇が、再びサノア博士のもとに訪れようとしていた。


『警告:第1~7ブロック溶解。自動兵器28体は即座に機能停止』

『第2層まで浸水。速やかに漏水部を封止してください』

『3軍自動兵器部隊、交戦開始3秒にて全滅。残存部隊を集結させ12ブロックに向かわせます』


 幾つものモニターとコンピューター、そしていくつもの生体が浮かぶ円形水槽が並べられている、サノア博士が座する最深部。薄暗いこの部屋に無数の警報が響き渡る。同時に本来あってはならない振動と波の音がサノアの体を揺らした。サノア博士は震えながらつぶやく。


「まだ『龍』が侵入してから5分も経過していないのに……!」


 結論から言えば、サノア博士もまだ『龍』のことを理解できていなかった。そもそもアルタード研究員との戦いですら、彼はその力の一端しか見せていない。不死にして馬鹿馬鹿しいほど強い、おとぎ話の如き究極生命体。その真価が、今発揮されていた。

 


「タイダルウェイブ」と呼称される戦術兵器がある。特殊虚充金属触媒液を使用し、周囲の金属を反応、液化させることにより敵拠点を溶解させる兵器だ。性質上、ありとあらゆる金属防壁に対し有効であり、洪水のごとく四方八方からあふれる溶解液に恐怖の中敵兵は取り込まれていく。一部企業間では使用禁止協定が結ばれている場合があるほどの、破壊兵器である。


 そんな最悪な兵器を、『龍』は平然と使用してきた。


『龍』はこの兵器を不死計画の際に回収……搭載した『賢者の石』を使用し周囲の物質を変換することで疑似的に行っている。だがそのようなことをサノア博士が知るはずもなく。細胞再生器だけでは絶対にありえない挙動に、ただ呆然とするしかなかった。


「ここかー?」


 巨大な振動が近づいてくる。壁が解けてひしゃげる音と、溶け残った壁を蹴破る音。そしてたった数秒の後、ついに扉が開かれる。立っていたのはいつも通りの無精髭を生やした男であった。武器はおろか、ボディスーツすら着ていない『龍』は、当然の如く無傷であった。


「人質返して貰いに来たぞ」

「コード4B73L、行きなさい亜種戦闘個体!」


 現れた『龍』に向かって、サノア博士は叫ぶ。瞬間、サノアの背後にあった円形水槽が開かれ、中にいた生物たちが指令に従い突撃する。


 小型小銃と肉塊を混ぜた犬のような見た目をしたそれはサノア博士が生み出した戦闘用の『鉄菌竜樹』を応用した素体であり、見た目に反してかなりの俊敏さと格闘能力を誇る。四足故の被弾面積の少なさと生体としての柔軟性、銃火器の火力を兼ね備えた理想的な生物兵器である。


 肉塊たちは全身から銃弾を放つ。……が、防弾服をやすやすと貫通するはず特殊弾は、『龍』の足元から現れた溶解液によりあっさりと溶かされる。


「銃弾って点だから強いのであって、溶けてしまえば貫通力ないんだよなぁ」

「ちょっと待ちなさい、それどうやって動かしているの?」


『龍』の周囲を溶解液が防ぐように漂っていた。サノア博士の知るタイダルウェイブはこのような兵器ではない。ただ押し流すだけの濁流。


 それが意志を持つかのようにうごめいており、明らかにサノア博士が知っているものより一段階洗練されていた。『龍』は向かってくる肉塊を叩きのめしながら何でもないことのように答える。


「いや、押し流すだけだと毒液が周囲に溢れて迷惑だからアレンジしただけ。ほら、表面でガスを気化させた圧力で形状を保てるよう、細胞を這わせてだね」

「すべての金属を溶かす酸の中に……?」


 銃が効かないと判断した肉塊たちは通常の生命体ではありえない、肉体の負荷を顧みない加速で『龍』に飛び掛かる。敏捷性で酸をかいくぐると共に、銃弾と比べ体積が大きい肉体であれば、溶解する前に牙が届くという判断であった。肉が引きちぎれる音とともに飛び掛かった彼らは、しかし『龍』の体に傷一つ付けられない。一応死なないようにという配慮なのだろう、『龍』は酸ではなく打撃により叩きのめしていく。


 サノア博士謹製の生物兵器は、何一つ成果をだせず排除された。『龍』は赤い警告で染まったモニターを見ながら呑気に呟いた。


「で、漁船の奴らは地下の3階か」

「そこは人質はどこだ、って聞く場面でしょう」

「もうわかってるし、人質を取られないためにめちゃくちゃにしたわけだからな。そこは省いていいだろう」

「首輪爆弾は?」

「モヒカンが既に解除してるからな、同じようにやれば一瞬だ」

「……『未来流刑』に処された男、ね」


 サノア博士は人質である船員たちの逃走防止の策が軒並み無効化されていることを察し、両手を挙げた。『龍』に人質が効くのは間違いない事実だ。しかし恐らくではあるが、『龍』がここを嗅ぎ付けるのを支援した組織、恐らく牙統組の支援もあったのだろう。


『龍』は殊勝な様子のサノア博士を見て、顔をしかめた。


「で、降参か」

「いいえ、脅迫よ」


 そう言った瞬間だった。『龍』がいた方角からではなく、サノア博士のいる場所のさらに奥から破砕音が響く。何かが上昇していく音と共に、瓦礫が海底に落下していっているのであった。


 サノア博士の左側にあるモニターに、この島の遠景が映る。先ほどまでのどかであった島は樹木が剥がれ落ち、中心を突き破って一体の怪物が出現していた。


 どうやって研究所に収まっていたのか、宙に浮かんでいたのは小島と同じサイズの巨大な肉塊。全身を菌糸と金属部品が覆い、体からは数多の武装が生えている。その中の一つに、核兵器を示すマークが刻まれている。すなわち、『鉄菌竜樹』。フルアーマーの男の、成れの果てである。


 サノア博士はそれを見て、邪悪な笑みを浮かべた。


「ダイダルウェイブを使ったのが失敗だったわね。それを制御して、人質を守りながら核を使う『フルアーマー』と戦えるのかしら?」

「すまんな海、そしてみんな……!」

「ストップストップ!」

「冗談だ、俺の目的は人質と漁船の救出だからな」


『龍』は余裕を崩さない。既に漁船の救出作業が完了した連絡はドエムアサルトより入っている。後は安全に撤退をすればよいだけだ。


「あなたが『フルアーマー』と戦おうとするなら、こちらは自爆覚悟で核兵器とバイオ兵器をばらまくわ。大人しくそこで静観していなさい」


 そして余裕があるのはサノア博士も同等であった。『鉄菌竜樹』の浮上が間に合った以上、どう戦ったとしても周囲を汚染し人質たちに致命的なダメージを与えることはできる。故に『龍』が動けないことを知っているからだ。


 ……とはいっても、『龍』が動かない理由は『100%』人質を守れないから、という理由であることも重々承知ではあった。いざとなれば、リスクを冒してでも目の前の怪物は戦闘を仕掛けてくるだろう。サノア博士の余裕は、表情と比べると遥かに薄いものであった。


「で、何が目的だ?」

「世界平和よ」

「どこがだ」


『龍』の問いかけに、サノア博士はモニターの『鉄菌竜樹』を指さす。


「これのメリットは、安価に増殖できること。とはいっても本当の意味で完成させるなら一点乗り越える必要がある項目もあるんだけれど、まあスタートアップ企業なんて未完成で商品を発表するなんて多々あることよ。今からやるのはデモンストレーション。無数のカメラを設置して、伝手を使って世界中の企業に情報を送っているわ」

「だからなんだよ」

「情報を最初に送ったのは、オーサカ・テクノウェポン社。そう、かつてこの地で戦争を行い、『鉄菌竜樹』の脅威を知っている企業。ほら見なさい、航空部隊が動き出しているわ」

「挑発してどうする」

「言ってるじゃない。デモンストレーションよ。オーサカ・テクノウェポン社と戦って、倒して。成果を見せるの」


 サノア博士の言葉に、理解できないと『龍』は首を傾ける。


「だからお前の目的はなんだ」

「言ってるじゃない、世界平和よ。鉄菌竜樹はコストが低い。これと源菌をセットで安価に売りさばく。ねえ、戦争ってなぜ起こると思う?」

「思想の対立とか?」

「昔はね。今は純度100%、利益のためのみに行われる。採算が取れるから戦争をするのよ」

「……」

「つまり、採算を取れなくすればいい。かつての冷戦時代のように。小規模な企業から大規模な企業まで、皆一様に相手を倒すすべを持てば。争いは失われるはずよ。つまり私の計画はダークワカヤマ社のものを拡張し、ダークワカヤマ社だけではなく、世界中が『鉄菌竜樹』を保有し相互牽制しあう社会を作ることよ」


『龍』はそれでも理解できない、と首を傾げた。


「そんなに戦争あるか?」

「無いわよ、少なくともあなたの存在によりこの国ではね」

「……」


 そう、『龍』がいまいち飲み込めていない理由はそこであった。『龍』は『不死計画』崩壊時の戦闘以降、この世界で大規模な戦闘に遭遇していない。アルタード研究員など、兵器を使い襲い掛かってくることはあれど、世界大戦のような民間人が多数犠牲になるような大規模戦争を体感していない。治安が悪いとは思っていても、それだけだ。


 だがその実態は『龍』の存在による均衡。トーキョー・バイオケミカル社、オーサカ・テクノウェポン社、そして『龍』。日本における三大勢力は互いを警戒し、総力戦を行わないようになっていた。……無論、小競り合いや謀略は日常茶飯事ではあるが。


 加えて21世紀日本生まれの『龍』は戦争とは程遠い。故にサノア博士の言葉を本当の意味で理解できていなかった。


「今でも裏での戦闘は無数に起きているし、当然海外では多数大規模なものが起きているわ。無数の死体を手で運んだことはある? 悲鳴の中で手術をしたことはある? あなたがいる場所、あなたがいる時のみの一時の平和ではいけない。長い平和を作らないといけないの」

「こんなことをしてでもか?」

「勿論。さて、あと10分ほどでオーサカ・テクノウェポン社の戦力が到着するわ。みていなさい、あなたと同じく、『竜』の名を冠する存在の力を」


 その瞬間であった。モニターに異変が映る。衝撃波と飛び散る肉片。端的に言えば。








 ミドリガメが突っ込んだ。



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次話、ミドリガメ VS『鉄菌竜樹』。勝手に争え。



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さすがある意味龍以上の謎生命ミドリガメさんや!
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