潜水艦の中で
「というわけで敵のアジトまであと20分です」
「モヒカン出てきた瞬間に一気に話が進んだな……」
人妻戦車とカルタをした深夜。俺、ドエムアサルトの二人は超小型潜水艦に乗り込み海底付近を移動していた。船内は狭く、4人乗りの車の後部座席程度。寝ることはできるが足を延ばすことはできない、そんな絶妙な広さである。
内部は武骨な作りになっており、金属カバーが塗装もなく剝き出しにいくつも設置されていた。椅子もパイプ椅子に近いような作りであり、緊急時には物を追加で入れられるよう折り畳み可能となっている。
窓はどこにもない。ディスプレイに映し出されるのはソナーとかであり海底の映像などどこにもない。深海の生物、興味あるから見てみたかったんだけどな。深海水族館みたいなの好きだったし。……でもよく考えたらマグロマンとかいる可能性もあるのか、やっぱりやめとこう。それはそれとして、目の前の女に愚痴を言う。
「というかお前と二人っきりかよ」
「仕方がないじゃないですか、あなたについてこられるのは私くらいですから」
そう言うドエムアサルトは、極めて珍しいことに服を着ていた。戦闘用の黒いボディスーツにはいくつものポケットがあり、それらにはあまたの道具が仕舞われている。一方で露出もかなり激しく、胸は横が丸見えだ。
この露出はアルタード研究員と戦った時と同じく、皮膚感覚増強を最大活用するためのものだ。おそらく俺が今攻撃しても、風圧を察知しすさまじい反応速度で回避するのだろう。……マゾだから避けずに受ける可能性も高いけれど。
「確かに今のところ暗黒街人類最強ランキングを作ったら俺とお前とデスア〇メ宮本武蔵はランクインするだろうな」
「機動戦車を生身で相手できてこそ一人前です!」
機動戦車、基本的にまともに戦える相手ではなかったはずなんだが。ランバーは対策にロケラン持ってたけど、それでもワンチャンできるくらいだったしな。アヤメちゃんが傍に置く元アルファアサルト隊長、さすがの実力である。
「若者の人間離れは凄いなぁ」
「……」
「沈黙は止めろ」
ドエムアサルトは何言ってんだ的な視線で俺を見てくるので一旦コホンと咳払いし、話を戻すことにする。そう、今日の本題はサノア博士のアジトについてなのである。
「それで、南西の小島の下にアジトが見つかったんだな」
「はい、脱走カス野郎の話を元に割り出した結果、位置が確定しました」
ドエムアサルトはタブレットを開く。そこに表示されたのはありふれた小島の映像であった。草木の生えたその小島は木々が生い茂っており、その詳細な地形を見通すことはできない。いくつか注釈や拡大写真が表示されている中にぽつんと、海を示す地点に赤点が打ってあった。
「この水面より下に洞窟の入り口があります。そこから少し進むと巨大な空間が開いており、この空間にサノア博士の研究所があるようです」
「そんな空間、自然にできるのか?」
「ある程度までは自然に、あとは過去の戦争時にトーキョー・バイオケミカル社がひそかに秘密基地として拡張したようです」
「だからこんな場所を知っていたのか……」
「そしてこの洞窟にこの潜水艦のステルス機能を用いて接近、一気に潜入します。あなたが陽動、私が隠密。あなたが暴れているうちに私の方で人質を解放します」
こういうところは本当にシゴデキなんだよなこいつ。容姿、能力、精神性。性癖を除きさえすれば優秀過ぎる。アヤメちゃんとそっくりだ。問題は性癖由来の異常発言行動が多すぎることだが。俺は見逃していないからな、お前スーツの下にしれっと「アヤメ様の犬です」と書かれた首輪つけてること。なんで潜入任務でワンちゃんプレイしてるんだよ。調教済にも程があるだろ。
「私が人質を解放したらあなたは海賊船メリー号になって脱出です」
「できるか! せいぜいネッシーくらいだよ!」
「そっちにはなれるんですね……。冗談はさておき、脱出時はダークワカヤマ社から空挺部隊を派遣してもらい、フルトン回収してもらいます」
そんな馬鹿話をしていると、一つ気になることが出てきてしまう。俺が暴れるのは簡単だ。しかしドエムアサルトが潜入するといっても相手は万全の状態で待ち構えているわけで。どうやって内部に侵入する気なのだろうか。
「そういえば隠密ってどうやるんだ?」
「死の秘宝って知ってます?」
「ニワ〇コの杖で全員殺せば実質隠密ってこと?」
「透明マントの方です!」
そういうとドエムアサルトは一枚のシートを取り出す。それは奇妙な文様を描きながら光り輝く布だった。ドエムアサルトがそれを身にまとった瞬間するりと周囲の空間に溶け込むよう色を変える。おお、と俺は感嘆した。
ぶふぅうううう。
「…………」
「…………」
そして絶句した。船内に漂う悪臭。沈黙する二人。少し震えた後俺は叫んだ。
「姿隠しても音と匂い出したら意味ねぇだろ!」
「仕方がないじゃないですか! 生理現象です!」
「こんな密室した空間で出すんじゃねえって話だよ!」
俺はシアンじゃねえから嗅ぎたくねえよこんなの! しかも時間が経って拡散し始めているのか臭い強まってきたし! しかもこの空間、潜水艦なので換気機能などたかが知れている。酸素濃度は保ってくれてもおならの臭いなんて保険適用外であるのだ。
俺は呼吸をやめて体内の水分を電気分解し酸素を生成、肺に送り込みながら叫ぶ。
「いいか、おならはうんこガス! お前は俺にうんこまき散らしてるようなもんだぞ! 外ならまだしも、せめて密閉した空間だけはやめてくれよ!」
「濃度が違えば性質も違います! あなたは霧と豪雨を同一視しますか? しませんよね!」
「屁理屈言うな! おならくらい我慢しろ!」
「それはおならが出やすい人への差別じゃないですか! そういう症状の人もいるんですよ!」
「……そ、そっか」
ドエムアサルトの反論に思わずうっとなる。こういう時、やらかしたなと思ってしまう。21世紀のノリではまだ許されたかもしれないが、23世紀からすれば単なる差別だ。
確かに目の前の女がやむを得ない理由でおならが出やすく、それを制御できないのであれば今の俺の反応はやりすぎだ。体の事情でどうしようにもないことを責め立てられる。それは確かに苦痛で、俺が21世紀生まれだから、で許されることではない。
俺は深々と頭を叫ぶ。
「申し訳ない」
「まあ私の場合はアヤメ様にお尻で遊ばれたからなのですが」
「クソがよその口閉じろや」
最悪な理由すぎた。それは完全にお前の火遊びのせいであり俺が配慮するべきものじゃねえだろ。なんでお前の夜の遊びのせいで俺がここで悪臭被害を食らわないといけないのだ。
だがドエムアサルトは自身の正当性を訴え続ける。
「ダークワカヤマ海岸にも昔いたんですよ、辻ア〇ルフィストさんとか!」
「なんだよそれ!」
「肛門日光浴している人の尻に辻斬りの要領で手を差し込む怪人です! そのせいでダークワカヤマ海岸に尻が並ぶ光景は失われました!」
「だから何の話聞かされてるんだ俺は!!!」
「尻遊びは一般教養。つまり私は悪くないのです!!!」
「前言撤回、23世紀のことなんて知ったことかボケ!!! いいから土下座しろ!」
「させてもらえるんですか!?」
「そこに反応するんじゃねえ!!!」
頭を抱える俺と頬を染めるドエムアサルト。だが珍道中は終わりに近づいている。潜水艦のソナーは後数分でサノア博士の本拠地に到達することを示しているのであった。




