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3000倍の男

 ダークワカヤマ海岸から遠く離れた小島、その下には隠された研究所があった。海底に作られたそれは空からの捜索を逃れるとともに各研究設備から出る熱を海水により効率的に冷却できるというメリットがあった。


 研究所の応接間……と呼称されている場所は殺風景である。簡易建築用の樹脂製壁と床、パイプ椅子と軋む机。そこにいたのは二人の女。薄暗い照明の下で、背の低い少女はおかしそうに笑い始める。表情は愉悦と嘲笑に染まっていた。 



「イーグッグッグッググ♡」

「悪役の笑い方としては0点よ、ネゴシエイター」


 前言撤回、女? の表情は快楽による興奮に染まっていた。10代前半に見える全身義体の美少女は壁際で悶える。半透明の合成繊維で編まれた髪に、隠密行動用のボディスーツで強調されている体躯に見合わぬ巨大な胸。その美少女の名を感度3000倍ネゴシエイターという。


 かつて足の生えたゴールポストを支援し、『龍』を時空の彼方へ消し飛ばそうとした男。だが彼は『龍』の報復により醜態をさらし続けていた。


「ロリ巨乳感度3000倍数式ア○メ仕様その他オプションもりもり……許しません、絶対にあなたに復讐します、『龍』……!」

「というかその体は何かしら、以前のあなたは老人の義体を使っていたわよね」

「メス落ち世襲議員メーカーに感度3000倍にされた結果、義体との体のずれからくる違和感も3000倍、やむなく義体を本体に近しい物に換装しただけですっ、よ……♡」

「今のは何かしら?」

「孫の手を踏みつけたことによる足ツボアクメ……」

「ジジイなのか美少女なのかはっきりして欲しいわ」


 部屋の隅で悶えるネゴシエイターを見てサノア博士はため息をつく。確かにこのネゴシエイター、優秀ではあるのだ。資金の調達は素早いし情報の精度も高い。『龍』が動き出すことを知りすぐに対応できたのはネゴシエイターの助力によるところである。それはそれとして感度3000倍で喘いだりするのは止めてほしいとサノア博士はつくづく思っていた。


「絶対逆恨みな気はするけれど。まあ感謝しているわ、支援の件については。ダークワカヤマ社から手を切ってなお、支援を継続してくれるなんてね」


 時系列としては、まずサノア博士はダークワカヤマ社主導のとある計画を進めるために研究者として働いていた。その際にダークワカヤマ社が進める計画の支援者として呼ばれたのが、このネゴシエイターであった。


 が、一方でダークワカヤマ社の金や人員を使ってサノア博士は好き勝手しており。その結果漁船の件から芋づる式に『龍』が飛び出てきたため、ダークワカヤマ社という隠れ蓑を早期に捨てる羽目になったのだ。牙統組と仲の良いダークワカヤマ社は、間違いなく自分を切り捨てて『龍』の怒りを抑える生贄にするであろうから。無理やりにでも計画を実行するしかなくなってしまったのだ。


 ネゴシエイターはダークワカヤマ社の計画を思い出しながら笑う。


「ええ、『デスア〇メダブルピースウォー〇ー』計画は素晴らしいものでした。ダークワカヤマ社が企画した、トーキョー・バイオケミカル社とオーサカ・テクノウェポン社の勢力争いから抜け出すために計画した兵器の製造計画。彼らがリスクを負ってまで計画するわけです」

「『デスア〇メダブルピースウォー〇ー』を進めてくれたダークワカヤマ社には感謝ね。彼らのおかげで、陰に隠れて『統合構想』を進めることができた」


『デスア〇メダブルピースウォー〇ー』が一般的な単語として使われている異常な空間はさておくとする。ダークワカヤマ社を隠れ蓑にしてサノア博士が進めていた計画は、今まさに成功しようとしていた。ネゴシエイターは目を細めて窓の下を満足げに眺める。


「この『統合構想』に比べればダークワカヤマ社の計画などカスです」


 窓の下には、異様なほど膨れ上がった肉と金属の塊があった。半径10mほどのその球からは無数の重火器や兵器が覗いており、それらを肉と菌糸が統合し一つの生命体として成り立たせている。足元には幾つものマグロマンの死体と脱ぎ捨てた黒いフルアーマーが落ちていた。すなわちこの肉塊こそが、『龍』を襲ったフルアーマーの男の今の姿なのである。


 壁から一本のアームが伸びる。アームの先にあるのは小さな細胞が入ったシリンダーであった。シリンダーの中身を肉塊に投入すると、ぶるんと体が震える。


 そのシリンダーの中には、培養された『龍』の細胞が入っている。


「GAAAAAAAAA!」


 瞬間、体が異様な変化を遂げた。数十メートルに及ぶ羽が生え、全身を黒い鱗が覆う。数多の兵器に肉塊が絡みつきその機能を強化し統合する。ずぶりと太い足が生え、体積が急速に変化していく様はまるでファンタジーだ。肉体が増強され、機能を増やし、更なる最強の生命体へと変化を遂げていく。


 だがすぐに『鉄菌竜樹』は悲鳴を上げる。そして幾度も体を振るい、生えた細胞を自ら切除していった。幸いにも自らの細胞を排除するのはアポトーシス制御の得意とするところ。あっという間に肉塊は元の姿に戻っていく。それを見てネゴシエイターとサノア博士は幾度も頷いた。


「65秒が限界、だがパージは可能。一時強化としては最高の切り札ですね。でももう少し延長できないのですか」

「『龍』の細胞による逆浸食がネックね。生きた細胞に触るだけで存在を奪い取ってくる。こんなふざけたものの塊が、人間と全く変わらない精神性で歩き回っているなんて、ふざけた話よ。『龍』の名は偽りにあらず、ね。……まさか科学の最先端を探求した結果、あの博士がほざいていた『魂』なんて存在に説得力が出るなんて思ってもいなかったけれど」

「『龍』というよりは『異常究極生命体』などと呼んだ方が正しいのですが」

「それは否定しないわ。まあそれはさておくとして、これで第一形態は完成。『龍』の遺伝子発現式とは異なり、全ての兵器と生命を取り込み無限に拡張することで不死を得る融合生命体。切り札として『龍』の細胞を使用した瞬間的な強化も可能」


 これこそが『鉄菌竜樹』の第一形態。不死身のその先を目指した、サノア博士の実験成果。だがその姿を見てなお、サノア博士の顔はどこか暗い。だがネゴシエイターはそれを何一つ気にしなかった。


「我らは破滅と混沌を愛するもの。ダークワカヤマ社だからではなく、あなたの計画だからこそ声をおかけしました。このトーキョー・バイオケミカル社とオーサカ・テクノウエポン社、そして『龍』の間で停滞する日本を揺るがしてくれることを心より歓迎いたします」

「そしてその隙をついてあなたを支援する企業が参入する、と」

「それも目的の一つではあります。ですがやはり本命は混沌ですよ」

「……平和のための兵器なのだけれどね」

「それでですね」


 サノア博士のぼやきを、ネゴシエイターは意図的に無視する。その態度に腹を立てたサノア博士は、「1+1=?」とポツリと語る。瞬間、「ニィイイイぃぃぃぃぃ♡」とネゴシエイターは数式ア○○で絶叫を上げた。この二人の関係は大体こんな感じであった。ネゴシエイターは金をちらつかせ脅し、サノア博士は数式をちらつかせる。震える義体を落ち着かせたネゴシエイターは何事もなかったかのように話を戻す。


「それで、ふぅ、これからどうするのですか♡」

「まずはアナ……デスア〇メ宮本武蔵が隠していた『鉄菌竜樹』亜種成功体の一つ、戦車シスタンクの住処がようやく分かりました。ダークワカヤマ社および『龍』に陽動をかけ、その隙に彼女を回収するわ」

「なぜ回収する必要が?」


 ネゴシエイターの疑問は当然であった。だが、サノア博士は首を振る。そう、『鉄菌竜樹』は第一形態。彼には根本的な問題がある。


 『不死計画』の際にも問題になった、不死の生物が不死ではなくなる致命的な欠点。これが故に、彼女の研究は『不死計画』にて評価されなかった。


 レターパックにて操られた者たちの挙動が妙であったのもそのせい。不死のために死を制御する、しかしそれ故にミイラ取りがミイラになる。


「アポトーシス制御をおこなったが故に、『鉄菌竜樹』には弱点があります。完全な不死とは異なる。だからこそ、例外的に前に進んでいるシスタンクを取り込み完成体となる必要があるの」

「アポトーシスが?」

「アポトーシス制御を行うということは、死を快楽として、生物として良いものとして捉えるということ。つまり、少しずつではあるけれど精神が死に引寄せられてゆくのよ。ノウミのように」

「つまり?」



「……デスア◯メ。これこそが完璧な不死で馬鹿馬鹿しい最強の生命を作るために乗り越えるべき壁よ。」

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