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この戦車差別主義者め!

遂に本日、書籍版サイバーパンク居酒屋『郷』第一巻発売です!

1章の内容に加えて新規書き下ろし多数、制作秘話、そしてへいろー先生の豪華なイラストと盛りだくさんな内容となっております。

是非購入・拡散などよろしくお願い致します!

「おにいちゃん、男女差別って表現、差別的すぎない? だって戦車みたいに男女で区分けしにくい人間もいるわけで。それこそフェミニズムなんて言葉は戦車差別的な概念にも程があると思う~」

「流石に思想が強すぎないか!?」


 デスア〇メ宮本武蔵から妹系社会派人権保有人妻戦車を押し付けられた晩のこと。居酒屋の店内は実に繁盛していた。やはり昼間に存在を喧伝したのも大きかったのだろう。そもそもこの支店のサイズが小さいこともあり、あっさりと個室が埋まってしまうほどの人気っぷりであった。


 ……客寄せマイクロビキニデスア〇メ宮本武蔵を使用してなお、これだけしか人を集められないあたり店の差別化に失敗してるのではないかという疑惑も出てくるが、それは一回端に置いておくとしよう。改善しようにも金づるのアヤメちゃんはこの期に及んでなお一生WEB会議に拘束され「おじ様の透け透けマイクロビキニ──!」などと叫んで仕事をしていると噂(byドエムアサルト)らしいからな。自腹NG経費万歳、社会人生活で染みついた習性である。


 それはさておくとして、客が絶妙によりつかないもう一つの理由が目の前にあった。すなわち妹系社会派人権保有人妻戦車。本来はこいつが入るスペースなどないはずだがあろうことかデスア〇メ宮本武蔵のブレードにより壁の一部は切り抜かれ、妹系社会派人権保有人妻戦車専用の席が出来上がっている。因みにデスア〇メ宮本武蔵は店が一杯になったのを見て静かに立ち去って行った。マイクロビキニで。


 一方話題の中心である妹系社会派人権保有人妻戦車は、傍から見ればどこまでも普通の機動戦車である。迷彩柄の分厚い装甲に巨大な弾丸を撃ち抜くための砲台。4本の太い機動用脚部で荒れた大地を走り抜け、敵の防衛線を破壊しつくすための兵器に他ならない。


 そんな妹系社会派人権保有人妻戦車は、自身をシスタンクと名乗った。 


「おにいちゃん、戦車はガソリンが欲しい~!」

「一人称が戦車の奴初めて見たよ!」


 兵器が平然とカウンターに居座り、店主の俺と会話している。どうあがいても異常な光景であった。笑い声はセーンシャッシャッシャとかなのだろうか。属性の過積載にめまいがする。


 忙しく個室と厨房を行き来するシゲヒラ議員はガソリンの注文を聞き、どこから手に入れたのか缶を取り出しグラスに注ぐ。お前そのグラス、匂いが残って二度と使えなくなること分かってるんだろうな。……と思ったら透明なグラスの端にしれっと『TANK』と小さい傷が刻まれていた。この辺りも抜かりないようである。


 戦車の端からにゅいんと伸びた細いサイドアームがガソリンの入ったグラスを掴む。そしてガソリンをそのまま給油口に向けて注ぎ始めた。


 今更内燃機関かよ、という感じもしなくはないが、現実として23世紀の大型兵器は予備としてガソリン発電機構を備えているものも少なくない。戦場で大動力の電線を繋ぐのは難しくても、ガソリンを持ってくるだけなら費用は遥かに少なく済む。それに民生品をそのまま持ってこればよいため、秘密裏に充電が可能というメリットがある。


 つまり彼女、シスタンクは追われる身で、だからガソリンを使用し充電することで追っ手を躱している、と考えることもできる。ガソリンを呑んだシスタンクは満足がいったのか、マフラーから排気ガスを吐き出す。


「ぷは~、やっぱりこれだよね~!」

「単なる趣味じゃねえか。というか味とかわかるのかよ」

「分かるよ。味も匂いも、恋も分かる。結婚もしてないおにいちゃんとは違います~!」

「ぐふぅうう!」

「マスターが死んだのじゃ……大丈夫じゃ、儂ならいつでもOKじゃからな!」

「お前は……いらない……!」

「そこを否定する元気はあるのじゃ!?」


 そしてシスタンクの思わぬ一言に精神を攻撃されてしまう。やめてくれ、同級生が結婚していく中仕事に埋もれていったブラック企業での過去を思い出してしまうじゃねえか……。


 落ち込む俺と、ガチ目の否定をされて落ち込……頬を染めている変態メス堕ち世襲議員が面白いのか、シスタンクは砲塔をカタカタと揺らす。


「というかマジで人権があるタイプの戦車なのかよ。感情もあるのか?」


 俺は立ち直りながらかろうじてそう突っ込む。記憶に新しいのはアヤメちゃんが保有していたリムジンだ。あれは確かすごく流暢に喋るがAIであった。感情と自己保存欲求が認定基準の一つ、だったか。それに対して妹系社会派人権保有人妻戦車は確かに個性的であるが大きな差を感じない。そう思っているとシスタンクはぶくっと装甲板を膨らませる。


「人種差別は駄目ですよ~、おにいちゃん!」

「戦車は基本人じゃないだろ!」

「戦車の8割が人ではないとしても、人である可能性を加味して言葉遣いを修正するのがマナーです~!」

「2割は何なの!? なあ、まさかそんなに人権持ちな奴いるわけないよな!」

「流石に彼女の周りだけだと思うのじゃが……」

「そうだとしてもコイツの周りはどうなってるんだよ!?」


 いや23世紀基準で自分の考え方が異端なのは分かる。80代くらいのお爺ちゃんが「男は男らしく、女は女らしく!」と叫んでいるように見えるのだろう。でも信じたくないじゃん。一般妹系社会派人権保有人妻戦車なんて概念が浸透している未来だなんて。俺たちが育て上げた社会の末路がこれかよ。


「感情と自己保存欲求のテストはクリアしていますから~!」

「どうやったんだ?」

「バイオハ〇ードですね~」

「戦車がホラゲーするの!?」

「はい~差別主義者ポイント1だよ、お兄ちゃん」

「それポイントたまったらどうなるの!?」


 そして出てきた回答も酷い。酷いが、納得のいく理由が彼女の口から語られる。バイオハザードというゲームは、端的に言うとプレイヤーがゾンビに襲われるホラーゲームである。だがここで問題が起きる。そう、戦車がゾンビを怖がる理由がない。だって感染しないし。歯や爪が戦車装甲に勝てるかというと相当厳しい。たまに例外いるけど。


 そんな状況にもかかわらず、シスタンクは、あろうことか最初のステージで絶叫(火薬の音)を何度も上げ、車庫を穴だらけにしたらしい。つまりそれだけ人との共感性が高いということであった。


「加えてゲームと分かっているものを、AIは怖がらないのじゃ」

「誤認識とかしそうじゃないか?」

「事前情報ナシならそうなのじゃ。しかし、事前情報があるとすれば怯えない。何故なら目の前の状況を完全にデータとして割り切ってしまうからなのじゃ。故にこのテストで見るところは、分かっていてなお怖がるか、ということなのじゃ」


 ようやくテストの意味を理解して少し頷く。『ないですね。心があるということは、正しい道が分かっていても意のままに進めなくなる、ということですから』。リムジンの言っていた言葉だったがそれを確かめるということであるらしい。なら外見はともかく、中身は人間と認めてもよいのだろう。


 そんな話をしていると、急にシスタンクは無限軌道をガタガタと前後させて抗議してくる。


「ねえ、おにいちゃんが質問するばかりじゃなくて戦車の話も聞いてよ~」


 うーむ、確かに初対面の相手に質問攻めをし過ぎたかもしれない。一旦話を聞いてみることにするか、と俺はカウンターに肘をつく。


「戦車は人間サイズの旦那様と結婚したのですけど、一つ大きな問題があって~」

「ほう」

「旦那様の肉棒が入る穴がマフラーと砲塔しかないんだ~」

「知るかボケ!!!!」


 聞いたのを死ぬほど後悔した。俺は絶望のあまり頭を抱える。なんで妹(戦車)の性事情を知らないといけないんだよ。しかもマフラーと砲塔ってなんだよ、確かに車体を見る限りそれしかないけどさ! 


「無限軌道で足〇キとかはどうなのじゃ?」

「流石に肉棒がかわいそうだよ~」

「かわいそうで済むか????」

「マスター、因みに儂も肉体換装で無限軌道足〇キに対応できるのじゃ!」

「メス堕ち世襲議員戦車……?」


 そしてシゲヒラ議員はなんでノリノリなんだよ。いそいそとメイド服のスカート部を外そうとするんじゃねえ、ここはストリップバーではないぞ。俺のため息を他所に二人はわいわいと語り合う。


「それで旦那様のマグナムを120mm仕様にしようという案もあったんだよ~」

「極太なのじゃ!」

「何で砲塔で性行為する前提なんだよ!」

「? ただのドラゴンカーセッ〇スじゃん~」

「その性癖一般常識なの!?」


 もうやめてくれよ23世紀の新情報を叩きつけてくるの。ただの、という単語の次に出てきちゃダメなんだよ。まあ密林プライムビデオでデスア〇メ宮本武蔵が出てくることを考えればマシではあるんだろうけどさ! 


「……ドラゴン?」


 そう思っていた矢先に、強い違和感が脳裏を走り、思わずつぶやく。そういえばシスタンクは自身の旦那のことを人間と呼んでいない。人間サイズ、と呼んでいた。そしてドラゴンカーセッ〇スは、竜と車が無ければ成り立たない。そして俺は、自分以外に竜の名を冠する存在を、つい最近聞いたばかりだ。


「うん、その話をおにいちゃんとするためにここに来たんだ。だって、『竜』に対抗できるのは『龍』だけだと思ったから」

「……本当に『不死計画』と繋がっているのか」

「戦車と旦那様は、『不死計画』を流用して製造されたから。とはいっても原型は戦争より前にあったんだよ。『不死計画』の技術を流用して旦那様は完全な状態になったってわけ」


 そして『不死計画』の実験だからおにいちゃんのことを知ってるってわけ、と呟きながらシスタンクは、マフラーから静かに排ガスを吐き出す。そして続く言葉でようやく多くの物事が一つに繋がるのであった。


「旦那様の名前は『鉄菌竜樹』。かつてダークワカヤマ海岸で使用された兵器の同種。聞いたことあるでしょ?」

「……マジかよ。見た目は?」

「黒いフルアーマー。今は、だけど~」

「居酒屋を襲撃してきたあいつか!」

「そして、お兄ちゃんの弟でもあるよ。とはいってもレターパックとも戦車ともちょっと違うけど」


 その言葉を聞いて、俺はようやく理解する。まったくもって厄介な案件であった。昔のトラブルは引きずるものというが、ここまでである必要はないだろうに。


 シスタンクは乗組員搭乗用のハッチを開く。そこには見覚えのある菌糸が戦車内部に張り巡らされていた。そう、AIに命が宿るはずがない。コピーペーストできない概念だからこそ自らの主観の消失を恐れる。感情が湧きだす。生命だからこそ同じ生命の恐怖に共感できる。


 俺は、この戦車のことをてっきりリムジンのようなAIが進化しただけだと思っていた。だが違う、シスタンクは『不死計画』の産物、そしてレターパックを開発したサノア博士が生み出したものだ。サノア博士の研究分野とAIは大きく異なる。


 逆だ、機械が知性を持ったのではない。知性を持ったものが機械を取り込んだのだ。すなわち『鉄菌竜樹』の能力とは。


「特殊な菌糸によるアポトーシス機構を応用した機械と生命の強制融合、それが完成された『鉄菌竜樹』の能力だよ。かつてダークワカヤマ海岸に出現した『鉄菌竜樹』は、両軍の様々な特殊殺戮兵器を無差別に吸収して、死を振りまく怪物となったんだ」


 俺の頭の中に、リムジンの言葉が響く。心があるということは、正しい道が分かっていても意のままに進めなくなる。


「旦那様は、ママ、サノア博士の言葉に逆らえない。爆弾とかつけられているわけじゃない、感情が、生みの親の願いを遮ることを許さないの。どれだけ酷い計画を練っていたとしても、その計画は自分のたった一人の親の悲願だから。いけないことだと分かっても、従ってしまう」

「……」

「おにいちゃん、お願いします。ママを止めるのを、手伝ってもらえませんか」

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