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バトルオブホテル!

真面目回その2です。

 ここ、ダークワカヤマ海岸は暗黒街の外ではあるが、23世紀の企業傘下の土地である。加えて、バカンスということで様々な客(特に金持ち)が来る。そのため通常、外敵に対する備えは十分であるはずだ。


 ましてや現在進行形で牙統組と関わりのある企業、平和ボケしているとも考えづらい。では何故ホテルを襲撃することができたのか。ダークワカヤマ社の目をかいくぐり、サノア博士単独でいかなる手段で成し遂げたのか。答えはシンプルだった。


「きゃぁぁぁぁぁ!」

「いいから逃げろ、警備兵が暴走して手が付けられない!」

「なるほどね、警備兵を乗っ取れば追加の兵士はいらないよな……」


 エントランスを抜けると天井高くそびえるシャンデリア、昔ながらの大理石の美しい床が迎える。あちらこちらに置かれる彫刻や小さな噴水、植物は俺が昔訪れたことのある高級ホテルそのものであった。ただし23世紀、至る所にホログラムで表示された案内板があったり螺旋状に幾重にも絡まり合ったエレベーターには威圧感をも覚える。人々はここで日々の疲れを癒し、楽しんでいた。


 だがそんな空間は今、悲鳴に飲み込まれていた。


 客は流れ弾で出血し、右往左往しながらひたすら出口を求めて逃げ出す。とはいっても荒事に慣れているボディーガードや兵士の経験がある者たちは冷静に射線を切ってホテルの出口を目指している。そんな中で俺は流れに逆流しながらアヤメちゃんの方を目指す。


「通話はつながるか?」

「無理じゃ、ジャミングが張られているのじゃ」

「了解、なら俺はアヤメちゃんのいる18階を目指す。シゲヒラ議員は避難者の手伝い! あとパニックになってる奴はお前の話術で何とかしろ!」

「了解なのじゃ!」


 シゲヒラ議員と別れ俺はエントランスの奥に向かって駆け出す。そして俺の前に立ちふさがったのは、虚ろな目をしたダークワカヤマ社の警備兵たちだった。血を流してはいるが動きに淀みはない。そして何より特徴的なのは、服の下から見える白い菌糸だった。すなわち、プランAの産物。名前は……仮に『レターパック』とでもしておくとしよう。


 警備兵たちは20代の、多少身体改造こそしているが(暗黒街基準では)あまり戦闘慣れをしていない見た目をしている。銃は制圧用の貫通弾を装填したアサルトライフル、体を覆うのは一般的な防弾ボディーアーマーである。警備兵たちは無防備に近づく俺を視認して、虚ろな表情で俺に銃を向ける。


「そこの男、危ないぞ!」

「あ、お気になさらず」


 逃げ出す客のうち一人が俺に警告するが、気にせず足を進める。警備兵たちは貫通弾を発射し、硝煙の匂いと共に俺の体を貫く。命中個所は脳、足、腕、腹。


「結構正確だな。ゾンビみたいな奴イメージだったけど精度も速度も相当か」

「脳を撃たれて死なないマスターが一番ゾンビなのじゃ……」


 声が聞こえていたのか、離れた場所で避難誘導をしているシゲヒラ議員がぼそっとぼやいているが、何を言う。そもそも貫通弾は貫通力を高めた結果肉体を容易く貫通し、衝撃が体にあまり伝わらない。故に破壊部位が限られているから気軽に再生できるんだよ。逆にアルファアサルトの銃弾とか結構再生面倒だったんだよな。流石だぜあいつら。


「ほいよっと」

「Gluuu!」


 弾切れの隙を狙ってダークワカヤマ社の警備兵を蹴とばす。だが顔面から血が噴き出てもなおその動きはとまらない。血走る目の隙間や歯の間には無数に菌糸が走り、そしてそれらは胸元に集まっていた。警備兵のボディーアーマー胸元にある隙間、そこにあったのは薄い小包。ただしその小包は開いており、無数の菌糸がそこから伸びている。そして内部には、生理的嫌悪感のある赤いぬめり気のある何かがあった。恐らくはこれが菌糸制御用の人工脳なのだろう。


「筋肉の外部制御、ね!」


 銃弾が切れた警備兵たちは拳を握りしめてとびかかってくる。迫りくる警備兵たちを同じく蹴飛ばしながら俺はため息をついた。なるほどこれは厄介だ。ダークワカヤマ社の警備兵たちは、薬物使用をしていない(はず)にもかかわらず、リミッターの外れた身体能力を発揮している。


 しかもその動きは素人の物ではなく、側面から腕を当てて俺の打撃の軌道を逸らそうとすらしてくる。レターパックの内部に取り付けられた疑似脳によるものか、それとも警備兵たちの元々保有するスキルなのか。……恐らくは両方なのだろう。とりあえず弱者の技(格闘術)を使ってくる警備兵を力で無理やりなぎ倒しながら俺は前進を続けた。そして周囲に妙なものを発見する。


 警備兵が倒れこんでいた。レターパック付きにもかかわらず俺を攻撃する様子はなく、頭に無数の菌糸が入り込んで外から見てわかるレベルでうごめいていた。恐らく、過度な身体改造のせいで外部からの肉体制御を受け付けずエラーを起こしてしまったのだろう。


「逆に言えば、レターパックを引きがしてしまえば……!」


 俺は足元に転がる警備兵のレターパックを掴み、引きはがす。肉がつぶれる音と共に小包が菌糸ごと取り外される。すると警備兵は抵抗の動きを止め、一瞬目が正気になったかと思うとふっと気絶する。一瞬大丈夫か、と思ったが胸が上下しているのを見て俺はほっとする。どんな状況でも回復するかはさておきとして、短時間であれば引きはがしさえすれば何とかなるらしい。


 エントランスをひとまず制圧した俺は上を目指す。待っていてくれよ、アヤメちゃん……! 




 ◇◇◇◇




「す、すまない……助かった……」

「そのまま安静にしてろ、さっきまで操られていたんだ。どんな後遺症が残っているか分からんからな」

「あ、ありがとう……」


 階段を登りながら俺は次々と迫りくる警備兵たちを(物理的に)ちぎっては投げを繰り返す。向こうの攻撃は俺に致命傷を与えられない、そして俺はレターパックを引きはがしさえすればよい。となればあとは流れ作業だった。


 17階への階段に足をかけながら俺は思う。


「こいつら、思考の誘導性はそこまで強くないな……」


 というのも、警備兵たちと戦う前の時点で、彼らには怪我があった。すなわち、貫通弾の。恐らくレターパックに操られた警備兵に発砲→反撃、が繰り返された結果がこの騒動なのだろう。恐らくレターパックに刻まれた思考は、菌糸で操られていない者への攻撃のみ。思ってみれば警備兵たちは銃の扱いはともかく、客が逃げても執拗に襲撃することはせず、あくまで機械的に敵性生命体の可能性がある存在を射撃していただけのようであった。


 そしてもう一つ。


「事件が起きたのはホテルの南東側だけ、か」


 逃げ出した客の数が想像より少ない。恐らく他の地区は防衛を固めているのだろう。事実、サノア博士としても俺への人質を取るためだけなら、アヤメちゃんがいない区域への攻撃はあまり意味を成さない。逆に言えば、アヤメちゃんのいる付近には大量にレターパックが送り込まれている可能性がある。


 そしてついに俺は18階に到達する。そこにいたのは、倒れる数多の警備兵たちとアヤメちゃん、そして菌糸に取り込まれたドエムアサルトだった。


「なーにーがーデスア〇メですか! 変な思考を脳に送ってくるんじゃないです、この私の思想性の強さで菌糸を調教してやります、まずはドエムレッスンNo.231!」

「あいつは大丈夫そうだな」

「おじ様!」


 変な叫びをあげている変態ドエムアサルトは置いておくとする。多分あいつ滅茶苦茶身体改造してるから菌糸が全然効果を発揮できないんだろうな。あとドエムデスア〇メ菌とか絶対見たくない、悪魔合体をするのだけはやめてくれ。


 とにかくまずは近寄ってきたアヤメちゃんを抱きとめ……はせずに肩をぽんと叩く。感動の再会を演出するべく両手を広げ唇を差し出すアヤメちゃんを放置し、状況を聞き出すことにした。


「どんな状況だ?」

「漁船捜索の結果報告をまとめていたところ、急に菌糸に覆われた警備兵たちに襲い掛かられまして。あの子が軒並み倒してくれたのですが、最後に小包を投げられて、ああなってしまいました」

「死は快楽じゃないですよ! その一歩手前でいたぶられることこそが真の喜びなのです! おい、逃げようとするな菌糸ども!」

「……ああなっちゃったのかぁ……」


 流石は元アルファアサルト隊長、戦闘能力だけは十分なようだった。とはいっても一時的に無力化されてはいる。もし俺がこっちに向かわなかったら、『万一』がありえたということだ。


「やりやがったなサノア博士……」


 あの女は本気で俺を攻撃しているという訳だ。逆に言えば、俺と完全に敵対しても対処可能な『何か』を持っているからであるともいえる。そしてそれは人質ではなく、恐らくあの菌糸を持っていた護衛だ。


 舐められたものだぜ。そう内心で怒りを燃やしていると、通路の向かいからのっそのっそと巨大な何かが現れる。8本の足を生やし、獰猛な牙を見せつけ、12丁の銃を同時に構えるその姿は怪物と呼ぶにふさわしい。ただそれらの肉体すべては人間や犬といった見覚えのある物質をつぎはぎしたような形をしており、全身には菌糸を生やしている。


 つまり、様々な生命を取り込んだ即席のキメラである。それでいながら武器の扱いや肉体の制御に淀みはない。


「おじ様、あれは!」

「ああ、あれが本来のレターパックとやらの効果なんだろうな。内部の制御だけではなく、外部のありとあらゆるものを取り込むこともできる。まったくとんでもない化け物だぜ」

「おじ様が言いますか……?」


 だがその化け物はなぜか俺たちではなく別の通路の先を見ている。そして12丁の銃を構え、化け物はその男に向かって引き金を引いた。


 通常であれば鳴り響くのは金属が砕け肉が千切れる音、何より悲鳴。だが今日だけは様子が違った。


「切断音……?」


 きぃん、という小さな金属音が幾重にも重なる。化け物は焦った様子で交代するが、それより早く二本の刀を持った影が前進する。


 その男は老人であった。すでに60は超えているだろう。ぴっちりとした黒いスウェットスーツの上に襤褸切れのごとき古い和服を羽織っている。老人は信じられない速度で前進し、12丁の銃から放たれる全ての弾丸を一息に切り伏せ、そのまま化け物をいともたやすく両断する。


 廊下に血が溢れる。その中心に佇む老人の名前を俺は知っている。そして老人も俺の名を知っているようであった。老人はこちらを見つめて目を見開いた。


「デスア〇メ宮本武蔵……?」

「『龍』……?」

「そうです、マゾの心意気を魂に刻むのです!」


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の、ノンフィクションドキュメンタリー… 実在しておったのか…
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