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こんな『不死計画』は嫌だ!

『不死計画』。それはかつて暗黒街で行われた不死を求める禁忌の研究。数多の人間を実験材料として消費し、最後には俺をも生んでしまった恐るべきものである。


『不死計画』関係者を名乗るふたなり与謝野晶子は酷薄な笑みを浮かべながら躊躇いなくカウンターに座る。俺は『不死計画』の研究所でこの女を見かけた覚えはない。だがこの雰囲気には覚えがあるし、何より俺を知っているのがその証拠とも言ってもよかった。


 ふたなり与謝野晶子は黒髪に和服の、60歳くらいの老女であった。和服の下には白衣が覗いている。かつては美人だったのだろうが、加齢には勝てないらしく、顔には深いしわが刻まれていた。俺はふたなり与謝野晶子に向かって吐き捨てる。


「『不死計画』の研究者がこんなところで何をやってる。番組を見たぞ、俳優業でも始めたのか?」


 これは一番の疑問だった。この与謝野晶子を見たのは連続ドキュメンタリー『デスア〇メ宮本武蔵』という番組である。その際は番組の登場人物でしかない、と思っていたのだが、今目の前で彼女は『不死計画』関係者を名乗っている。この二つの情報が全く俺の頭の中で繋がらないのだ。


 一方ふたなり与謝野晶子は何食わぬ顔で返答する。


「俳優業はやってないけど、実はデスア〇メ美容外科を始めたわ。サノア↑クリニック、ってね」

「高〇クリニックみたいに言うのをやめろ!」


 取り敢えずデスア〇メつけたら許されると思うんじゃねえ、いい加減ワンパターンすぎるんだよ。この章まだ1/3くらいなのにデスア〇メ計測器がオーバーフローしそうなんだが。俺が叫ぶと、意外にもふたなり与謝野晶子はため息を吐いた。


「番組の件は想定外よ。『統合構想』は静かに進めてたと思ってたのだけど、まさか撮られた挙句番組に使われるなんてね。おかげでダークワカヤマ社での立場が少し面倒なことになったわ」

「あの番組の内容ガチだったのかよ。というか誰が撮ったんだよそんな映像!」

「リーゼントとかいう、最近『未来流刑』から解放された記者ね」

「モヒカンの亜種なら仕方ないか……」


 そういえばあの番組、ドキュメンタリーって言ってたもんな。確かにそうなると実在の映像を流しているのは凄く納得である。とりあえずモヒカンの亜種が何体いるかだけは、今度アヤメちゃんに聞いておこう。希少種や特殊個体とかもいるかもしれないからな。


 まあそれはさておくとして。俺はこっそり後ろを覗き、シゲヒラ議員がショットガンと会計端末を持ち脱出可能な状況であることを確認し、下がっておくように指示する。俺たちはこいつの動きに神経を尖らせなければならない。何故なら、こんな化け物が来店するのは必ず理由がある。


「お前みたいな厄介な奴が開店初日から来るなんて勘弁してほしいんだが。こういう黒幕襲来イベントは、3万字分くらいビーチで遊んだり地域の人と交流イベントをこなしてから起きるもんだろうが。ビーチに来た感全くないじゃねえか」

「あら、タイムリミットを設けられたのはこちらなのだけれど。プランBの完成体、現時点の最強にして真の不死身が調べに来た以上、私たちが行動を起こすのは今日までに絞られてしまったのだから」


 ふたなり与謝野晶子の言葉に少し納得する。何故急に開店初日からこんな奴が来たのか。逆なのだ。俺が来てしまったから『統合構想』とやらを進めざるを得なくなった。その一環として、この店にこいつは来たのだ。


 余裕そうに微笑むふたなり与謝野晶子相手に、状況を整理する。


「まずお前は『不死計画』崩壊後、紆余曲折あってダークワカヤマ社に雇われた。次に、『統合構想』とやらを極秘裏に始めたがその際にデスア〇メ宮本武蔵と戦う事態に陥り、それが撮影されてしまった。そしてダークワカヤマ社から脱走、今に至る、というわけか。そして漁船の消失に、『統合構想』とやらが関わっていると」

「概ね正解ね」

「じゃあ漁船返せよ」

「それはできないわ。人質の価値があるのものを無暗に手放す馬鹿はいないわ」


 途中で胡乱な宮本武蔵が出現するのはさておき、話の筋としては概ね理解できる。『不死計画』参画者は皆揃ってマッドサイエンティスト。ダークワカヤマ社内部でおとなしく余生を過ごせるわけもない。観覧船で、ノウミが「そういえば、ここしばらくの間ふたなり与謝野晶子博士がレターパック持って失踪したって噂を聞きましたね」などと戯言を言っていたのはつまり、ダークワカヤマ社での立場が危うくなり逃走したということなのだろう。


 俺の推理に、ふたなり与謝野晶子は当然と言わんばかりに頷く。そして逆に俺に聞き返してきた。


「なら、私の『統合構想』の内容にも当たりは付いているわよね」

「知らん……何それ……」

「その様子だと私の本名も知らない感じかしら。この辺りだと有名だと思ったのだけれど」


 ふたなり与謝野晶子の統合計画。さっぱり訳が分からない。しいて言うなら男と女を融合させるとかだろうか。だからといって何の意味があるのか。ダークワカヤマ社を離れてまで行う行動とは思えない。単為生殖でもするのだろうか。それに、この辺りだと有名ってどういうことだよ。その答えは、極めてシンプルかつ聞き覚えのあるものだった。


「私がサノア博士よ」

「……チ〇ポ擬人化コンテスト!? ってか与謝野晶子ってそういうことかよ!」

「よさのあきこ、私の本名のサノアが入ってる、という理由でニックネームとしてよく呼ばれていた名前ね。長生きしていると様々な名を持つものよ」


 ランバーとの会話が思い出される。戦後、下半身麻痺や手足が欠損した人たちを救えないか、ということで始まったプロジェクト。サノア博士の名前はその時にサノア菌鉄式増殖法を開発した人物として語られていた。確か外部脳と培養筋肉を特殊な菌を介して制御する、というものだったか。だが、そうなると一つ疑問が残る。


「でも、サノア博士は相当昔の人間のはずじゃ」

「ええ。だから、こうしてるの。欲情しないでよ、私既婚だから」

「……『不死計画』」


 べりり、とサノア博士は自分の顔に爪を立てる。皮膚に爪が食い込んだかと思うと、まるで脱皮かのごとく皮が綺麗に捲れていく。そして、皮の下からは30代後半程度の美しい女性の顔が出てきた。


 老女ふたなり与謝野晶子が、アラフォーふたなり与謝野晶子に変身するのを見て背後から息を呑む声が聞こえる。彼女の姿は、間違いなく俺を除き最も不老と呼ぶに相応しい姿だった。


 皮膚の若返りについては、古くから研究されている。手術をすれば顔の表面の皮膚を削り取り、その上に培養した新しい皮膚を乗せることで、一気に若返ることも可能だ。ただしそれは一時的で、すぐに再び老化してしまうのだけど。


 だが彼女のそれは明らかに既存のものと異なっていた。剥がれた皮膚は、顔だけではなく首から下にもつながっている。恐らく全身至る所を、手術なしに容易く若返らせることのできる技術。剥いだ皮を地面に捨てながら、人妻アラフォーふたなり与謝野晶子はニヤリと笑う。


「ええ。とはいってもこれは『不死計画』に収束する前の研究なのだけれど。そして、私が担当したプランAの原型よ。あなた、アポトーシス、ってわかるかしら」

「生物の本で読んだ気がするな……」


 この話を続けていいのか、と俺の直感が警報を鳴らし始める。だがここでこいつを無視して情報を得られないまま漁船捜索するのも、それはそれで厳しい。俺は自分の直感を無視し、サノア博士に続きを促す。


「簡単に言えば、その生命体をより良い状態にするために、自ら細胞を殺す機能のことよ、例えばオタマジャクシがカエルになる際、尻尾がなくなるわよね。あれもアポトーシスと呼ばれる機構によって、意図的に殺してるわけ」

「分かるような分からないような」

「そしてもう一つ、老化の原因の一つである老化細胞は知っているわよね」

「それは聞いたことあるな。確か寿命が近い細胞が誤動作? により排出されたり食べられたりせず残ってしまった結果、老化細胞が蓄積して諸々を引き起こす的な奴か」


 急に生物学の授業が始まってしまったので、記憶の片隅から情報を引きずり出す。昔生物とかそのあたりの本で読んだ気もしなくもないが、もうかれこれ20年近く前の話なのでもう記憶がないんだよな。幸いにも老化細胞についての情報は正解だったらしく、サノア博士は満足そうに頷く。


 しかしこんなややこしい話を急に始めて何になるのか。昨日までパチカスミドリガメの話をしていたのに。そんな思いは、次の説明で吹き飛ばされた。


「その通り。ここからの説明は大分詳細や前提を省くから、誤解を招くかもしれないけど。ここで重要なのは、私たち多細胞生物は自ら自身の細胞を殺す選択ができる、ということ。そして人体は100年程度の耐用年数しかなく、老化細胞の蓄積を待つだけの欠陥構成。だけれど、20年サイクルでアポトーシスを設定しなおし、細胞の寿命が近くなる前にアポトーシスを引き起こすことで誤動作、すなわち老化細胞の発生と蓄積を防ぐ。過剰に減ってしまう細胞数は培養細胞の注入で補う。そしてアポトーシス制御のために、私が採用したのは快楽だった。死という生に反する行為に走らせるための動力源」

「……マジか」


 信じられないくらいそれに該当する言葉に聞き覚えがある。嘘だろ、と戦慄く俺にサノア博士は静かに頷いた。


「デスア〇メよ。外部から快楽を司る神経を色々弄って、アポトーシス発生を無理やり誘発。こうやって、老化細胞を皮として排出することで老化細胞の蓄積を防ぎ、不老化を実現したというわけ」

「それをするだけなら上手くやれば薬剤でもできそうだし、そもそもその方式だと不老だろ。不老不死を目指した『不死計画』とは異なるぞ」

「だから菌、よ」

「……菌による細胞の外部制御」


 そしてようやく話がきちんと繋がった。サノア菌鉄式増殖法。『不死計画』に参加するようなマッドサイエンティストが慈善事業を行う訳もなく。つまりこのための準備だったというわけである。サノア博士の首元は、剥けた皮と、その隙間に小さい白い根のようなものが生えていた。すなわち、菌糸。


「初めは不老化を目的としたアポトーシス制御が目的だったわ。しかし、不死という目的が追加された今ではアポトーシス制御だけでは駄目。少なくとも、ライフルによる暗殺くらいは耐えられないといけない。あなたは不死身の肉体で解決したけれど、私の方式は異なる」

「……菌による、培養筋肉との連携を応用するのか」

「万能になる方法は2つ。一つは、あなたのように全てを身に詰め込むこと。そしてもう一つは、外部から必要なものを取り込むこと。私にとってはその方がなじみ深かったわ。機械の義手をつけたり、そんなノリで色んなものを付け加えていけばいいだけなのだから」


 すなわちこれこそが『不死計画』プランA。俺が唸っている後ろで、シゲヒラ議員が急に声を上げた。


「マ、マスター!」

「どうしたシゲヒラ議員」

「ホテルを見るのじゃ!」

「どうした……!?」


 あわてて窓からホテルの方を覗く。そこには、思いもよらない光景が広がっていた。


 ダークワカヤマ社が経営する高級ホテルから、火の手が上がっていた。窓から煙が出てきて、割れたガラスや機器が次々に落下していく。内部からは銃声と悲鳴が聞こえ、時たま爆薬の光が内部を照らす。俺は慌ててサノア博士を見返すと、彼女はいつも通りの、酷薄な笑みを浮かべていた。


 何故サノア博士がわざわざ説明をし続けたのか。


「ホテルから気を逸らすため……!」

「勿論。『龍』相手に逃げるなら、人質をきちんと用意しないと。確かあそこには、一緒に来られた女性がいるわよね」

「だから何だ!」

「彼女にも、レターパックを送っておいたわ。昔は小包で海に投げ込んでいたのだけれど、やはり包んで運び屋に任せるのが一番安心ね」


 ノウミが言っていたことを思い出す。レターパックを運ぶバイト。そして小包と言えば、ウミガメのスープの時の、菌の話で出ていた奴だ……! 


「さて、あらためて名乗らせていただきます。プランA再始動を担当しますのはこの私サノア、投下するのは私の開発したとある源菌。『統合構想』第一フェーズをこれより開始致しましょう」

「レターパックで源菌送れは全て詐欺……!」


 礼儀正しくお辞儀するサノア博士に向かって、俺はカウンターを飛び越え突撃する。所詮こいつはただの研究者。俺と戦えば数秒も持たない。アヤメちゃんを助ける前に、一瞬でこいつをひっ捕らえる……! 


 だが、俺とサノア博士との間に割り込む影があった。


「Gruuuuu……」

「なんだこいつっ!」


 全身を黒いフルアーマーで覆った男だった。身長は200cmを超えているくらいだろうか。がっしりした体つきであるが、驚愕するのはそこではない。


 俺の打撃が、受け止められた。アルファアサルトでも一撃食らえばノックアウトする攻撃を、フルアーマーの男は片手で受け止める。その握力は強く、じりじりと俺の手が歪んでいき、手袋との摩擦で皮膚が剝がれていくのを感じる。


 咄嗟に筋力を大幅増強し、無理やりその手を振り払う。同時に手元にあった包丁をフルアーマーの男に向けて投擲する。銃弾のごとき速度で放たれたナイフはあっさりとフルアーマーの男の体を貫通し、しかし彼は痛みを感じた様子もない。


 そして穴の開いた部分から、菌糸が見えていた。


 そして理解する。こいつを倒すには、一筋縄ではいかないと。ちらりと背後を見ると、相も変わらずダークワカヤマ社のホテルは悲惨な事態になっている。アヤメちゃんであれば無事なはずだが、『不死計画』が相手ともなればそれも怪しくなってくる。俺は優先順位を考え、舌打ちした。


「ち、覚えてろ……!」


 サノア博士の研究は分かった。だが彼女の勧める『統合構想』とは何か、何のために漁船を襲ったのか、目の前のフルアーマー男が何者なのか。謎は増えるばかり。しかしまずは何より、彼女たちを助けることが最優先だ。


 後ろで隠れていたシゲヒラ議員を抱え、俺は居酒屋を出てホテルに向かって駆け出す。無事でいてくれよアヤメちゃん……! 







 ◇◇◇◇






「このまま戦えば負けていたわ。人質を取っておいて正解ね」

「Gruuuu……」

「まったく、ダークワカヤマ社と決別したせいで、兵士もいなくて基本私たち自ら動く必要があるなんて」


『龍』のいない居酒屋で、サノア博士とフルアーマーの男は胸をなで下ろす。フルアーマーの男は外観だけでは分からないが、腕の動きがぎこちない。『龍』の一撃を受け止めた際、損傷が出たのを無理やり誤魔化していたのだ。


「単純スペックだけで天地ほどの差がある。しかもあの状態では全力の1割すら出していない。だから私たちは、もっと力を取り込む必要があるわ。そのために漁船を襲ってまで時間稼ぎをし、わざわざこんな場所まで出向いたのだから。さあ、本来の目的を果たしましょう」


 サノア博士は居酒屋を歩き、足元に落ちている黒い髪の毛を拾う。それは長さからして、明らかに『龍』の物であった。サノア博士は拡大鏡でその端に皮膚らしきものが付着していることを確認し頷く。そしてフルアーマーの男の手に残った皮膚を、試験管にピンセットで入れる。サノア博士は、フルアーマーの男に向かって妖艶に微笑むのであった。


「『龍』の二種の組織が揃い、培養可能になったわ。これで戦闘力補填の目途はついた、レターパックで時間稼ぎをしている内に、細胞の取り込みを進めるわよ。大丈夫、プランAの最大のメリットは、菌を介することでありとあらゆるものを外付けできることなのだから」

「Gruuuu!」

「──『龍』を超える生命体、今こそ生み出して見せるわ」


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