真っ当な客
点と点が線で繋がる回です。
俺たちがダークワカヤマ海岸に来てから1日が経過した。早速俺たちは居酒屋『郷』ダークワカヤマ海岸支店を開店し、客を待ち構えたわけだが。
「想定通り客が来ない……」
俺はカウンターで項垂れる。時刻は夜8時、本来であれば客で賑わう時間帯のはずなのだが、残念ながら居酒屋『郷』には誰一人いない。それには理由があった。
「まあホテルが強すぎるし、仕方がないのじゃ」
そう、ここダークワカヤマ海岸にはダークワカヤマ社が管理する巨大なホテルがある。俺たちが泊まっているホテルでもあるのだが、ここのディナーがあまりにも強すぎるのだ。バイキング形式で世界中の様々な食べ物を、海を眺めながら食べられる特殊仕様。俺たちは漁船捜索という目的もあるのでホテルは寝床としてしか使えていないのだが、正直勝てる気がしない。
シゲヒラ議員もやることがないから、椅子に座ってぷらぷらと足を揺らす。その格好で足を揺らすのは止めてほしい、と思ってしまうのだけれど、というのもシゲヒラ議員の今の格好はいつもと違っていた。制服を更に切り詰め、夏仕様にするべく露出を大幅に増やしている。半袖かつ横乳が見えているだけならまだしも、スカートが短すぎて普通に中身が見えてしまうのだ。メス堕ち世襲議員のパンツ視認は普通にSAN値チェック案件なのでやめてほしい所である。
「店の経営に必要なのは立地と需要調査なんていうけど。立地はいいが需要という意味ではボロボロなんだよな」
「観光客は変にケチらず美味しいものをホテルで食べたいじゃろうし、わざわざこんな小さな居酒屋に入る者は、変り者か訳アリ客しかありえないのじゃ」
「嫌だなぁ……」
まあだからこそモヒカン捕獲確率は非常に高いんだけど。あいつ金ないから飲むとしたらこういう店しか選択肢に無いだろうし。それにここはホテルより海に近いので、異常があればすぐに分かる。実際、居酒屋の屋根には高倍率のカメラが取り付けられている。このカメラには熱感知や音響測定など様々な機能が想定されており、船を襲う何かがいた場合、確実に記録できるような仕組みになっていた。
「別にいいのではないのじゃ? そもそもこれはモヒカン捕獲の罠兼マスターがここに居座る言い訳作りであって、別に売り上げを上げることではないじゃろ?」
なのでシゲヒラ議員の言葉はあながち間違っていない。そう、別に売り上げを上げる必要などないのだ。だが。
「何か売れていないのを見ると腹立ってくるんだよ……!」
「なるほどなのじゃ……」
「せっかく暗黒街の外に出たわけだし、もっと色々満喫したいのにどうして客のない店の店主をせねばならぬのだ……」
「マスター、目的と手段が逆転してるのじゃ」
そんな話をしながら俺たちは店の中でまったりと客を待つ。まあ開店一日目だし、今日はダメか。そろそろ閉めてホテルでごろごろしよう。そう思っていたところ、一人の銀髪の女性が暖簾をくぐった。
その顔に俺たちは見覚えがあった。
「あれ、君って」
「昨日の観覧船のお客さんですか!?」
そこにいたのは昨日俺たちにパチカスミドリガメを紹介しやがったダークワカヤマ社の女社員だった。ただし今はオフらしく、青い短パンに白いシャツ、そしてサングラスとラフな出で立ちであった。年齢はまだ20くらいだろうか。体は運動をしているのかかなり引き締まっており、背中には大きなカバンを持っている。
しかしなぜ彼女のような人間が来るのか。社員なら金があるし、こんな場所に来ずともホテルにでも行けばいいんじゃなかろうか。そう思っていると、彼女の方から回答があった。
「ノウミと言います! 実はあたし、記憶喪失なんです!」
「訳アリタイプだったか……」
「9月より前の記憶が無くて、戸籍も過去の履歴もない。ってなわけでダークワカヤマ社に就職して全力労働中! お金もないので節約してる感じです!」
「ダークワカヤマ社が、戸籍も何もない者を雇用することなんてあるのじゃ……?」
シゲヒラ議員は首をかしげているが、それはさておき経緯は納得である。碌に金がない人間が遊ぶとなれば規模は限られてくる。ならこの店にたどり着くこともあるだろう。
「しかし記憶喪失?だというのに元気だな」
「はい! 元気だけが取り柄です!」
「因みに経緯とかはどうなのじゃ?」
「気づけば海に打ち上げられてました! 色々調べてもらったのですが何も記録が無かったんです!」
ノウミは初対面の俺たちに対しても朗らかにそう返す。自身の境遇を本当に何とも思っていないのだろう。というか、シンプルに生来の楽天家らしい。彼女は笑いながらカウンターの席に座った。
「それに楽しみじゃないですか! 自分が本当はどんな人間だったか知るのか! 記憶が戻ってくるとき、それはきっと玉手箱を開けた時みたいな気持ちになれるはずですから!」
「その理屈だと一気に年を取る気がするけどな」
「……ダークワカヤマ社の入社基準は厳しいはずなのじゃが……」
まあ本人が気にしてないならこちらからどうこう言うことではないだろう。とりあえずメニュー表を彼女に提示する。ノウミはメニューをしげしげと眺め、「さ、刺身……?」など何度も眉をひそめた後、結局合成酒とケミカルバー、それに焼き鳥を注文した。まったくこれだから23世紀キッズは。刺身の良さをきちんと理解しろ。というか海辺の人間なら刺身行けるべきじゃないのか。刺身差別主義者め。
そう思いながらノウミを見て、少し違和感を覚える。……違和感って何だ、別にこの辺りで働く普通の人じゃないか。考えを巡らせていると、ようやく合点がいった。
「そうか、暗黒街のアホどもと違って銃を持っていないんだ」
暗黒街の奴らは当然のように武器を持ち込む。例えばドエムアサルトはしれっと太ももに光学迷彩で偽装した拳銃を装備していたりするし、ランバーは当然のように義手にロケットランチャーを仕込んでいる。他の客も似たようなもので、武器を持たない平和な人間は俺くらいのものだ。
そういえばここは暗黒街の外側だった。居酒屋の準備にかまけていて、まだ海を満喫してはいないが。犯罪が横行するあの街とは違い、この辺りは一定の秩序がある。債務者がダース単位で販売されているようなクソ空間とは全く異なるのだ。
俺がうんうんと一人頷いていると、ノウミは目を輝かせる。
「え、店主さんは暗黒街出身なんですか!?」
「まあ暗黒街から来てはいるが……そんなに気になるものか?」
シゲヒラ議員が合成酒を運んでくれているのを横目に、俺は首を傾げる。暗黒街なんて犯罪者まみれの空間のどこに目を輝かせる要素があるのか。むしろダークワカヤマ海岸で働く方に俺は憧れてしまうんだが。ノウミはシゲヒラ議員が持ってきた酒を景気よく呷った後、少し体を前のめりにさせる。
「あたし、そういうアブナイ感じなの好きなんです。格闘技だったり銃器の扱いを自費で勉強してるくらいには!」
ノウミの気持ちも少し分かる気がする。俺も小さい頃はヤクザ映画を見て怖いけど格好いいなんて思ってた記憶あるしな。でも今となっては何にも思わないけど。だってあいつら俺が銃弾を受けても無傷なだけで顔を恐怖で歪めるんだぜ。別にいいだろ、対戦車弾くらい無効化したって。
とはいってもそれは俺の感想で、今のノウミからすれば未知の世界ということで、実に魅力的らしかった。
「あっさり殺したり殺されたりする世界って凄いなって思って! あたし、最近ハマり過ぎて副業として闇バイトに手を出し始めましたから!」
「何だよ闇バイトって!」
「深海に潜って暗闇の中から過去の兵器を掘り出すという」
「あ、物理的に闇バイトなんだ」
「あとはレターパックでげんきんを送る仕事とか……」
「レターパックで現金送れは全て詐欺!」
◇◇◇◇
それから2時間ほど、ノウミは信じられないほどの元気さでしゃべり倒した。満足して帰っていったノウミを尻目に、俺はシゲヒラ議員と目を合わせて頷く。
「普通だ……」
「真っ当じゃった……」
暗黒街に慣れ過ぎていた。店内に入って開口一番チ〇ポ擬人化コンテストの話を始めたり全裸四つん這いでワンと鳴く変態は全国共通の景色などではなかったのだ。あれは暗黒街の片隅にだけ出現する異常。間違っても普通の地域で起こることではないのだ。
朱に交われば赤くなる。その言葉の意味を改めて実感し体を震わせる。あの異常者達に馴染んじゃだめだ、俺は真っ当であるべきなんだ……!
そう決意しながら、俺たちは閉店準備を始めようとする。夜も遅くなり、もう客もこないだろう。
「明日からもこんな感じだといいのじゃ」
「真っ当な客と普通な会話をして、普通に料理を提供する。そうだよな、これこそが居酒屋のあるべき姿だよな」
そう言いながら暖簾を片付けようとした時だった。遠慮の欠片もなく、一人の女がずかずかと店に入ってくる。年齢は60程度だろうか。短髪の黒髪に紺の和服を着た老女は、俺を見て薄い笑みを浮かべた。俺はその表情に見覚えがある。人を人と思わない、かつてあの研究所で見かけた人々の顔。そして何より、番組で見覚えがあった。
「『不死計画』以来ね、デスア〇メ・サイバードラゴン」
「ふたなり与謝野晶子……!?」
事態が、動き出そうとしていた。




