ウミガメのスープって知ってる?
「産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープって知っておるのじゃ?」
「お前何言ってんだ!?」
ダークワカヤマ海岸に到着した日の夕方。観覧船での観光ツアーを終えた俺とシゲヒラ議員は海岸にいた。日はほとんど暮れているが、砂浜を照らすライトのおかげで周囲の視界は十分である。というのも、このダークワカヤマ海岸は黒い砂浜、故に光が無いとマジで真っ暗になってしまうらしいのだ。その結果事故が多発し、夜でもライトをつける羽目になっているらしい。まあそんな理由がなくても無暗に物をライトアップするのが23世紀ではあるのだが。
そんな中で、たった数時間のうちに俺たちの経営予定である居酒屋『郷』支店が完成していた。一時しのぎのつくりのためところどころチープな所はあれど、この短期間で製作出来たとは思えないクオリティである。素朴ではあるが温かみのある色調の木目風タイルが張られた壁は、きちんと柱に固定されており押しても動かない。外には赤い暖簾がかかっており、昔ながらの居酒屋そのものであった。ただし広くはしにくかったのか、個室2つにカウンター数席と小さめの造りになっている。まあモヒカンを待ち構えるだけならこれでもよいだろう。折角なら本店の宣伝もしたいんだけどね、
というわけで俺たちは早速明日以降のオープンのために、荷物を運びこんでいた。とはいっても調理器具なんて限られている。居酒屋『郷』本店であれば時間をかけて様々なものを作ることもある。例えばやたらと仕込み時間がかかる角煮とか。あれ、時短できないこともないんだけど俺の腕だと明らかに味が落ちるんだよな……。でも酒のつまみとしてそこそこいける(ケミカルバー未満ではあるが)と23世紀キッズたちには評判なので、手を抜くわけにはいかないし。
だが今回はあくまで支店。モヒカン捕獲のための仮施設。なら提供メニューは絞るべきだろう。そんなわけで限られた設備を俺たちは運び込んでいた。そうやって作業をしている最中、ご機嫌なシゲヒラ議員が俺に声をかけてきたというわけだった。
「産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープってなんだよ! ウミガメのスープは知ってるけどよ!」
シゲヒラ議員の妄言はさておき、ウミガメのスープは昔やったことがある。いわゆる水平思考ゲームと呼ばれる奴で、例えばこんな問題が出る。
男は海が見える店でウミガメのスープを注文した。
男はスープを一口飲んだ後、レストランのシェフを呼び出し、聞いた。
「これは本物のウミガメのスープですか?」
シェフが「その通りです」と答えたのを聞いた男は、家に帰ったのち自殺した。
さて、男はどうして自殺した?
これだけ聞けば本当に意味が分からない。しかしこれに質問を行うことで正体を暴いていくという訳だ。
「ウミガメのスープは本物のウミガメが入っていましたか?」
「YES」
「男が自殺したのはウミガメのスープが毒だったからですか?」
「NO」
「男はかつてウミガメのスープを飲んだことがありますか?」
「NO」
こうやって出題者に質問を続けることで、問題の真相を解き明かすというものだ。一見理不尽ではあるものの、質問を繰り返すうちにその意味が理解できてきて、実に楽しいゲームである。問題は二人以上で遊ぶ必要のあるゲームなのに友達は付属していないことなのだが。欠陥品だろ。
それはそうとシゲヒラ議員の言う産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープとは一体何なんだよ。因みに産卵ア〇メとは産卵時に性的絶頂を感じることで、苗床とは植物が育ちやすい場所が語源だが一部界隈では異種スケベ時に母体とされてしまった人のことを指し……。もうやめよう。解説してるだけで頭がおかしくなってきた。そもそもこの空間、肉体交換メス堕ち看板ドM世襲議員の野郎娘がいる時点で属性過多なのだ。これ以上状況を加速させるんじゃねえ。
シゲヒラ議員は皿を棚の上に並べながら、俺に「何言ってるのじゃ、水平思考ゲームといえば産卵ア〇メ苗床化ウミガメに決まっておるじゃろ」とでも言わんばかりの表情をしている。そんなクイズが代表的であってたまるか。俺は確かめるべく、シゲヒラ議員に問いかけた。
「じゃあクイズを出してみろよ」
「OKなのじゃ!」
一度皿を置いたシゲヒラ議員はこちらに向き直り、人差し指を立てて俺の目を見つめる。え、そんなスピードでOKするってことは、もしかして一般的なクイズなのかこれは。戦慄する俺を他所に、シゲヒラ議員は滔々と語りだした。
「問題なのじゃ。男は海が見える店で産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープを注文した。男はスープを一口飲んだ後、レストランのシェフを呼び出し、聞いた。「これは本物の産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープですか?」シェフが「その通りです」と答えたのを聞いた男は、家に帰ったのち自殺した。さて、どうして自殺したのじゃ?」
「最悪な改変されてる……」
クイズ製作者にマジで謝ってほしい。俺はため息をつきながら、まあそれはそうと問題に対しては少しワクワクしてしまう。一見意味不明な話が筋道立つのが、ウミガメのスープの面白さだ。産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープがどうかは知らないけど。俺は早速質問を繰り出した。
「質問だ。産卵ア〇メ苗床化ウミガメは実在するのか?」
「YESなのじゃ。ダークワカヤマ海岸で喘ぐ姿がよく見られるのじゃ」
「ここウミガメの産卵ア〇メスポットだったんだ……」
最悪な事実が確定してしまい絶望する。そういえば昨日、銀髪の娘が怪生物だらけとか言ってたよな。まあ勝手に産卵ア〇メするだけなら危険性もないし、可愛いものなのかもしれないけどさ。
「男が自殺したのは、飲んだのが産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープだからか?」
「YESなのじゃ」
「そのウミガメのスープは、本当に産卵ア〇メ苗床化ウミガメのものだったのか?」
「YESなのじゃ」
「産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープは毒か?」
「YESなのじゃ」
「その毒のせいで自殺した?」
「YESなのじゃ」
早速いくつか質問していくと、核心に迫るための答えが出てくる。なるほど、男が自殺した理由は産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープで、それは毒だったからと。そうなると一気に答えが絞られてくる。俺は自信満々に答えを口にした。
「男が自殺したのは、産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープの毒で苦しむ前に死にたかったから!」
「NOなのじゃ」
残念である。ちっちっちと指を振るシゲヒラ議員に少し腹を立てながら、もう少し答えを考えてみることにする。
毒のせいで自殺した。……俺はその単語に、思い当たる番組がある。
「男は毒で操られ、デスア〇メに追い込まれた!」
「NOなのじゃ。というか何を言っておるのじゃマスター……?」
「お前に言われたくないぞ!」
急に梯子を外すのはやめてほしい。このビーチにいる常識人は俺くらいだぞ。23世紀キッズどもに常識を疑われたくはないものである。うん、まあ実際のところ23世紀はこっちの方がスタンダードで俺の方がずれてるんだけどさ。認めたくないじゃん、産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープがスタンダードな世の中って。
それはさておき、あっさりと俺は手詰まりになってしまった。毒のせいで死んだのに、毒のせいで死んでいない。この隙間を埋めるストーリーが俺には思い浮かばなかった。
どうじゃ? 、とでも言わんばかりに上目遣いにこちらを見てくるシゲヒラ議員に俺は両手を上げて降参する。シゲヒラ議員はふふん、と笑い答えを言ってくれた。
「正解はかつての戦争時に産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープを飲んだことを理解し、産卵ア〇メ苗床化菌により破滅する未来しかない自身に絶望したから、なのじゃ!」
「んなもん知るか!」
意味が分からない。何だよ産卵ア〇メ苗床化菌とかいう新ワード。水平思考ゲームでこの答えにたどり着くの無理過ぎないか。だが、そう思うのは俺だけらしい。
「教科書に記載されているのじゃ!」
「そんなわけ……え……」
シゲヒラ議員が持つ端末の隅には『中学二年生の日本史教科書 P14656』と表示されている。端末の中心には『産卵ア〇メ苗床化ウミガメの量産成功!』と書かれた記事や、白目を剥いた兵士の写真が写っている。一番上には小包を持った白衣の女性の写真が小さく写っており、何か見覚えがある気がするが思い出せない。デスア〇メ宮本武蔵か何かで見たことある顔な気がするんだけど……。そんな俺の疑問はさておき、シゲヒラ議員は説明を続けてくれる。
「このダークワカヤマ海岸でかつて発生した戦争で問題になったものの一つ、それがPTSDじゃ。魂が無価値でも、命が無意味でも、主観の喪失という恐怖だけは残った。殺人の技術が進歩すればするほど、明日が不確かになり一秒一秒が恐怖に汚染されていく。兵士たちはあっという間に精神に不調をきたし、通常の薬物では対処不能になってそのまま戦場で混沌を生み出したのじゃ」
シゲヒラ議員の話は21世紀でも聞き覚えがある。戦場で戦った兵士がPTSDを多く発症し、物音に過剰に怯え、戦後も恐怖に苛まれる。特に海外では俺がいた時も現在進行形で問題になっていた。確かに死への恐怖は、たかだか200年程度で克服できるようなものではない。
「それを何とかする手法の一つが産卵アクメ苗床化ウミガメのスープじゃった」
「日本語を話してくれないか?」
が、こいつらはよくわからない方法で克服したらしかった。嫌だよ死を克服する方法の一つが産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープって。
「正確に言うとウミガメに寄生する産卵ア〇メ苗床化菌じゃな」
「……ウミガメに危険な何かが寄生してるってことか?」
「簡単に言うと、人間に寄生し脳の一部を破壊する菌じゃ。体内で卵を作り、死と共に海に放たれる。ウミガメに寄生し、そこから人間に寄生。人体の中で生体になり、卵を海に産み落とすというライフサイクルの寄生菌じゃ」
「アリタケみたいな奴か……」
アリタケ。簡単に言うとアリに寄生する……ってこれランバーのチ〇ポ擬人化コンテストの際に説明した気がするな。確かサノア博士の作ったサノア菌鉄式増殖法、がそんな感じだったか。
「寄生した産卵ア〇メ苗床化菌は、自身が生体になるまでの間、苗床である人間が生存できるようアドレナリンや各ホルモンを分泌し、思考、精神および肉体を大幅強化するのじゃ。常時薬物を使っている状態にしてしまうのじゃな。だからこの菌に感染した者は、冷静かつ大胆に立ち回る兵士と化したのじゃ」
「その理屈だと逃げるんじゃないか?」
「逃がさない仕組みも当然あるのじゃ。だから勝って生き残るために、菌の力でPTSDを克服したのじゃ。ただしこれにも弱点があるのじゃ」
「……産卵ア〇メだな」
シゲヒラ議員は静かに頷いた。
「あくまでこの強化は産卵ア〇メ苗床化菌が成長し、産卵するためのもの。じゃから一定期間が立つと、体は過剰な活動で壊れていき、菌の力で自然と海辺に移動するのじゃ。そして体がはじけ飛び、無数の菌が入った卵が海に飛び散るのじゃ」
何とも恐るべき兵器であった。もう少し教科書に記載されていた内容を見ると、寄生できるウミガメの種類を特定することで、拡散を抑えつつ、ウミガメを食べるという名目にすることで体を破壊されていると兵士たちに気づかせない、という目的があったらしい。
実際、この産卵ア〇メ苗床化ウミガメのスープの男のように、いつの間にか体が破壊されていることに後から気づき、絶望して命を絶つ場合も少なくないらしい。しかもこの時、体は産卵ア〇メを求めているのに脳が絶望してるから滅茶苦茶な気持ちになるとのこと。なんでこんなことまで教科書に書いてあるんだよ。しかも産卵ア〇メ苗床化するの、ウミガメじゃなくて人間の方なのかよ。尊厳凌辱にもほどがあるだろ。絶対メロンブッ〇スとかに産卵ア〇メ苗床化尊厳凌辱同人本売ってるって。
しかしなんでこんな話をしたんだ、とシゲヒラ議員に尋ねざるを得ない。この辺りの歴史を知るのは大事だけど、こんな暗い話を聞かされても、と思わざるを得ないのである。俺が首をかしげていると、シゲヒラ議員の傍に見覚えのない箱があるのを見つける。そこには『ダークワカヤマ海岸特産品!』と記載されていた。シゲヒラ議員は自信満々に胸を張っていった。
「産卵ア〇メ苗床化菌ウミガメのスープを居酒屋『郷』のメニューにしようと思うのじゃ!」
「今までの話聞いてた???」
どうあがいても悲劇的な結末を生む兵器を居酒屋で出していいわけないだろドアホ。だが、シゲヒラ議員曰く。冷凍と加熱を繰り返すことで菌を殺し、体を活性化させる成分だけを取り出すことができるらしい。スッポン料理とかそんな感じで夜の営みをしたい大人たちに人気とのこと。
戦場の洗脳兵器がいつの間にか皆の料理に。そんなこともあるんだなぁと俺は深く頷くのであった。
「メニュー表に書き込むのじゃ。ええと、『肉体交換メス堕ち看板ドM世襲議員の野郎娘お手製の特製産卵ア〇メ苗床化菌ウミガメのスープ』……」
「その名前だけは今すぐやめろ!!!」




