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怪生物にご注意!

「海なのじゃ!」

「うわ、本当に黒い砂浜だな」


 昼を少し過ぎたころ、俺たちはついにダークワカヤマ海岸に到着した。外に広がるのは一面真っ黒な砂浜と青い海。本来であれば砂浜同様に海も黒いはずなのだが、海底に埋め込んだ特殊光源により明るい色を再現しているらしい。まあ真っ黒な海、怖すぎて入りたくないもんな……。


 観光客たちは和気あいあいと砂浜で遊んでおり、周囲には色とりどりのビーチパラソルが立ち並んでいる。若者たちは水着を着てビーチバレーや泳ぎに興じていた。


 砂浜から少し離れたところにはいくつもの屋台が立ち並び、さらにその先には大きなホテルが立っていた。あれが恐らくダークワカヤマ社が保有する観光施設なのだろう。見るからに高級なそのホテルこそ俺たちが泊まる場所であった。


 リムジンから出た俺は海の匂いを嗅ぎながらその光景に何度も頷く。俺はここしばらく暗黒街に籠りっきりだったから本当に久しぶりなのだ。だって海ってダイビングとか特殊なイベントでもない限り、独身男性が行く機会少ないからな……(偏見)。それはシゲヒラ議員も同じく目を輝かせながらリムジンから降りてくる。


 そんな俺たちの後ろ、リムジンの中からは幽鬼のごとき声が聞こえてきた。 


「おじ様……膝枕……二人っきりのビーチ……爛れた夜……!」


 それは俺の膝枕により狂戦士と化したアヤメちゃんであった。リムジンが止まり、俺が膝枕をやめてしばらくしてから現状に気づいたらしく、再度の膝枕とデートとワンナイトを要求する怪物と化していた。


 が、それを止めてくれる勇者がリムジン内にはいる。


「アヤメ様、債務者在庫一掃クリアランスセールの件について、緊急会議が始まると連絡があったワン。バカンスは一旦お預け、まずは緊急の案件を処理ワン」

「牙統組……許しませんっ……!」

「次期組長が何言ってんだよ……」


 本来はここでアヤメちゃんも降りて、一緒に行動する予定であった。今回の漁船捜索任務は表向きアヤメちゃんのバカンスという体で行っている。他組織から疑いの目を向けられるのを防ぐべく、しっかり遊ぶ予定ではあったのだが、どうやら緊急の仕事が入ったらしい。アヤメちゃんは血走った眼で叫ぶ。


「アイルビーバック……! 溶鉱炉を泳いで必ずおじ様の元に戻ってきますからね……!」

「そのネタ、23世紀でも健在なのかよ」


 アヤメちゃんはドエムアサルトに体を掴まれてあえなくリムジン内部に拘束されてしまう。ドエムアサルトはリムジン内での遠隔ミーティング準備を始めるのと同時に、リムジンの扉は無慈悲に閉まっていくのであった。哀れアヤメちゃん。まあガチで抵抗していないあたり、仕事の重要性や緊急性はしっかりと分かっているのだろう。


 さて、そんなわけで海辺に残されたのは俺とシゲヒラ議員の二人だけになってしまった。


「本来の目的は漁船捜索のために、居酒屋『郷』ダークワカヤマ海岸支店を立ち上げ、情報収集をすることだが……」


 海岸を見ると、いくつもの店が立ち並んでいる。最も多いのはアイスやかき氷と言った冷たい食べ物、続いてケミカルバーやパンといった軽食の類の店である。そして店が立ち並ぶ列の一番端で、明らかに場にそぐわない黒服の男たちがせっせと何かを設置していた。


「居酒屋『郷』ダークワカヤマ海岸支店の建築は軽量硬化プラスチック骨組みを利用して、簡易的に行われるのじゃ」

「仮設住宅の進化版みたいな感じか。まあ海の家だし、そこまで凝った造りはいらないもんな」

「ただそれでも、急なことじゃったし、午後いっぱいは建設に時間がかかりそうじゃな」


 シゲヒラ議員の言葉に頷く。まあ急に支店を用意する、なんてアホな話を一週間以内に達成してくれているあたり、アヤメちゃんの手際の良さが伺える。となれば今日の午後は軽く遊んで、夜に諸々を準備、といった形になるだろうか。


 とはいっても既に昼の時間を過ぎており、あと数時間もすれば夕方になってしまう。海で遊ぶには物足りない時間だなぁ、と思っているとシゲヒラ議員が俺の袖をくい、と引いてくる。


 シゲヒラ議員の視線の先には、大きなモニターがあった。そこには派手な文字で記載されている。

「船で楽しむダークワカヤマ海岸観光ツアー! イルカも見れるかも!?」


 俺とシゲヒラ議員は、静かに頷くのであった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




「ダークワカヤマ海観覧船にご参加いただきありがとうございます! 本日はダークワカヤマ海近辺の素敵な景色をご紹介させていただきます!」


 その言葉と共に、小さい船は海に向けて進みだした。船内には背の低い銀髪の少女が立っていた。赤いセーラー服風の制服を着た彼女はダークワカヤマ社の末端社員らしい。彼女は口元のマイクから音声を船内に流す。


 ……とはいっても、乗客は俺とシゲヒラ議員だけなのでマイクが必要かと聞かれると疑問なのだけれど。彼女はこちらを見てにこりと微笑んだあと、早速説明に入った。彼女が指さす方向には、黒い砂浜と青い海がある。


「ダークワカヤマ海は22世紀に、企業間戦争で核爆弾が投下された地点となっております。それらの汚染物質を浄化すべく、ダークワカヤマ社は半減期を早める薬剤や不活性化物質を海に撒くことで、安心安全な海を取り戻しました。現在近辺の海の放射線量は無視できるほど低く、このケースを参考に汚染物質浄化を行った地点が数多くあるほど、重要な事例となっています」

「そういやドエムアサルトがそんなこと言ってたな……」


 黒い砂浜と青い海は穏やかな様相で、そのような過去があったようには全く見えない。だが世の中そんなものと言えばそんなものなのだろう。かつて凄惨な事故があった場所で人々は平然と暮らす。青い海を進んでいくと、急に海が黒くなる。ここが海を青く見せるとかいう機械の設置境界点で、ここからは黒い砂の色が反映された、黒い海になっているようだった。空から見れば、さぞかし異様な光景だろう。


「右手には迫力ある断崖絶壁が続いています。この辺りには奇岩や洞窟が多く点在しており、人気の観光スポットとなっております。また、少しはなれた所には無人島が点在しております。ただしこちらには近づくことを推奨しません」


 銀髪の少女は海を見下ろす俺とシゲヒラ議員を横目に説明を続ける。ただ、彼女が言った最後の言葉に疑問が出てくる。無人島があるのは分かる。だがどうして近づいてはいけないのだろうか。


「別に行ってもよくないか?」

「推奨いたしません。無人島には汚染で生まれた様々な怪生物がいます」

「怪生物!?」


 平穏な海辺にいてはならない存在過ぎる。なんだよ怪生物って、と思っていたが、すぐに聞き覚えがあることを思い出した。


「ああ、マグロマンとかか。この時期はチ〇ポ狩りなんだっけ」

「今年は姿が見えません。恐らく感覚遮断ミズクラゲの触手の餌食になったのでしょう」

「なんだそのエロトラップダンジョンにいそうなの!?」

「全身の神経を麻痺させて泳げなくする、凶悪な生命体とネットには書いてあるのじゃ」

「なんだ、単に進化したクラゲか」

「あとエロトラップダンジョンで人気ですね」

「エロトラップダンジョンあるの!? どうなってるの23世紀!?」


 ギャアギャア俺が騒ぐが、周囲に浮かぶのは俺たちの船だけで、なんとも穏やかなものである。水面には時たまアクアゴリラが跳ねて波紋を起こすくらいのものだ。シゲヒラ議員は何を騒いでいるのか、と呆れた表情で腰に手を当てる。


「難病を抱えた子供が医療用エロトラップダンジョンで治療を受けるのはドラマの定番シーンじゃ!」

「確かに神経麻痺できるならめちゃくちゃ有用だろうけどさ! というかこんな怪生物がいっぱいいるのかよ! 船員さん、特に注意すべき奴っているのか?」


 俺は肩で息をしながら、銀髪の少女に問いかける。仮にこの周辺に漁船が隠されているとするなら、こういった怪生物にも気を使う必要があるからな。銀髪の少女はしばらく考えたあと、指を立てた。


「亀に注意です、不吉ですので」

「ウミガメってことか? でも健康や長寿の象徴だし、縁起いいんじゃないのか?」


 少女の言うことがいまいちわからない。亀自体が危険という話ではなさそうだし、一体何を言いたいのだろうか。その答えはすぐに彼女の口から告げられる。


「ミドリガメは台パンと喫煙パチスロの象徴ですよね?」

「パチカスミドリガメ???」


 聞いてはならないワードな気がして再度問い返す。明らかにミドリガメと接続していいワードではない。そんなわけねえだろ、と思っていると銀髪の少女は急に手元の端末を弄りだした。


『キュイイイー↓ン、デデデン↓』

『……スー……プハー……』

『バキィィン!!!』

「音だけで何が起きてるのか完全に分かるの嫌すぎるんだが!」

「この小さな手でパチスロを撃っているのが可愛くて人気なんですよ!」

「マッハ2で台パンしてるのじゃこれ……」


 銀髪の少女の手元にある端末を見ると……本当だ……見覚えのあるミドリガメがタバコを器用に咥えながらパチスロのハンドルを全身で回してやがる……。動画タイトルは『敗北を知りたい』となっているが完全に負けてるんだよな。まあリアルの方ではまだ負けなしなんだろうけど。マッハ2で走るミドリガメに勝てる生命体、そうそういないし。


 というかなんでミドリガメがパチスロしてるんだよ。いや23世紀は戦車が人権持つ時代だし、ミドリガメがパチスロしてるくらいは普通かもしれないけどさ。……そういえばあのミドリガメ、執拗にアルタード研究員を狙ってたりしたし、実は相当知性あるのか……?


「で、このミドリガメが何故か最近この辺りを飛び回っていまして。運気を吸われる、衝撃波で鼓膜破れるといった理由で不吉の象徴とされているのです」

「不吉どころじゃなくて物理的な災害出てるじゃないか。というか何でこの辺り飛んでるんだよ。あいつアメリカに行ってたんじゃねえのか」

『ギュイイイイイイイ↑ ピロピロピロピロリ~↑↑↑』

『……スー、フッ』

「そろそろその動画止めてくれない?」


 そんな阿呆な話をしながら船は進んでいく。シゲヒラ議員とまったり周囲を見ながら、おおよそ今回の事件のアタリをつける。


「因みに船員さん、最近この辺りで変わったことは?」

「うーん、パチカスミドリガメが出現したこととマグロマンが消えたことくらいですね」

「爆発音とかはなかったのじゃ?」

「聞かないですね」


 シゲヒラ議員と俺は頷く。やはり漁船を隠すとするなら、海岸の洞窟か無人島しかない。数が多く怪生物の妨害もあるが、虱潰しにしていくしかないだろう。あるいは、虱潰しにするより脱走してくるモヒカン野郎から情報を得る方が早いかもしれないが。


 いずれにせよまずはこの周辺の調査からだ。何故ミドリガメが急にこの辺りに来たのか、何故マグロマンが消えたのか。案外そういった所に事件の答えはあるかもしれない。


 そうやって考え込む俺たちに、銀髪の少女は思い出したかのように言ったのであった。


「そういえば、ここしばらくの間ふたなり与謝野晶子博士がレターパック持って失踪したって噂を聞きましたね」

「ふたなり与謝野晶子って実在人物なの!?」


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