アヤメちゃんの報告
妹系社会派人権保有人妻戦車の問い合わせがあったその夜。居酒屋『郷』は相も変わらずにぎわっている。いつもとの大きな違いは『珍味:鮮魚』の価格がUPしていたことであった。個室からはシゲヒラ議員が客に謝罪する声が漏れている。
「申し訳ございません、本日は珍味が値上げなのじゃ……」
「別にいいよ、そんなに好きじゃないし。それじゃあケミカルバーを3つ」
「Oh……」
が、値上げを気にしているのはやはり俺だけらしい。これだから23世紀キッズの味覚は。マグロの刺身とわさび醤油のコンビネーションを楽しめないなんて人生半分損してるぞ。……この23世紀においてケミカルバーと合成酒を楽しめない俺は人生全損している可能性もあるのだが、それはさておくとする。
「お時間を頂きありがとうございます、おじ様」
「ワン!」
そう、今日は来客があった。ここ最近は中間試験だったのか少し頻度が減ってはいたが、この店の常連であり暗黒街のマフィア牙統組の次期当主、牙統アヤメ。年齢不相応な色気を纏う少女は立ったまま深く頭を下げる。変態四つん這い全裸女(護衛)は人間にあるまじき鳴き声を上げるが、それを無視して俺は二人に着席を促した。
「なんだ急にかしこまって……かしこまってないな、なんだその見た目」
「アヤメちゃんバカンススタイル~これで朴念仁おじ様もイチコロ~です!」
「別に朴念仁じゃなくて意図的に無視しているだけなんだが」
「それは最悪すぎると思うワン……」
未成年に手を出すのは21世紀基準では犯罪なんだよ。まあこの暗黒街では法なんてあってないようなものではあるのだが、とりあえず成人してから出直してきてほしい。まあアヤメちゃんと付き合うとヤクザの親玉ルートが確定しちゃうので絶対に避けたいのだが。
俺の断り文句に一切物怖じせず、ですよねと言わんばかりに笑みを浮かべているアヤメちゃんの服装は夏仕様となっていた。美しい青いワンピースは幾重にも紋様が走り、彼女の美しさと体のラインを引き立たせる。……もっとも、隣に色気とかそういうレベルじゃない変質者もいるから、あまり目立たないけど。
そんな彼女たちは、茶だけを注文して姿勢を正す。
「では早速本題に入らせていただきます。チ〇ポ狩り……ではなく、漁船失踪の件についてです。まず、漁船について、結局は見つかりませんでした」
「途中の単語は聞かなかったことにしてやろう」
そう。漁船『債務者御一行』は牙統組に管理を任せている。そのため今回の件については牙統組に問い合わせをすでに行っていた。その結果が今日報告される、というわけである。が、回答は俺の斜め上であった。
「確認が取れないってどういうことだ。監視衛星とかあるだろ」
この時代に物を隠すのは容易ではない。暗黒街の暗部が絡んでいたり、各大企業の魔の手が忍び寄っていたり、一般通過ドラゴンに捕食されていたりすれば話は別だが、ただの漁船が見つからないというのはあり得ない。
仮に沈没していたとしても、浮かんでいる破片や海底探査機などで発見可能であるはずだ。そんな真面目な俺の疑問は、一発で否定される。
「……一部海域に、光学迷彩が張られていたことが発覚しました。そのため上空からの発見は極めて難しいです」
「探してきたワン!」
「マゾになっても流石は『アルファアサルト』か……」
「マゾは進化ワン! 逃れるべき苦痛に向かい前進する希望ワン!」
「全裸首輪女に言われても全く響かねえ……」
「話に割り込まないでくださいね」
「~~~~~!!!」
ドエムアサルトはアヤメちゃんに鞭でしばかれて声にならない嬌声を上げる。地獄耳で聞きつけてきたシゲヒラ議員がひょこりとワクワクした顔で近づいてくるがシッシとキッチンの方に追い返す。マゾが増えると話が進まねえんだよ。頬を染め自らの体を抱きしめる変態を放置し、アヤメちゃんは話の続きをしてくれる。
「迷彩は浮遊式ユニットのようですね。そのため衛星からの映像ではなく、地上からの観測で判明しました」
「対監視衛星用ってわけか。ってかそんなのを持ってるのは相当だな」
「普通の海賊とかではありませんね。そして同時期に、何隻かの船も失われています」
その言葉に、俺は眉をひそめる。つまりこれは単なる事故の類などではなく。
「……意図して船を襲っているんだな?」
俺の質問にアヤメちゃんは頷く。
「その通りです。そして目的不明、船を連れ去った場所も現時点では不明というわけです。海域はこのあたり……おじ様に分かりやすく説明しますと、旧和歌山から数百キロ程度の地点ですね」
「殺されている確率は?」
「低いと思われます。殺されるなら全力で彼らも抵抗するはずですが、周辺海域のセンサーに爆発音の記録はありませんでしたから。恐らく、脅されて交戦せずに降参した可能性が高いです。……もっとも、一瞬で毒殺された可能性も否定できませんが」
俺はカウンターの端に飾られている写真を見る。そこに移っているのは漁船『債務者御一行』のメンバー。ギャンブラーのバイス班長。潜入と逃走の名人、モヒカン。そして足の生えたゴールポスト。いずれも俺に鮮魚を送ってくれる貴重な存在だ。
「トキに、足の生えたゴールポストについて頼まれちまってるからなぁ」
流石にこれを見逃すわけにはいかない。面倒ではあるが、きちんと助けにいってやる必要があるだろう。それに何より。
「鮮魚の流通を取り戻す! そして鮮魚の旨さを広めて23世紀キッズどもの偏食を直すのだ!」
「またおじ様が変な方向で覚醒してます……」
うっせえ、どんな店にいっても刺身がなく、肉にも変なスパイスがかかってるこの23世紀はカスすぎるんだよ! 酒のあてに刺身を摘まめる人生を求めて何が悪い!!! 俺の生き甲斐を奪った奴らは絶対に許さねえ!
そんな俺の思惑はさておき、アヤメちゃんとしては想定通りの反応だったらしく笑顔になる。そして彼女はポケットから何故か熊手を取り出すのであった。で、ここからどんな話になるのだろうか。アヤメちゃんのことだ、きっと華麗な解決策があるはずである。
「というわけでチ〇ポ狩りに行きましょう」
「KADOKAWAにも限度というものがあるからな?」
というわけで、で出てきてよい単語ではない。なんでチ〇ポがこの文脈で出てくるんだよ。その熊手は潮干狩り用であってチ〇ポは狩れないからな! 真っ当な疑問を持つ俺に、23世紀キッズの暴論が飛んでくる。
「おじ様は人魚をご存じですよね?」
「ああ、上半身が人間の女性、下半身が魚のやつだろ?」
「いえ、上半身が魚で下半身がチ〇ポ丸出し成人男性のやつです」
「逆人魚!?」
「ええ、10月ごろに人魚が川を遡上しようとするので捕まえてチ〇ポをはぎ取るんですよ」
そういってアヤメちゃんは躊躇いもなく端末を見せてくる。うわ、本当だ。上半身はマグロで、下半身は成人男性。ってかこいつがもしかしてマグロマンってやつか。俺は震える。こんな怪生物がいるなんて、これだから23世紀は……!
「10年ほど前から出現したようですが」
「……ま、まあそれなら、仕方ない、か……!」
「何か思い出しているんだワン?」
「やかましい!」
……以前数式ア○○女事件で俺の細胞が10年位前まで飛ばされた気がするけど、まさかそんなはずないよな。はははは。酷い偶然もあるものだ。震える俺を横目に、アヤメちゃんは熊手をぐるぐると回す。よく見ると4股に分かれた金属の間には細いワイヤーが張られている。金属切断用のものだろうか。
「特に夕方は砂浜に潜って休んでいますので。地面に潜ってチン呼吸しているわけです」
「頭隠してチ〇ポ隠さず……?」
水族館で見たチンアナゴの下に成人男性の下半身があるみたいなものだろうか。綺麗な海原にチ〇ポがそそり立つ異様な光景を想像して俺は震える。というかチ〇ポだけ出す意味が分からないぞ、呼吸とかエサを得るためとか、そういう理由が欠片もないじゃねえか。それにキスシーンを撮影してたら海原チ〇ポが映りこむ可能性あるんだぞ。最悪すぎるだろ。アヤメちゃんは目を輝かせるドエムアサルトの前で熊手を軽く振る。
「そしてチ〇ポをワイヤーで切断します」
「い、痛そう……」
「バケツ一杯のチ〇ポを持ち帰る子供もいますね」
「潮干狩りの思い出がどんどん汚れてきたぞ……」
「私もふたなりになるワン! 「それは禁止です」……クゥン」
ドエムアサルトの変態発言を他所目に俺はアヤメちゃんに渡されたパネルを触る。マグロマンは哺乳類の遺伝子を取り込んだ突然変異の魚類であり、知能も普通の魚と変わらない。故に上半身は食べられる。一方、下半身は人に近いため、例えば性器などの臓器をちぎれば、培養するより遥かに安価に製造可能な、ホルモン調整用の人工臓器の原料になったりするようであった。また、海綿体はEDに悩む成人男性に埋め込まれ、夜の営みをサポートしているようであった。
……見た目はカスそのものだが、実用性は十分らしい。なるほど、チ〇ポ狩りが広辞苑に載る日も近いかもしれない。
また端末に映るマグロマンの生息区域は、この暗黒街から南の、かつては和歌山と呼ばれた付近の海岸上であった。そしてこの位置は、先ほど漁船が消失した位置に近しい。マップを見るとチ〇ポ狩り星5スポットとか書いてあるが、レビューあるぐらい有名なのかよこれ……。なんか旅行会社のチ〇ポ狩りツアーの広告とか出てるし……。
「それで、どうして急にこんな話を?」
「性器破壊プレイ、興味ありませんか?」
「ねえよ!」
「本気ですが、それは置いておくとして。……私はチ〇ポ狩りバカンスを言い訳に、定期的に漁船の消失ポイント近くの海岸に通うことにします。護衛という名目の、調査員と一緒に。調査員は偶然私と別れて、周辺を探索します」
「……協力感謝する」
「いえ、むしろお詫びしたいくらいです。本来はもっと人手を出して、急遽探索させるべきなのですが」
アヤメちゃんは真面目な表情で俺を見つめる。牙統組は暗黒街の中でも比較的大きな力を持つ。それ故に、次期当主である彼女が大仰に動けばトラブルになる。故に名目も必要だし、調査員の同伴も抑えざるをえない。仮に大軍を率いれば、誘拐犯が気づき、漁船のメンバーに被害が及ぶ可能性があるというわけだった。
だから、次の言葉は想定できていた。
「おじ様にも協力をお願いしたいことがあります」
「いいぜ、鮮魚のためだ。一緒に捜索すればいいんだろう?」
牙統組は漁船『債務者御一行』を提供してくれてはいるが、別に何か保険契約を俺との間で結んでいるわけではない。故に、これは100%アヤメちゃんの厚意(もしくは陰謀)であり、本来は俺自ら対応しなければならない案件なのだ。まあなので、手伝いはしっかりしてやろう、と俺はそう思っていた。だが、アヤメちゃんの提案はその一歩先を行っていたのだった。
「いえ、おじ様には居酒屋『郷』の支店を開いて欲しいのです。支店といっても簡単なもので構いません」
「……漁船捜索のために協力するつもりはある。でも急にそんなこと言われてもできないぞ。というかどうしてそんなことする必要があるんだよ」
「店員として犬を貸します」
「いりません」
「ワン!?」
急に妙なことを言い出したアヤメちゃんに俺は困惑する。調査員だけでは戦力に心もとないから、俺を呼ぶというのは分かる。暗黒街内部や大企業上層部、『不死計画』関係者はともかくとして、それ以外は俺の事をそんなには知らないからな。お忍びで持っていく戦力としては最適だろう。
だが、どうして支店まで開く必要があるのか。別にホテルで待機でもいいじゃないか。俺の疑問に、アヤメちゃんは端的に答えるのであった。
「……モヒカンを捕らえる為に罠を張りたいのです」
「脱走してる前提かよ……」
でも確かにあいつなら脱走して、しれっとビーチにいそうなんだよな……。
そこから1時間ほど、細かい条件や日程を詰めた後、俺はアヤメちゃんの頼みを承諾し、支店を開くことに決めたのであった。漁船を取り戻し鮮魚を得る為に。少し遅い、バカンスが始まる。




