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居酒屋『郷』の日常

「マスター、変なこと聞いていいか?」


 2240年5月。犯罪の蔓延る暗黒街の隅にある小さな居酒屋で、古い回転椅子に座った大男がそう切り出す。ランバーという名のこの男はいわゆるサイボーグで、荒事を得意とする何でも屋だ。


 この居酒屋のマスターである俺はその問いかけにキョトンとする。ランバーはマフィア相手でも物怖じしない胆力がある、まさしく本物の戦士だ。そんな男がわざわざ遠回りな聞き方をするなんて、よほどのことなのだろう。


 酒のつまみとして人気(当社調べ)の枝豆を準備しながら、俺は少しからかい気味に返した。 



「変なこと聞いていいか、って表現はよく使うけど本当に変な話なことってあまりないよな」

「チ〇ポが二本になったオレを、どう思う?」

「本当に変な話だった!?」


 おいおいチ〇ポが二本ってどういうことだよ。全人類の平均チ〇ポ数は0.5本なのに、こいつだけ突出しているじゃねえか。


 俄然興味が湧いてきた俺は枝豆と合成酒をランバーの前に置き、続きを促した。するとランバーは自身の左腕を掲げる。それは金属製の部品で強化されており、肉の中に幾つものケーブルが接続されている。


 医療技術や仮想現実との連携を目的とした身体改造は昔から行われていた。ところが国力の低下と企業の権力増加、それに伴う治安の悪化は国民に自衛の必要をもたらしたのだ。


 結果として2200年頃から爆発的にサイボーグ化手術は普及し、暗黒街の多くの人間はサイボーグと化している。そして更なる力を求めての強化手術も、盛んに行われていた


「オレは昨日、新しく身体改造を行うことにした。体に単発のロケラン、ロケットランチャーを仕込むってやつだ」

「ああ、最近人気の奴だよな。オーサカ・テクノウェポン社の治安保持戦闘部隊が機動戦車を使ってくるからそれへの対策って」 

「そう、それだ。そして今回オレが見つけた医者は、一回身体改造するともう一個おまけ!」

「大体読めてきたぞ……」


 ランバーはヤケ酒の如くグイッと合成酒を呷る。暗黒街の合成酒は自然由来のものではなく工場で化学合成された安酒だ。それも味付けや風味を最低限にして、兎に角酔うためだけに造られたという最悪の代物だった。


 しかも抽出が上手く行っていないらしく、時たま明らかに入っていてはいけない薬品の匂いがするときがある。21世紀を知る身としてはクソとしか言いようが無いが、23世紀の人間の中にはこれを好む人間もいるのであった。


「で、身体改造を行ったらチ〇ポをおまけしてくれたんだよ」

「そんな訳あるかよ! 大体チ〇ポは高いんだぞ!」


 チ〇ポを連呼しているが幸いにもここにそれを咎める人間はいない。というのもこの居酒屋、暗黒街の隅っこという立地から分かる通り、全然客が来ないのだ。隠れた名店と呼んで欲しい。


 それはさておきとして、チ〇ポが高いのは本当だ。一般に生殖器などの臓器は移植・保管・合成が難しい。そのためロケランの数倍は値段がする。嘘言うな、とカウンターからランバーの股間を覗き込むと……


「も、もっこりしてやがる……!」

「そりゃオレは二本あるからな。トイレに行くと皆のヒーローだ」

「嫌なヒーローだな」

「しかもこのチ〇ポ、何か地図みたいな刺青が刻まれているんだ。きっと黄金の在処に違いない!」

「最悪な埋蔵金伝説始まったな」

「刺青の入ったチ〇ポを重ね合わせることで真の宝への道が開かれる! オレは狙うぜ一攫千金! 手伝ってくれよマスターも!」

「嫌だよ刺青チ〇ポ見たくねえもん」


 最悪の会話が繰り広げられる。何でこんなにチ〇ポについて話し合わなきゃならねえんだ俺たちは。幾ら暗黒街の寂れた居酒屋とはいえ、流石に低俗すぎる。もっと高尚な話題、社会の行く末とかについて語り合おうぜ。


 俺が苦笑いしながら首を振ると、しかしランバーの顔は真剣だった。


「え、本気で刺青チ〇ポ埋蔵金伝説やるの?」

「それは半分冗談だ」

「半分は本気なのか……」


 ランバーの表情は変わらず、俺の目を真っすぐ見詰めてくる。それを見て俺も少し、姿勢を正した。どうやら本気の話であるようだった。少し間を置いて、ランバーが重苦しく口を開く。


「仕事を手伝って欲しいというのは本当だ。マスター、あんたとんでもなく強いだろ?」

「……」

「この居酒屋の近くになると、治安保持戦闘部隊も連合も組の奴らも追跡の手が止まる。寂れた居酒屋なのに土地代で破産する様子もない。あとは勘だ。オレみたいな間抜けでもアリと象の区別はつく」


 俺達の間に緊張が走る。俺の眼光に百戦錬磨のランバーが少し後ずさり……駄目だ駄目だ、弱い者いじめは良くない。俺はおどけたように手を振り、カウンターの下から自分用の枝豆を取り出しつまむ。


「めんどくさいから仕事はしないようにしているんだ。労働なんてクソだろ?」

「そうか、わかった」


 ランバーも地雷を踏んだわけではないと分かったらしく、ほっと胸を撫でおろした様子であった。とはいっても俺が手を出すのは色々マズイ。だから上から目線のアドバイスだけを送ることにした。


「面倒ごとは自分で解決した方がいいぜ。力がある奴に頼ると、今度はそいつとの貸し借りが生まれる。貸し借りってのはこの暗黒街では面倒なもんだ、下手すれば生き死にすら自分の思い通りにならなくなる。その感じだとまだ『詰み』じゃないんだろう? もっと足掻いてからでも遅くないぜ」

「……全く、そんなアドバイスができるぐらいうんちくがあるなら居酒屋を盛り上げることくらいできるんじゃないか? 枝豆、生臭いぞ。もっと薬品洗浄をしろよ」

「うっせえこれが俺の全力! 23世紀生まれのキッズの味覚なんて分かりませんよーだ!!!! これがいいのこれが!」


 笑い声が居酒屋に響く。これが俺の日常。ちょっと強い能力を持ってこの世界に転生したけれど、別に何かするべきことがあるわけでもなく。騒がしい世界で居酒屋のマスターとしてまったり楽しく過ごす、そんな物語である。



「ちなみにチ〇ポからロケット弾発射できるぞ」

「本当にロケラン1個おまけしてもらったの!?」



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