08. 再会と決別
更新が遅くなって申し訳ありません。
登場人物の年齢に不備があったため変更中です。
主人公マリエからの相対的な年齢差
旧:
セザール +3歳
兄、クロヴィス +2歳
新:
セザール +4歳
兄 +3歳
クロヴィス +2歳
予期せぬ来訪者が来たのは、もうすぐ冬が終わり春に取って代わるという頃だった。
「一体、どういうことかしら?」
「さあ……?」
お兄様と二人、呼び出されたけど意味がわからなかった。
お父様からジョルジュとカミラが来たから同席するようにと言われる。
婚約者だった過去はあるけど、もう終わって二年以上前のことだ。今更会って何を話せばいいと言うのだろう?
促されるまま応接室に入れば、二人の他にもう一人、年長の青年が待っていた。三人とも疲れた顔をしていて、くたびれた雰囲気だった。
オリオール家と中央との往来が無くなったから、王都に向かう街道は荒れ放題だ。一応、まだ王国に帰属しているから、馬でもギリギリ通れる程度の荒れ具合に留めておいてはいるけど、通り抜けるのはかなり大変だったと思う。
領民たちは領内だけで全ての生活必需品が手に入る。領内で生産されていない道具や栽培されていない作物はフェリシテの実家であるマンティアルグ辺境伯領やフォートレル辺境伯領、最近付き合いのできた隣国のキエザ辺境伯領との取引で賄え、領内で販売されている。
北方でしか生息していない魔獣の素材は入手できなくなったけど代替品で賄えるし、宝飾のような贅沢品は必要ない。
結局のところ、見下されてまで中央との付き合いをしようという気が、私とジョルジュとの婚約が無くなった時点で、我が家から失せたのだ。
本家であるフォートレル辺境伯家や東隣のマンティアルグ辺境伯家もオリオール伯爵家と同様、中央から距離を取っている。
昔は中央の商人が魔獣素材の買い付けに来ていたけど、遠方のオリオール領まで来なくても、同じ辺境なら西端や北端の辺境伯領の方が近い分、移動費が削減され、近年は商人が買い付けに来ることがなくなった。
辺境に領地を持つ貴族家は絶対に王都に行かなければならないという制約はない。
私は気付かれないようにちらりと知らない顔を見る。
社交の場には顔を出していないから当然かもしれないけど。
お父様は誰だか知っているようだけど、特に紹介もないし、聞けるような雰囲気でもなかったから黙っておく。
「婚約を結び直す気は無いか」
その人は突然、ろくでもないことを口にする。どうやら面会者の中で主導権を握ってるのはこの人らしい。
私にその気は全くないし、先日ルイーゼと結婚したばかりのお兄様にも、当然だけどその気は無い。そもそもラブラブ過ぎて、二人の間に入り込む余地がないのだ。
「無理ですね」
お父様が私たちの気持ちを代弁して即答で断ってくれた。
「当主としては気が無くても当事者は判らないだろう? 本人も反省している」
「公衆の面前であれほどの罵倒し、わざわざ芝居の演目まで作って貶めた相手と、娘を婚姻させたい親はおりませんよ。後悔先に立たずとは言いますが、あれは酷すぎる」
私が学園を退学した後、王都で流行った芝居がある。
身分を笠に着た勘違いの粗野で醜い田舎の姫が、愛する二人を引き裂いたという話だ。二人は横槍に負けず真実の愛を貫いて結ばれるという結末だった。
その芝居の登場人物は、田舎娘が私、愛する二人というのがジョルジュとセヴリーヌ様だ。お陰で王都では私は醜く横暴な田舎娘として、身分の貴賤を問わず嫌われ者だ。二度と足を踏み入れないと決めているから、どれほど悪評を立てられても平気だけれど。
「芝居は作り話だ。本気にするものでもないだろう」
「しかし娘の悪評は止まることを知らないようですよ。娘が王都に足を踏みいれることは二度とできないでしょうな。行けば最後、馬車に投石、引きずり出されて殺されるのは目に見えております」
「そんなありもしない世迷言を言い出されても困る」
「世迷言? 我が領から魔法結晶を納品した者が言っておりましたよ。ワイバーンで空輸したから助かったが、地を行けば殺されただろうと。空に向かって投石したところで大した被害にならなかったから助かったようですな。更に城の兵士からは「腐った田舎者なんかに仕えるから襲われるのだ」と嘲笑されたとか。そんな状況で、元の鞘に収まることなど有り得ないですよ」
「しかしだ、子供のやったことだ。大人としては温かく見守ってやる必要があるとは思わないか」
「思いませんね。我が子を守るのが親の務めです。娘を不幸にした男にくれてやろうなどとは思いませんよ。それが例え王族でもね」
「僕は反省している。本当に愛していたのが誰だかも判っている」
「ジョルジュもこう言っていることだし、本人の気持ちに任せてはどうか」
どうあっても訪問組は婚約を戻したいらしく粘る。
向かいに座る三人が私とお兄様をじっとみつめてくる。
話を振られても困る、その気はないから。
とはいえ何か言わないといけない微妙な雰囲気が部屋に漂った。
「私にその気はありません。無理です、やり直すなんて」
無言の圧の後、私が最初に口を開いた。ジョルジュとやり直すのは無理だった。
「愛しているという言葉が信じられないほど酷い態度だったでしょう。それにもし本当に愛しているとして、あんな態度をこれからも取られるなんてゾッとします。本当は今日会うのも嫌でした。今だって早く部屋から出ていきたいくらいです。同じ空気を吸うのも嫌」
続くお兄様も拒否だった。
私と違って相手との関係は関係を解消する直前まで良好だった。でも既に相思相愛の妻がいる。つい一月前に式を挙げたばかりだ。今更、前婚約者が割り込む余地はない。この場で言ってしまえば、敵意がお兄様の妻であるルイーゼにいくのは目に見えているから口に出したりはしないけど。
「簡単に関係を戻そうと思う相手と、婚約を解消するなんて考えませんよ。私ももう二度と会う気はありませんでした」
余所行きな態度でカミラに伝えると、何故か目の前の元婚約者たちは悲壮感を漂わせる。軽々しく婚約したり解消したりなんてするものではないし、私やお兄様の態度が当たり前なんだけど。
「……どうして?」
「どうしてって、そんなことも判らないのに、何を判った心算になっているの?」
ジョルジュの言葉に、私は驚くしかなかった。
この人はこんなにも愚かだったのか。
――気持ち悪い。
「――!!」
目の前の三人がビクリとする。
心の中で呟いたつもりだったのに、声に出ていたらしい。
私に腹芸はまだ早かったようだ。反省すべきだけど、今の状況に限定すれば正しい言葉だったらしい。
「ここまで相手に嫌われて、やり直すなんてありえませんな」
お父様がきっぱりと断りの言葉を告げてくれる。
「しかし……このままでは王都は立ち行かなくなる」
「それは自業自得というものでしょう。辺境が無くては王都で人は生きていけないのに、その辺境を田舎者だ、野蛮人だと貶めてきた結果です。中央の尻ぬぐいを我々に押し付けないでいただきたい」
「ここ数年、オリオール以外の領から採取された魔法結晶が多量にあったでしょう? 今年だって我が家から十個出しているし、他領からも採取できたのでは?」
「全て使い切った! 倍は必要なんだ」
まだ新年から半年も経っていないのに?
少ないとはいえ、私とジョルジュが婚約した十二年前に戻っただけだというのに。
フォートレル家とマンティアルグ家には魔法結晶を個別で融通しているけど、今年に入ってからそれぞれ一、二個しか使っていない。農地だって連作すれば痩せるとはいえ、堆肥を混ぜたり、作物に合わせて土壌改良してなんとかやっている。
唯一、森との境にだけ聖属性の魔法結晶を撒いているけど、使うのはそれくらいだ。治水だって堤防を作ったり低地に家を建てないようにしたりして、被害を最小に食い止めているのに。
「自業自得ですな。万が一、婚約が戻ったとしても、他領で採取していた量までこちらで提供できないのは理解できていますか? 今よりも数個増えるだけですよ。半年経たずに一年分消費するような今のやり方では、来年にはまた立ち行かなくなります」
「だからこその婚約だ。婚家が立ち行かなくなるのは困るだろう?」
「婚約しないのだから困りませんよ。既に袂を別った相手です。子供たちも嫌がっています。そもそも既に新たな縁を結んでいますしね」
お父様の言葉にジョルジュとカミラはショックを受けた顔をした。
あれから二年以上も経っているのだから、新たな婚約くらいあってもおかしくないのに。
特にカミラは既に二十歳を超えている。どちらかといえば彼女が独身だったことに、こちらが驚く立場だと思う。一歳年下の私でさえ、王都では結婚していて当たり前の歳なのだ。
「政略結婚はしませんよ。本人が望まない結婚はさせません。望まぬ相手とやっていけるほど、辺境は甘い環境ではないのですよ」
ジョルジュもカミラも辺境の厳しさを身をもって経験している。お父様と交渉している人は知らなくても。
「この婚姻は国王陛下の強い希望に因るものである」
「だとしても譲れるものではありません。何故、辺境に婚姻の自由があるかご存じないらしい」
「陛下を愚弄するか!」
中央貴族との政略結婚を推し進めたい国王陛下の使者と、好きな相手と結婚しようとしている上に、中央貴族と縁切りしたい辺境の話は、きっとどこまでいっても平行線だ。
どちらかが折れなければいけないけど、こちらに折れる気は全くない。何なら独立しても良いくらいの考えなのだから、国王の権威を持ち出したところで意味がないのだ。
でもそれが使者には判らない。
愚弄したのが国王でなく、無知で権威主義な使者であることも理解できてなかった。中央では国王の権威は絶対で、権謀術数が全てだからなのだろうけど。
結果の見えている話し合いに興味が持てなくて、少しぼんやりしながら室内を見た。
ジョルジュとカミラの二人はそわそわしながら、こちらの方をチラ見しているけど、それ以上の行動を取ることはなかった。
お父様は徐々に会話に飽いてきている。顔には出していないけど。彼我の差を理解しようとしない相手にうんざりし、どうあしらうのが楽か、考えあぐねているのだろう。
「――陛下の命に従わぬなら、貴族など止めてこの国を去れ! それが嫌なら決められた結婚をせよ! 南といい東といい好き勝手に婚姻を結び、手を取り合って王家と対抗できると思ったか!!」
使者が言い切った瞬間だった。
魔法契約が破棄された音が聞こえた。辺境と国王との間に結ばれた魔法契約は特別に魂の盟約と呼ばれ、初代当主と国王の時代から、代々続くものだった。
――パリン……!
繊細な玻璃細工が割れるような音が頭に響いた。
きっとこの場に居ないフォートレル辺境伯家やマンティアルグ辺境伯家の関係者にも同じ音が聞こえただろう。
――あっけない。
辺境を縛っていた鎖が、簡単に解き放たれるだなんて。
使者とお父様、お兄様にも聞こえたようだったけど、ジョルジュとカミラは当事者ではないから契約が破棄された音が聞こえず、状況が呑み込めないようだった。
「今のは……」
使者が戸惑う。
「盟約が破棄された音ですよ」
お父様は小さく嗤った。
「我々が辺境を守り魔獣が王都に向かわないようにする対価に、時の国王がこの地を我々に与えたのですよ。だから転封することも領地を召し上げることもできない。それと婚姻の自由。聖女は直系の娘にしか生まれない。聖女の血筋を利用されないように認められた権利です。あなたは二つの盟約をどちらも破った」
「盟約が破棄されたとして、力尽くで是と言わせるまで!」
私としては中央との縁が切れた喜びにふけりたかったけど、そうもいかなかった。使者の言葉と同時に、部屋の外で待機していた、使者の引き連れた兵士たちが室内になだれ込んできたのだ。
室内が一気に騒然とし、緊迫感が頂点に高まった。
ただ一人、王都からの使者だけが自分の優位を確信し、笑みを浮かべている。
だが威勢は良いがそこまでだった。
兵士が一瞬で全員昏倒する。同時に使者の首元に剣が突き付けられた。
「――!!」
「甘いんだよ、坊や」
お父様の剣が首の薄皮一枚だけを斬った。
お兄様も抜剣して警戒態勢に入っている。私は身内にだけ防御魔法を展開済みだ。更に攻撃魔法を打ち出す準備は終わっている。
ジョルジュは実家と学院で剣を習っていた筈だけど、手も足も出ないようだった。
「盟約は破棄された。オリオール伯爵家だけでなくフォートレル辺境伯とマンティアルグ辺境伯家もだ。我々は国と決別し独自の道を行く。中央に戻って国王に告げよ、我々を当てにするなと」
「貴様――!!」
「吠えるな小僧。無事、領の外までは送ってやる。後は好きにしろ」
それが決別の言葉だった。
私が部屋に入ってから今まで、一度として声を荒げず淡々と普段通りに話すお父様と、激昂し貴族らしからぬ姿を晒す使者では格の違いが明らかで、最初から負けが決まっていたのだ。諦めて中央に帰れと言いたい。
「マリエ……」
「ミラボー様、もう私たちは婚約者ではありません。婚約者だった時間の半分以上は険悪だったでしょう。何故、今頃になってそんなお顔をされるのですか? 捨てたのは私ではないというのに」
もしかしたら今頃になって自分が捨てたものが惜しくなったのだろうか?
それとも魔法結晶が手に入らなくなった責任を問われた?
どちらにせよ、もう私には関係ない話だ。
王都を去る時にジョルジュとの関係は整理し終わっている。既に過ぎ去った過去のこと、二度と私たちの道が交わることはない。
今はクロヴィスとの結婚に向けて準備をしているところだ。
辺境に生きる私だけの騎士。初代聖女の兄であり庇護者の末裔。
私たちは領主とその夫、あるいは聖女と騎士として辺境を守り生きていくのだ。
東の辺境伯家であるマンティアルグ家まで使者(王太子)の言葉で契約破棄に繋がるのはちょっと強引すぎるため、使者との会話シーンを一部修正しました。(話の筋は変わりません)




