04. 帰郷
ワイバーンの背に乗って見る朝焼けはとても美しい。
白み始める空の色の移ろいはきれいだ。そして山の稜線から、金色の陽がゆっくりと昇っていくのだ。
「きれいね、お兄様」
「ワイバーン乗りの特権だな」
オリオール領で使役するワイバーンは一番大型のものが多く、大人が二人乗っても平気だ。普段はそれでも王都までの往復は長距離移動だからという理由で一人一頭だけど、今回は完全に町屋敷を引き払うために大人数での移動だから二人乗りだった。
私はお兄様の前に乗っている。
「王都の屋敷を引き払うということは、二度と南の辺境として社交を行わないってことよね?」
わかっていることだったけど念のための確認だ。
二度と王都に行かなくて良いと思っていたのに、後からまた行くとなったらがっかり感が半端ない。
「そういうことになるね。ミラボー公爵家やバルト辺境伯家との婚約も解消されたから、もう中央貴族と付き合う必要もない。俺たちより若い世代はきっと貴族学院への進学もしないし、家臣が魔法結晶を納めにいくから、国王が領主の顔を知らない日もくるだろうな」
拠点が無いから今後は社交は一切できなくなる。
貴族たちは王宮主催の公式行事への出席義務があるけど、辺境は事情を考慮されて社交は免除されている。代替わりのときに国王に謁見する義務もない。
今まで欠かさずに代替わりの度に領主が王都に出向いたのは、形だけでも円満な関係や恭順の意を示すためだった。
でも私は成人とともに領主の座に就いても、謁見する気はない。
ほかにも王家の一存での転封が無い、婚姻の自由などが保障されている。特にオリオール伯爵家は魔法結晶をどの辺境領地よりも多く納める代わりに、自由裁量の幅が辺境伯の四家よりも大きい。
だからフォートレル辺境伯家共々王都を引き払っても困ることはない。
年に一度、魔法結晶を納めるために領主が王都に行くのだって、王家に対する形ばかりの敬意を示す意味だけだった。今回の件で、その義理さえなくなった。来年からは家臣の誰かが献上しに行くのだろう。
「魔法結晶が無ければ日々の生活が成り立たないくらい依存している癖に、どうして今までこんなに横柄にできたのかしら?」
魔法結晶は辺境でしか採れない。辺境伯家とオリオール伯爵家だけとは言わないけど、スタンピードの被害が大きかった土地に多い。だから被害の少なかった北の辺境伯家では、見つかることがごく稀だ。
「ここまで酷い扱いになったのは今の国王かららしいぞ。だからお祖母様の時代はもう少し居心地が良かったんじゃないか?」
「そうなのね……何がしたかったのかしら?」
現国王を評価する人はオリオール領にもフォートレル辺境伯領にもいない。
「さあ? 気になるなら父上かそれより上の世代に聞いてみればいいんじゃないか?」
お兄様は昔のことに興味がなさそうだ。
私もそこまで知りたいとは思わない。ほんの少し気になった、それだけだった。
空が白み始めた頃、休憩のために一旦、地上に降りる。ランヴォヴィル領の人里から離れた場所だった。
ここから先、次の人里はオリオール領に入らないとないから、もう夜間の移動は必要ない。大休止を取った後は一気に領地まで飛んで帰領する。
着陸前に後ろを振り返ったけど、もう王都は見えなかった。
「おかえり!」
王都から帰った私たちを出迎えてくれたのはフォートレル辺境伯家の兄弟だった。
フォートレル辺境伯家はオリオール家の初代当主であり、魔獣のスタンピードに結界を張って人を助けた聖女の兄が興した家だ。
二つの家は度々婚姻を繰り返し、一定以上の血の濃さを保っている。政略ではなく同じ価値観を持ち、生まれた時から知っている仲だから自然と惹かれ合うものらしい。
長男のセザールはお兄様より一歳年上、弟のクロヴィスはお兄様の一歳年下だ。
セザールの方は隣の領地であり王国の東端に位置するマンティアルグ辺境伯家のフェリシテと婚約中だ。
同じ辺境に位置する二つの辺境伯家とオリオール伯爵家は交流が多く、子供たちは全員が生まれた時から付き合いのある幼馴染の関係だ。
フェリシテはセザールより一歳年下で、鮮やかな紅い髪と翡翠のような緑の瞳を持つ、華やかな雰囲気の美人だ。
だから黙っていればとてもモテる。
黙ってないけど。
自ら剣を振り魔法を放つフェリシテは、腕の立つ魔法剣士だ。辺境は嫋やかなだけではいられない。女でも自力で身を守れるのが普通なのだ。
ましてフェリシテは辺境伯の娘だから領民を守る義務もある。自ら剣を持つのは当たり前のことだった。
しかし辺境の常識は中央の非常識。
最初の頃、フェリシテの美貌に釣られて寄ってきた男子生徒はみんな直ぐに消えたらしい。
その頃のセザールは女性も逞しいのが当たり前だと思っていたのに、学園の女子生徒は男に支えられなければ生きていけない弱い生き物だと知って愕然としていた。
そして二人は思ったのだ。
辺境で生活できる伴侶を見つけたら、即確保しなくてはならないと。
結果、二人は婚約したのだと、全然甘くない顔で教えてもらった。
婚約した後の二人は甘々だけど。
フォートレル家のもう一人、弟のクロヴィスは甘く蕩けている兄を尻目に、淡々と学園で学び卒業した。領地に帰ってからは、領主家の一人として忙しくしていて女っ気が無い。
「今日はマリエに贈り物があるんだ」
セザールが微笑んで私に告げる。隣には色素が薄く驚くほど美人の女性がいる。
「えっと……私、人の贈り物はちょっと」
一体、どこから持ってきたのだろう?
返してきてと思わず言いそうになった。
「人ではなく家庭教師だよ」
セザールが声を上げて笑う。
「マリエは学校を中退したから勉強が途中だろう? それで家庭教師になりそうな人を連れてきた。彼女は隣国の辺境伯の姪なんだ。とても頭が良くてね、僕と同い年とは思えないくらい聡明だ。きっと良い先生になると思うよ」
良かった。人身売買的な贈り物ではなくて、本当に良かった。
「すごい美人だし、セザールが変な言い方をするから誤解するじゃない!」
間違いのテレ隠しもあって、少し強めに抗議する。
「ごめん、確かにルイーゼは美人だよね」
二人で容姿の話に盛り上がれば、彼女はちょっとだけ困った顔をした後に自己紹介を始めた。
「ルイーゼ・アマディと申します。キエザ辺境伯の姪に当たります」
少し頭を下げる動きも美しい。きっと頭が良いだけではなく、礼法にも通じた人なんだろう。所作が優美だ。
隣国とはお母様の代から交流が始まった。
両国の間には森が広がっていて魔素が濃い。魔獣のスタンピードによって大陸は分断され、国同士の行き来は完全に途絶えた。
魔素が濃いと植物や動物の発育が良い反面、魔獣が狂暴化しやすい。踏破するのはほぼ無理で、空を行こうとしても獰猛な鳥に襲われてままならない。ワイバーンだって種類はいくつもあって、人が飼いならせないような獰猛で大型の種もいる。
だから何代もの間、少しずつ森を削り人の行動範囲を増やしていった。森を失くさないように、でも人が移動できるように。慎重に動いた結果、時間がかかったのだ。
ようやく隣国の辺境伯領との間に、往来できるような道ができたのが、お母様が領主の時代だった。
その時以来、交流がある。
とはいえ国同士の付き合いではなく、フォートレル辺境伯家とアマディ辺境伯家という局地的かつ私的なものだ。
そして交流を持ったら、向こうの国もこちらの国同様、中央貴族と辺境の乖離が進んでいた。
両親の結婚に国王からの横槍が入ったことで、我が家を含む南の辺境は中央から距離を取り始め、逆にアマディ家との交流が盛んになって今に到る。
東の辺境伯家であるマンティアルグ家もアマディ家のことを知っているが、中央におもねる気が一切ないので報告する気がない。むしろ積極的に二つの辺境伯家の交流を応援している状況だ。西と北の辺境伯家は中央寄りで付き合いがないため、こちらから何も知らせていない。
「初めましてルイーゼ。マリエ=オリオールです。勉強は苦手だけど、見捨てないで教えてくださると嬉しいわ」
「大丈夫よ。私は勉強が好きだけど、辺境では少数だもの。勉強が好きなんて言ったら奇異な目で見られることも多いわ。むしろ勉強が得意な人の方が少数じゃないかしら」
良かった。勉強が嫌いなのが私だけではなくて。
お兄様もフォートレル家の兄弟も勉強ができる方だったから、実は肩身が狭かったのだ。
「生活に役に立つことを知らなければ、勉強に興味が持てないと思うの。だから生活の中でどうやって使えるのかを考えながら学んでいきましょうね」
そう言ってルイーゼはにっこり笑う。
その笑顔はとても可愛らしくて、同性ながら思わず心がときめいた。




