09. 辺境の王弟 ~父の後悔~
前半はドミニク(ジョルジュの兄、ミラボー公爵の長男)視点、後半は王太子視点です。
あの日、朝日が昇ると同時に姿を見せた土壁が、父を無気力にした。
昨日まであった森の、その手前に突如としてできた岩崖は地平の彼方まで続いている。
二度に渡る軍勢に、辺境側が嫌気を差して作ったのだろう。どうやって作ったかはわからないが。
調べたところ、西側は森のそこそこ深い場所が端で、東側は海岸線まで続いているようだ。
非常に硬く見上げるほど高い崖は、隧道を掘るのも難しい。雨水が石を穿つように、小さく少しずつ削ったところで、辺境が邪魔をすればご破算だ。土の魔法結晶を使えばどうにかなるとも思えない。当然のように対策済であろうから。
かといって森を経由しようとしたところで、人が立ち入るのが難しいような奥のこと。魔獣に襲われて生きて森を出るのは叶わないだろう。
海に出るのも無謀だ。
昔は海の向こうの大陸と交易があったというが、暴走した魔獣の行く先は海だった。数えきれないほどの魔獣が崖から落ち、溺死あるいは墜落死した。
その死体を食らった海に生息する魔獣が大型化、凶暴化して海に出るのが叶わなくなったのだ。
今では魔獣に慣れた辺境の住人でさえ、ワイバーンに乗って陸から少し沖に出たくらいの場所を飛翔する程度である。
いずれ自分たちに有利な形で和解を求めてくるだろう。辺境に鉱山はなく、薬草などの売り先もないのだから。といった希望的観測が消えた。
本気で中央と袂を分かつ心算だと、見える形で証明したのだ。
――もしかしたら九死に一生を得て、ふらりと帰ってくるかもしれない。
一縷の希望を持っていた父の心が折れた。
既に当主の座を退いていたのは、良かったのか悪かったのか。
暇を作っては居間から森を眺め、たまに森のすぐ近くまで散歩にでかけていたのが、今では崖を眺めながら涙を流す日々が続く。
最近は私も、家を守る必要はあるのだろうかと思案する日々だ。
子はいない。弟も帰ってこない。
父が臣籍に下ってできた最も新しい家門である。血筋こそ貴いが、残す必要はない。
辺境に転封されるのと同時に、友人が減っていった。
居を辺境に移してからはすべての友人と縁が切れた。
だが淋しいとも空しいとも思わなかった。
所詮、貴族の付き合いとはそういうものなのだ。
王都では第二王子と第三王子が相次いで薨去され、王子たちによる権力闘争は終わりを告げたかに見えた。崖を作られる原因になった二度の戦役が原因で。
しかし父が指摘した通り降嫁した王女が参戦して、相変わらず先が見えない。
こちらに移って良かったと唯一思うのは、継承争いに巻き込まれなかったことだけだろうか。骨肉の争いの様相を呈したそれは、支持陣営の反対側に排除されるだけなら僥倖で、死んだ方がマシな殺され方も有りえるほど、水面下で苛烈な争いを繰り広げているようだった。
辺境の我が家には既に関係ない話だが。
「――父上、帰りましょう」
「…………そうだな」
岩崖を見上げる背中に声をかけた。
もう何度目のやり取りかわからない。
崖のすぐ麓まで行ったところで、割れて道が出てくるのは物語の中だけの話だ。
わかってはいるのだ、父上も。
だけど行かずにはいられない。
森を抜けるどころか、到達するのも目にするのも難しい今でも、森の向こうの辺境の地に行こうと藻掻いている。
影は長くなりつつあって、急がなくては陽が落ちてしまう。
こんな辺境とはいえ、夜ともなれば盗賊が出てもおかしくない。後悔の海に沈む父上を見るのは忍びないが、だからといって惨殺されても仕方がないとは思っていなかった。
姿を消す度に追いかける日々は、私の心も消耗していく。
そして――――――。
* * *
「ミラボー公爵領にスタンピードが発生した?」
森から隔絶された場所で、魔獣が暴走するようなことはあるだろうか?
少し前、岩崖ができる前であれば、国内で可能性の高い場所の一つだった。
しかし今の状況であれば、西のオラール辺境伯領だろう。何せ森に一番近い。
とはいえ環境が変わったのが原因で生態系が乱れた結果というのは否定できなかった。
辺境によってつくられたと思しき岩崖は、人の往来を阻む目的のもので、その西端は森で途切れているらしいと報告が上がっている。実際には森の奥過ぎて、生きて戻るのが難しい場所のため確認できていないが。
そんな訳で崖沿いに魔獣が暴走しても、あり得ないというほど否定できないでいる。
「領主館と、移住者の村が二つ、呑み込まれたようです」
続く報告を聞いて、溜息しか出てこなかった。
魔獣に蹂躙された村は森で薬草採取を行う者たちの村だった。だからほかの集落よりも森近くに作られていた。
半端者たちの集団だったが、存外居心地は良かったらしい。村を捨てる者がいなかったと聞く。
領主館は当初、領地の中心付近にあったが、より森の近くが良いと叔父上が希望して新たな館を建てていた。歩いても一刻どころか四半刻もかからずに行けるような至近だ。
使用人たちが怯えて、全員が通いになったが叔父上もドミニクも気にしていないどころか、家族だけの生活も悪くないと気に入っている様子だった。
「それで……?」
「領主館は一応、魔狼の群れに囲まれても大丈夫な造りになっておりましたし、食料の備蓄もございます。水路も近くの河川から引いておりましたから、一か月程度は持ちこたえられる状況でしたが……」
側近が声を詰まらせる。
そういえば、ミラボー公爵家とは家族ぐるみの付き合いがあった。ドミニクとは幼馴染の関係である。彼らが辺境に転居してから付き合いが切れたとはいえ、魔獣に食い殺されても気にならないほど、無関心ではいられないのだろう。
ほんの僅か声を震わせたあと、何度か呼吸を繰り返してから報告を続けた。
「魔狼の群れがしばらく村の内外をうろついて近寄れなかったようです。半月ほどうろつき村人を全滅させ終わった後、立ち去ったようです。領主館はそれ以前に焼け落ちています。火で撃退しようとして、当時は風が強かったようですから、屋敷に火が燃え移ったのだろうと。獣の身体に付着していただろう雑草の種が残骸を埋め尽くすように芽吹き、地面が見えにくくなっていたようですが、村も領主館も建物にはべったりと血の跡があったようです。生きてはいられないでしょう」
「そうか……」
叔父上が私を支持したのは長男だからという一点からだ。
何よりエンゾと違って正妃の母を持つのも大きい。
国王の異母弟として幼いころから兄を尊敬し、長じては後の家臣として一歩引いた、どこまでも弁えた人物であった。
王族らしい傲慢さと謙虚さ、本来の気質だろう温厚さが混じり合った雰囲気は嫌いではなかった。次男のことになると、人が変わったように愚かになるところは辟易したが。
――身罷られたか。
心のどこかにぽっかりと穴が空いたようだった。
そういえば打算なしの好意を向けられるのは、叔父上とその息子たちだけだったな。
野心がないだけでなく、顔色を窺わなくても良い立場だから為せることだったのだろう。
しかし存外、悪いものではなかった。
「惜しい人を亡くした」
「そうでございますね」
少しだけ感傷的な声が出る。
今日、この昼下がりだけは叔父と従弟を悼むために時間を費やしても、許される気がした。
リクエストされた中央側のストーリー完結です。
2章と3章は時系列がほぼ同じで、9話は崖を作ってから半年程度後になります。
途中かなりの時間、お待たせしてすみません。
誤字脱字のご指摘、感想ありがとうございました。
とても励みになりました。
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新作を投稿しました。
お時間があるときにでも読んでいただけると嬉しいです。
『貧乏伯爵家のご令嬢様と強面王宮官吏様』
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