13. 断絶と国作り
本日2話目の投稿です。
「いっそのこと、攻めてこられないように森の外側に大きな障害を作ってしまうのはどうかしら?」
「というと……?」
「城壁とか、断崖とか」
第一城壁くらいの高さの崖があれば、ワイバーンのない中央は越えられない。接触を完全に断ちたくないなら、裂け目の一つでも作っておけば問題ないだろうと思う。
「接触しようと思えばできなくもない、微妙な距離感では争いしか生まないなら、もう関係を断つしかないんじゃないかって」
ランヴォヴィル領の村人が薬草を手に入れられなくなるのが困ると思っていたから、考えないようにしていた。
でももう無理なら、中央が諦められるような物理的な何かを作ってしまえば良いのではないかと思う。
「今までは中央側が森の恵みを得られないと困るからと言っていたけど、何年経っても森に入るような村人はいなかったもの。入ってくるのが争いのためだけなら、立ち入れないようにしてもいいかなって」
国王の使者がジャックやカミラを引き連れてきた後、確実に絶縁できるように森の外に城壁を作るという案もあったのだ。でも一番、質の高い薬草が手に入るのが王都から見て南西から南にかけての森だから実行しなかった。薬が手に入らなくて死ぬのは、いつの時代でも平民だから。
だけどこれほど森を傷めつけ、辺境にとって害にしかならないのなら、もういいかなという気になった。
「案外、その方が良いかもしれないな」
お父様が私に同意し、次にフォートレル辺境伯や司令官、マンティアルグ辺境伯も賛同してくれる。
「城壁を作るか……?」
「でしたら崖はどうでしょうか? アド川に沿って辺境側の岸壁に沿う形では?」
司令官の提案は、随分と中央寄りに境界を作るというものだった。辺境伯領を流れる川の上流は全て森にあり、中央に上流を持つ川はない。森の外の川といえば、森に源流があり西の辺境を抜けランヴォヴィル侯爵領や更に東の領地を流れた後北の辺境伯領から海に辿り着く。以前は北の辺境伯領ではなくマンティアルグ辺境伯領に流れていたらしいけど、スタンピード以前に川の少ない北の辺境伯領地に流れを変えたと聞いたことがある。
アド川上流、森を抜ける辺りは急峻な上に川幅があり渡河は難しい。また森自体が深く国内で最も原初の森に近い場所であり更に上流に向かうのは避けられる。もっと下流のランヴォヴィル侯爵領では畑などの水源として使われている。かの領地では川の南岸を辺境と見做して、野蛮な土地扱いであり誰も住んでいない。東の領地でも同様だ。
だから領主の面子を潰す以外に影響はない。
とはいえ……。
「結構、領地の端から距離があると思うのだけど……?」
「放牧地としてすら使われていない、中央人が見向きもしない土地です。我々が利用しても問題ないでしょう」
王都周辺は過密だけどそれ以外は村はまばらだ。ワイバーンで上空を飛んだときに、随分ともったいない扱いの土地だと思ったことはある。スタンピード以降、人が減って人が住む土地よりも住んでいない土地の方が多い。元から人の少ない地方だったらしいから、森の恵みを必要としなければ、街道の整備がいい加減で辺鄙な土地に住むより、もっと王都に近い土地に住みたいのだろう。
「本来なら領地間の戦争になるんでしょうが、こちらが辺境から出ない限り戦いにもなりはしないでしょう。我々が中央側の森の手入れを止めてからも一向に森に入らなかったのだから、どうでも良い話でしかないかと」
「森でしか手に入らない薬草などは西の辺境で間に合うということだな……」
お父様や辺境伯二人が考え込むけど、長い時間は必要なかった。
「付き合いが切れて久しい相手を気遣う必要はないな」
フォートレル辺境伯の一言で決まったけど、心の中ではきっと全員が以前から「もう中央との付き合いはいらないかな」と思っていた気がする。
五日後、私はアド川流域に来た。
対岸にはランヴォヴィル侯爵領の村があるから、作業は村人が帰宅する夕暮れ時だけだった。とはいえ土の魔法結晶を間隔を空けながら埋めるだけだから大した労力ではない。
別に昼間に堂々とやっても良かったけど無駄に目立ちたくなかったし、不必要に争う必要もない、そういった判断だった。
私は埋められた魔法結晶を道標にしながら全力で魔法を行使するだけだ。百里以上の地面の隆起になるから、魔力を補う意味でも有用だった。
「行くよー!」
合図代わりに声をかけると魔法結晶に込められた魔力も使いながら一気に地面を隆起させた。
攻城兵器で崩されても良いように、それなりの幅を持たせている。雨風に曝されて削られたり崩れたりしないようにそれなりに硬くしている上に、定期的に魔法で強度を維持する予定だ。
出来上がったばかりの崖は目視できないほど先まで続いているから、成功しているかどうかはわからない。
だから確認用の人が何人も配置され、次々と問題なしという報告が上がってくる。最後の報告を聞き届けた後、ほっと息を吐く。
地響きが凄かったから村人たちは何事かと思っただろうけど、既に辺りは暗いから確認できない筈。翌朝になって川向うに断崖絶壁が出来上がっていて吃驚するだろう。
* * *
「全部、終わったのね」
第一城壁から作ったばかりの崖を眺める。二つの城壁よりも高くそびえ立ち幅もあり、台地と言っても良いような地形だ。
防衛線は大幅に領地から遠ざかり、人為的な森林火災を気にする必要もなくなった。崖の西端は森の端と重なる程度とはいえ、川が作った急峻な地形と相まって、危険視するような状況にはない。東端は海までだけど、こちらも海中に棲息する魔獣の影響で船を出せないから、中央側が空路を行く手段を手に入れるまでは安全だろう。
「カミラは中央に帰りたいかと思ってたけど、結局ジャックと二人して残ったのは意外だったわ」
二人は互いに相手が辺境に残っているのは知らない。特に聞かれなかったから言わなかった。元々、義理の姉弟になるかもしれないという程度の関係であり、顔見知りではあるけど友人と言って良いのかわからない程度の付き合いだったから。
「俺たちが独立したから、以前以上に中央で居場所がないんだろうな」
「そうかもしれないね……」
辺境は独立した結果、中央という存在がなくなったのに辺境を名乗るのはおかしいし、旧国名であり続けるのもどうかという話になって国名を改めた。
これから隣国と正式に付き合うことを念頭にしたものだ。
新しい国の名はファルディス聖国。かつて存在したファルディス教団から付けた名である。原初の森を信仰しつつも、宗教団体というより森の専門家集団としての側面の強い団体だった。スタンピードの発生以降、急速に勢力を落とし自然消滅したが、かつての神官たちは辺境の家臣と形を変えながら、変わらず森の専門家であり続けた。
現在の家臣たちは家長が全員、副伯と名目上も貴族階級になった。とはいえ領地はなく、仕えるのは国であり官吏という側面が強い。その中でも特に魔力量が多く魔法に長けた者が神官として行政に携わるのではなく、かつての森の専門家と同じような生業を専門に行う。初代オリオール伯爵が特級神官として所属していたところでもある。
辺境伯二家とオリオール伯爵家は大公家になり、王を抱かず、国政は三家によって執り行われることになった。またオリオール伯爵家の当主はファルディス教団の大神官という立場も持つ。
我が家は兄貴分のフォートレル辺境伯家の庇護下から独立した形になったけど、今までとあまり変わらないような気がする。
行政は今までも実質独立した形で、三家の共同統治的な形で何ら問題が出ていなかったから、これからも継続していく。一度に全てをきっちり決めるのではなく、骨組みを作って運用して、問題があれば変えていく方針なので、独立以前と変わらないことの方が圧倒的に多い。
隣国が今後どうなるかわからないから、今のようにキエザ辺境伯領とだけの付き合いが続くのか、正式に隣国と国交を結ぶのか、それともこちらと同じように隣国で辺境と呼ばれる地方が独立した後に、正式に付き合うのか未定だ。
「まさか国の頂点に立つなんて、ご先祖様も思っていなかったよね、きっと」
「そうだよなあ、元は子爵だったもんな」
スタンピード以前、フォートレル家は辺境伯ではなく子爵だった。
元の領地は魔獣に蹂躙されて森に呑まれたけど、異変にいち早く気付いた当時の領主や神官たちの助力があって、殆どの領民が東に逃げた。国の南部は特に被害が大きく平民だけでなく貴族の多くも命を落とし、複数の領地で統治者不在になった。結果、複数の領地をまとめて統治することになり、領地の大きさと森から国を守るという役割から辺境伯に陞爵されたのだ。一応、隣国との間で国境を守るという意味合いもあったけど、森の脅威が大きすぎて隣国の件は取って付けた感がある。
「元子爵家の令嬢がうっかりすると女王になるところだったんだもの、吃驚だよね」
そう最初は大公ではなくオリオール家の当主を女王と仰ぐ国にという案があったのだ。押したのはマンティアルグ辺境伯改めマンティアルグ大公。
フォートレル大公と次代のセザールも賛同し、お父様と私が固辞してほかの二家と同列に収まった。女王なんて無理だからほっとしている。
「王都を出てから長かったけど、これで気持ちも落ち着くね」
「暫くは森に潜む敵兵を気にしないと駄目だけどな」
非戦闘員であるカミラやジャックでさえ、森を越えて辺境に流れ着いたのだから、中央の将兵が森に潜伏するのは容易だろう。特に兵士狩りをしていないから実力があれば生き残れるだろう。
「北の森は少人数で入らないようにしないとね。村人が薬草を採りに行くのは不便かもしれないけど……。森に行けないってエーヴが泣いてたわ」
想い人の件とは別に、年の離れた従妹は穏やかな気質で血を見るのを嫌う。敵兵が潜んでいるかもしれないと聞いただけで尻込みしてしまうのだ。
「西の森は危険度が高いし、南は少し遠いからな……」
今まではワイバーンに乗らなくても気軽に行けた近場に行けないのは淋しい。可哀そうだと思うけど、直ぐにどうこうできるものではなかった。
「しばらくは南にでも誘おう」
そう言ってクロヴィスは言葉を一旦区切った。
「小さなお姫様を案内するために、まずは我々だけで現地調査は如何でしょうか?」
エスコートをするように手を差し出された。
「喜んで」
自分の手を愛する人の手に乗せて笑みを返す。
前線に行く姿を見送ったときとは違って、再び二人だけで森に向かえるのはこの上なく幸せだった。
本編完結です。
4月10日頃完結予定でしたが、実際には本編完結までしか書けませんでした。すみません(汗)
(現在、中央編2話目執筆中)
エーヴの初恋は、彼女が成人年齢になるまではお預けです。
(子供の気持ちに応えるのが、恋愛における大人の役割ではないと作者が思っているので)
マリエたちの旧母国、実はセファティス王国という国名がありましたが、結局出さずじまいで終わりました。




