国王の憂鬱、王太子の激憤
国王の使者が王都に逃げ帰った話です。
元のストーリーでは、東の辺境伯家であるマンティアルグ家まで、王家との契約破棄に繋がるのはちょっと強引すぎるため、『08. 再開と決別』中の会話シーンを一部修正しました。
(話の筋は変わりません)
連載再開にあたり、10話目のサブタイトルを「エピローグ」から「聖女の結婚」に変更しました。
「辺境が陛下に従いませんでした」
怒りを滲ませ、しかし父とはいえ国王の前で無礼な真似はできぬと冷静を装いつつ報告した。
以前から南はほかの辺境伯家よりも生意気だった。魔法結晶の一大産地だからなのか、聖女の血を引いているからか不明だが、不遜な態度であり、許しがたいものがある。
「それで……何がどうなって盟約の破棄になったのだ」
私が謁見室に入ってから変わらない難しい表情のまま、経緯を話すように促された。
「ミラボー家のジョルジュとバルト家のカミラと再婚約するように命じました。それと献上する魔法結晶の数を増やすようにと。追々、魔石や薬草なども献上するように命じる予定でしたが、まずは最低限、彼らが王都を引き払う前の状況に戻そうかと」
いずれ自分が即位したときに生意気を言わないように、今の内から手綱を引き締めなければと思っていた。
彼等を野放図のままにしてはおけない。きちんと主従の何たるかを仕込まなくてはいけないと。
だが――
「全てを拒否したのだろう?」
「はい――」
忸怩たる思いだ。彼等があれほど傲慢だったとは……。
「だから言ったであろう。あれらは強硬であると。ほかの貴族たちと違って恭順などせぬ。頭の痛いことだが、国王の命によって領地を与えられた全ての貴族家が、どれほど王家に忠誠を誓い従っていたとしても奉ろわぬ」
南の辺境家の領地もほかの貴族同様に、国王陛下から預けられたものである。初代国王によって封じられたのだ。
「あやつらは身の程知らずではあるが、無力ではない。むしろその逆でほかにない力を持っている。森の浸食を防ぎ、魔獣をどうとでもあしらえる。魔法結晶もだ。だが我々にはそういった脅威に対抗する力がない。出ていけと言われて本当に出ていったとして、あれらは森の中でも生活できるだろう。だが我々は? 森の管理をしなくなったとして、森が北上し集落を呑み込むまで長い月日がかかるだろう。だが魔法結晶を始めとする献上品は? そういったものを差し出させるためにも、上手くやらねばならなかったというのに……」
「しかし……だからと言ってのさばらす訳にはいきません!」
国王を敬わない連中に、釘を刺さなくてはいけない。言い聞かせわからせる必要があるというのに。
だから弱腰ではいけないのだ。
「頭ごなしにガツンと行かなければ良かったのだ。諭してやるとか懐柔するとかだ。少なくとも中央貴族を置いておけば、指示役としても情報収集役としても役立っただろう」
大きな溜息をつくと言葉を続ける。
「一度で全てを終わらせようとしたのが拙速だったと言っておるのがわからぬとはな……」
言い終わると特大の溜息をついた。
「だから物の道理を知らぬ田舎者だと予め言っておいただろうに……」
国王は再び溜息をついた後、私を追い払うように手で払う。
父子であり王太子であるとはいえ、私は臣の一人に過ぎない。退室しろというなら御前を後にするしかなかった。
* * *
――クソッ!
王族らしからぬ悪態を口に出さない程度には感情を抑えられたが、しかし口汚く罵りたい衝動を抑えるまでには、自分を制御できなかった。
ムカムカとした気持ちを抑えられないまま、王太子の執務室に足を向ける。
今後、辺境との全面戦争になっても良いように、王城と王都を守る城壁の補強は既に終わらせてある。特に王都外周には聖属性の魔法結晶を使った結界も施してあるから、万が一の場合にもギリギリなんとか耐えられるだろう。少なくとも国内のどこよりも安全にはなっている。二百年前ほどの大規模なスタンピードが来ない限りビクともしない筈だ。
だが……。
魔獣の脅威がなくなったとはいえ、薬の供給不足は如何ともしがたい。ほかの魔獣素材――革は軽装鎧の素材としても、馬具としても最高級品である。
今すぐには困った事態にはならないだろう。商人共の倉庫にはまだ在庫がそれなりにあるのだ。
しかしこの状況が五年、十年と続いたら、王都は立ち行かなくなる。
私が玉座に就いたときに、治める国土や民がいないのでは意味がないのだ。
王国最初期と違い国土の広がりはないが、内政に力を入れ豊かになってきていた。現在の国王――父上の時代を除いて。私は停滞を招いた父と違って、富ませる王にならなくてはいけない。
――次の一手を……。
考えなくてはと思ったところで、前から人影が近づいてくる。片方だけとはいえ血を分けた存在だが、神経を苛立たせるだけの存在だ。
「早いお戻りでしたね」
にこやかな微笑みの奥に獰猛さと陰湿さを潜ませているのは、生まれの違いだろうか。第二妃の子だというのに、第一妃の子の私に立ち向かい、隙あらば追い落とそうとする不遜なヤツだ。
「何やら南の方ではご活躍だったとか」
目の奥の闇がより深くなった気がする。
成果の出なかった辺境だ。愚鈍であっても嫌味だと気付くほど直接的な嫌味だ。
――貴族的ではない言い方だ。
所詮、母が正妻ではない、身分の低い女の子供か。
名門公爵令嬢だった第一妃と、侯爵令嬢とはいえ家格は低く伯爵家とそう変わらない家の出身の第二妃。爵位はたった一つとはいえ、身分に大きな差があった。
特に実家の豊かさは段違いだ。王族に嫁ぐのに恥ずかしくないほどの嫁入り仕度ができる家と、王家からの資金援助によって傾いた身代を戻した家の違い。
美貌を買われて妃になっただけあって、非常に整った顔をしている。その母親によく似て第二王子も顔の造形だけなら私よりも良かった。学院時代はとても女子生徒からモテたらしい。歳が離れているから伝聞でしか知らないが。
しかし頭の出来はお世辞にも良いとはいえず後ろ盾も弱い。
なのに私に対抗し、追い落とそうと虎視眈々と狙っている、阿呆か。
「兄上では下々の目線に立つのは難しいでしょう。次の辺境との交渉は僕がしましょうか?」
提案の形をとっているが、実際のところ「高慢で上から目線だから失敗するのだ、馬鹿。手本を見せてやろうか?」と言っているのだ。
「必要ない。そもそも王太子ではないお前なんかに、陛下が委任状を託されると思うな」
言い捨てると再び執務室に向かって足を踏み出した。留まって相手をしてやる価値もない。
――いや、無価値なのを知っていながら付き合ってやった私の落ち度か。時間を無駄にするのがわかり切っていたのだから。
それにしても事ある毎に対抗心を露わにしながら向かってくるから鬱陶しいことこの上ない。
――暗殺するか?
羽虫のような男だ。脅威にはならないが、近くに来られると目障りで仕方がない虫。
私になり替わろうと、陛下に自分を売り込んでみるが、悉く失敗し続け、一度として成功したことがないのに性懲りもなく突っかかる阿呆。
――事故死……いや病死の方が自然か。
久々に第二王子に対して建設的な考えに至り、気付かぬうちに口元が綻んでいた……。
多分、読者の知りたい王都の様子から外れたエピソードだと思いますが、結末に至るまでの段階が必要だと思ったので、こういった内容になりました。ご了承ください。
2章本編はまだ執筆中のため、とりあえず書きあがった幕間のみ先行公開します。
今月中には完結できるように努力しますので、続きはもう少しの間おまちください。