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01. 食堂での婚約破棄

「マリエ・オリオール! お前との婚約を破棄する!!」

 学食の真ん中には不釣合いな大声が響き渡る。


 私は声の主を見た。


 ジョルジュ=ミラボー、公爵家の次男だ。父親は王弟でもあるミラボー公爵。対する私は国の南端に近い領地を持つ、オリオール伯爵家の長女であり跡取り娘。

 私たちは二人が四歳のときに婚約した。貴族の子女が通う王立貴族学院を卒業したら、結婚してオリオール伯爵領に住むことが決まっている。


 いや決まっていたと言った方が良いかもしれない。


 たった今、婚約破棄を叫ばれたからではなくて、それ以前からもう二人の関係が駄目になっていたから。

 私たちの婚約は国王主導で決まった。いわゆる政略結婚というものだ。辺境から得られる恵みを欲する中央貴族の欲が前面に出たものであり、辺境側としては断りたい案件だった。


 魔獣の影響が大きい辺境伯家やその分家である我が家には、婚姻に関する自由裁量権がある。例え国王陛下であっても結婚相手を押し付ける命令はできない。可能なのは辺境側が気に入るであろう相手を紹介し、見合いの場を用意するところまで。

 でも初めて会った頃のジョルジュはとても優しい子だったから、すぐに打ち解けて婚約が成立した。


 私とジョルジュが四歳の時だ。

 ジョルジュは一年の大半を王都ではなく、オリオール領で過ごした。私たちは寝るとき以外ずっと一緒だった。勉強も遊びも。


 だけど十歳になる前後から勉強が忙しいからと、オリオール領に来ることはなくなり、私たちの仲は急速に冷えていった。一度、王都に行くお父様についていって、ジョルジュに会いにいったけど、彼はそっけない態度をとるようになっていたのだ。


 今では険悪と言っても差し支えないほど、二人の仲は冷え切っている。

 王都やその周辺、いわゆる中央は私たち辺境を野蛮だと莫迦にする風潮がある。ジョルジュも成長と共に、そんな考えに染まってしまったのかもしれない。


 確かに辺境は魔獣が多くて危険だ。


 でもその分、恵みも多い。魔獣は獰猛なのが多いけど、皮や牙は良い素材だし、魔力の多い土地で育つ薬草は魔法薬としての効果が高い。魔石の鉱脈の大半は辺境だ。王都が豊かで安全に暮らせるのは、辺境から送られる物資で得られるものだけど、中央の人間はそれを判っておらず、野蛮な田舎者と見下す風潮は年々広まっている。

 結果、少しずつ辺境と中央の距離が離れているのだ。


 私とジョルジュの心の距離も同じ。

 二人の心が通うことはもうないだろう。既に私たちの間には広くて深い溝が出来上がっている。


 どうしてこんなことになったのだろうと悩んだこともあったけど、もう遠い記憶すぎて、楽しかったことはぼんやりとしか思い出せない。最近はどうやってこの婚約を終わらせるか、それだけを考えていた。

 だから向こうから言い出してくれて正直助かったとしか思えなかった。


 ――これで私は自由になれる。


「婚約を解消するのは構いませんけれど、ミラボー公爵は了承しておりますの?」

 こんな貴族の子女が通う学院の食堂で婚約に関する話をするのはどうかということと、食堂内にいる全員に聞こえるような怒鳴り声を響かせる無作法を気にしながら確認する。


 我が家の方はとっくに婚約解消の方に舵を切っているから、あとは相手方の考え方一つだ。未成年のジョルジュではなく、現当主の父親が了承しているのなら、滞りなくこの関係を終わらせることができるだろう。


「勿論だ。魔法結晶の採取量が減り、逆に周辺領での採取量が増えている今、オリオール伯爵家との婚約に意味はない」

「まあ、そうでしたの。でしたら正式に婚約解消をいたしましょう」

 私は微笑みながらジョルジュに応える。


 魔法結晶、文字通り魔法そのものが結晶化したものだ。

 それこそが私とジョルジュの婚約が整った理由に他ならない。


 魔石と違って中に蓄積された魔力を使い切った後、再び魔力を込めて使うことはできない使い切りの結晶体。

 閉じ込められている属性の魔力しか取り出せないため、それぞれの属性の魔法結晶を用意しなくてはいけないとか、取り扱いが難しく魔法制御に長けた人にしか使えないとか、魔石のように繰り返し使えないなど、使い勝手はかなり悪いものの、魔石の百倍以上という魔力量から需要は高い。


 成人男性の親指ほどの土属性の魔法結晶ひとつで、王宮を丸ごと補修と補強が可能だ。畑に使えば集落一つ分ほどの広さの畑が、数年に渡って滋味豊かな土地に変わる。


 魔法には五つの属性――火、水、風、土、聖があり、魔法結晶にも同じだけ種類がある。

 需要はあるけど数は少ない。鉱石や魔石のように鉱山から採掘できるようなものではないからだ。鉱脈など関係なく、時々、土の中から現れるものを採取するだけ。


 雨上がりに地面から顔を出しているかと思えば、炭鉱から石炭に混じって出てくることも。発見場所に統一性はない。

 一番多いのは国境付近の森の中で、雨上がりに結晶の一部が土から露出した状態で発見されることだ。


 その昔、大陸中を人々が往来していた時代があった。

 しかし二百年前、魔獣のスタンピードが大陸を蹂躙した。国が滅び人が死に絶えるかと思ったその時、とある神官が強大な魔力を練り結界を張ったことで、辛うじて人は生き延びた。


 その時の結界が限界を迎えて結晶化して飛び散ったものが、魔法結晶の由来だと言われている。

 だから魔法結晶は辺境で発見されるのだと。


 一大産地はその中でも国の南端に近い我が家、オリオール伯爵家の領地だ。

 それで国王が我が家と深い結びつきを持つために、同い年のジョルジュを婿入りさせようとしたのだった。


 しかし近年、オリオール伯爵領での魔法結晶の採取量はゆるやかに減っているのに対して、近隣の領地での採取量が増えている。私たちの婚約に旨みが無いと、王家が判断する程に。


 二人の婚約が清算されるのは時間の問題と言われていたから、申し出自体に驚きはない。

 まさか昼休みの食堂で言い出すとは思いもよらなかったけど。


「お前なんかに関わっていた自分が恥ずかしい! 今すぐ婚約破棄だ!」

「まあ、では今すぐ手続きに入りましょう! 午後の授業も昼食も後回しにして、できるだけ早く!」


 ミラボー公爵が了承しているということは、王家、ひいては国王が了承しているということ。

 遠慮することはない。


「今すぐ手続きを行いたいと思いますから失礼いたしますわ」

 私は晴れ晴れとした顔で言い切ると食堂を後にする。

 きっとすごく良い笑顔だったと思う。最近の憂鬱が前面に出ていた顔と違って。




 婚約解消の手続きはとても早かった。

 伝達魔法で町屋敷から馬車を呼ぶとともに、ミラボー公爵家に先触れを出す。


 我が家は当主だった母が儚くなってから当主不在で、父が代理の立場だ。

 本当なら婚約など家の問題は父が行うところだけど、あいにく領地に居て王都不在だから、次期当主である私が対応する。

 私にはお兄様がいるけど、オリオール伯爵家の当主は代々女なので私が次期当主なのだ。

 学院から着替えもせずに、そのまま公爵家に向かい手続きを行った。


 私はまだ未成年だけど次期当主であること、領地と王都は距離があり行き来が大変なこともあって、王都滞在中の家族が、当主代理――今の状況では代理の代理だが、の権限を持つ。

 そんな訳で私が手続きを行うことに何の問題もない。

 ミラボー公爵家の応接室で、婚約時に取り交わされた契約書を手続きに則って破る。


 ――パリン


 頭の中に繊細な玻璃細工が割れたような音が小さく響いた。

 魔法契約が破棄された音だ。関係者全員にも聞こえただろう。

 当主代理である父や、媒酌人である国王、婚約の当事者の一方であるジョルジュにも。


 王家から派遣された立会人の元、魔法契約を以てなされた婚約は解消された。

 私たち二人が四歳のころに結ばれ、順調に仲を深めた六年と、徐々に関係が冷えていった三年、そして修復不可能なまでに険悪になった二年を経てあっけなく。


「では、私はこれで」

 手続きを終えると早々に席を立つ。長居をする気はなかった。十年以上に渡って何度も訪れた屋敷だが、もう二度と来ることはないだろう。


「父上、もう終わりましたか?」

 立ち上がったところで、ジョルジュが帰宅して部屋に入ってきた。私の方を一瞥もせず、父である公爵の方に向かう。全て終わったという公爵に、満面の笑みを浮かべた。


「これでセヴリーヌと婚約できますね!」

 名前を出したのは、先ほど食堂でジョルジュの横にいた女子生徒だ。バロー公爵家の一人娘で、次男であるジョルジュ様が婿入りするのに都合が良く、爵位といい家格といい、我がオリオール家よりも釣り合っている。

 何より貴族らしいおっとりとした見た目や室内で刺繍やお茶会を好む性格の淑女だ。


 ワイバーンを乗りこなし、魔獣と戦う私とはまるで違う。

 相容れない存在なのか、同級生を煽って私に嫌がらせをする中心人物でもある。見た目と違ってたおやかさはない。

 陰湿なのが王都でいうところの、たおやかさや女らしさであるのなら別だけど。

 私は振り返ることもなく公爵邸を後にすると、そのまま馬車に乗り込んだ。

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