9:うわぁぁぁぁぁ!
スクリーンで女性客を魅力する映画俳優に“すれ違っただけで妊娠しそう”なんてキャッチコピーをつけられたラテン系の男優がいた。同じように。目の前のエキゾチックなフェロモン全開男子は、“手に触れられただけで妊娠しそう” “声を聞いているだけで妊娠しそう”と形容したくなる。
「わたしはイミル・サハリア。サハリア国で一番歴史の長いサハリア一族の一人であり、次期当主だ。美しいレディ、そなたの名を教えていただけないだろうか」
そう言うと、私の手を自身の額にあて、ゆっくり離した。
「うわぁぁぁぁぁ!」と声を出しそうになるが、それは呑み込む。この方は間違いない。サハリア国を代表する三つの大富豪の筆頭、国名にもなっているかのサハリア一族だ。しかも次期当主! とんでもない御曹司だ。
もう心臓が口から飛び出しそうになる。だがここは、彼の経歴にひけをとらないスーパーサラブレッド公爵令嬢として、落ち着いて返事をする。
「初めまして、イミル殿下。私はリケッツ国のスピアーズ公爵家の長女、ヴィクトリア・サラ・スピアーズと申します。……第二王子ネイサンの婚約者でもあります」
本当は言いたくなかった、ネイサンの婚約者であることは。
だがイミルは、サハリア国の代表となる身なのだから、嘘はつけない。
彼が代表になる頃、私はネイサンの婚約者ではないだろうし、なんならイミルの国の砂漠で野垂れ……。
そこで気が付く。
ここでイミルと仲良くなれば、助けてもらえるのでは……?
国外追放により、身一つで彼の国の砂漠に放逐された時に!
「リケッツ国の姫君だったのか……! だが、そうか。第二王子の……。残念だ。実に残念だ」
残念? 何が残念か分からないが、断罪の救世主を見つけたのだ。ここは話を合わせよう!
「ええ、私も実に残念です……」
するとイミルは、黒水晶のような切れ長の瞳を煌めかせた。
「そうですか。ヴィクトリア公爵令嬢もそう感じてくださっていると……。それはとても嬉しく思う。そなたにこうやって会えたこと自体が奇跡。もしやが起きるかもしれない。……ところでなぜそなたはここに?」
そこで今日、このアドルアルゼに到着したばかりであること。ホテル探しの最中であり、ここがとても良さげだった。そこで泊まれないか訪ねたところだったと話した。
「そうであったか! 遠慮せず、このホテルに好きなだけ、滞在して構わないぞ、ヴィクトリア公爵令嬢!」
「え、そうなのですか!?」
「連れている使用人も多いから、貸し切りにしている。だが使っていない部屋も多い」
よく見るとイミルの背後には、沢山の要人警護をしているらしい人物の姿が見える。皆、一様に揃いの白のトーブを着て、腰に剣を帯びていた。その数……二十人近くいるような。
「ザヒ、このホテルはラグジュアリースイートがもう一部屋あったな。海に面している」
「イミル坊ちゃま、確かにございます。今すぐ、鍵をお持ちしますか」
「ああ、鍵を用意し、ポーターを呼び、ヴィクトリア公爵令嬢を案内してくれ」
これにはレイとメイと顔を見合わせることになる。
間違いなく、ラグジュアリースイートは最高級な部屋だ。値段も含め。
一泊はできるだろうが、連泊していたら、三か月の軍資金を使い切ってしまう。
いや、一泊でもさすがに……。
「あ、あの、イミル殿下。お気持ちはありがたいのですが、私は三か月の旅を予定しています。ですので、ランクは中ぐらいもので……」
スーパーサラブレッド公爵令嬢であるが、ない袖は振れぬ。ということで少々恥ずかしさを忍び、部屋のランクを下げてもらい、出費を抑えようとしたところ……。