8:初めて見る……
「お嬢様、見てください。海が見えます! 湖と違い、波、というのでしょうか。白波が立っていますよ」
メイの言葉で一気に目が覚める。
言われるままに馬車の窓から外を眺めると――。
「すごい! なんて綺麗な海なのかしら!」
リケッツ国は内陸にあり、海に接していない。
初めての国外、そして転生したこの世界で初めて見る海。
岸の近くはターコイズブルー。遠くはコバルトブルー。陽光を受け、キラキラと輝いている。手前の白亜の建物とのコントラストが、実に秀逸だった。
さらに馬車が三十分程走ると、リントン王国最大の港町、アドルアルゼに到着した。
「今日はこちらの町に滞在するのでよろしいですか?」
馬車を降り、自身と私のトランクを手にしたレイが尋ね、私は頷く。
「ええ。ここに滞在するわ。まずは宿を確保しないとね」
降り立った場所は、アドルアルゼの中心部の広場。この広場を中心に、四つのメインストリートがのびている。この港町を開拓した領主の巨大な像を眺めるように設置されたベンチに座り、観光客向けの簡易地図を広げた。
「イーストアベニューに、貴族向けのホテルがいくつもあるみたい。そこへ行きましょう」
こうして整えられた石畳の道を三人で歩き出す。
「お嬢様、日焼けされると大変です。日傘か帽子を」
メイに言われ、ストローハットを被った。ワンピースとお揃いのパステルピンクの造花が、飾りでついている。
広場には、のんびり散歩をする観光客らしい貴族が沢山いた。アイスクリームやフルーツを販売するワゴンもあり、そこは常に人だかり。大道芸を披露する人もいて、賑やかな歓声と拍手が聞こえてきた。
イーストアベニューに入ると、広場の喧騒から一転、落ち着いた雰囲気だ。
馬車が優雅に行き交い、日傘をさす貴婦人は、素敵な紳士にエスコートされている。通りの左右に立つホテルはどれも格式があり、立派な建物が多い。左手の建物は海に面している。右手の建物は海に面していないが、その分、建物の土台を高くしているようだ。右手の建物の方が高さを感じる。少しでも海が見えるよう、工夫しているのだと思う。
「お嬢様、このホテルはどうですか?」
レイが示すホテルは、エントランスに巨大な噴水がある。その背後に、青い屋根に白壁の建物が広がっていた。建物の前には、オリーブの木が植えられている。青々とした葉が、風に揺れていた。混雑した雰囲気もなく、落ち着いていそうだ。
「いいわね、宿泊できるか、聞いてみましょう」
こうしてエントランスホールに足を踏み入れ、フロントで話を聞くと……。
「貸し切り、ですか!?」
「はい。一ヵ月まるまる、当ホテルを貸し切りにされています」
これにはビックリしてしまう。とても広いホテルだと思うし、ここを一ヵ月も貸し切りにするなんて、きっといずれかの国の王族に違いない。エントランスホールはそのまま海が見える作りになっており、眺望も抜群。こんなホテルに貸し切りで一ヵ月も滞在できたら、まさにパラダイスだろう。
そんなことできたらいいな、と思うが、さすがに私一人の財力では無理だ。
別のホテルを探そうと歩き出したところ。
「なんて美しいレディなんだ!」
突然、声をかけられ、驚いてそちらを見ると……。
トーブと呼ばれる砂漠の民の民族衣装をアレンジした服を着た男性が、こちらへ向かい、歩いてくる。白の貫頭衣を着たその男性は、長身でワイルドな少し長めの黒髪で、健康的に日焼けした肌をしている。黒水晶のような切れ長の瞳に高い鼻。腕輪、ベルト、ネックレスと、ふんだんにゴールドを使った宝飾品を身に着けていることで、理解する。
これは前世で言う、アラブの大富豪みたいな人だ。
私が断罪を受け、国外追放として身一つで向かうことになる砂漠の国――その名はサハリア。サハリアには王はいないが、代わりに三つの砂漠の大富豪が存在しており、四年おきにその大富豪の当主が国の代表を務めている。
見るからに若いから、その大富豪の当主ではないと思う。それでもこのホテルを貸し切りにできるぐらいの、砂漠の富豪であることは確かなはず。
「初めて見る髪色だ。まるでピンクダイヤモンドのように美しい。それにその瞳はまさにシャンパンガーネット。美の女神のように均衡のとれた手足。レディ。君はこの国の姫君なのだろうか?」
ここまでストレートに、正々堂々褒められるのは、スーパーサラブレッド公爵令嬢のヴィクトリアでも、初めてのこと。しかもリケッツ国では見たことのない、砂漠の国の男性は……。
至近距離でよく見ると、その上衣はV字に深く開いており、そこからたくましい胸筋が見え隠れしている。しかも健康的に日焼けしていることで、大変精悍に見える。
さらに声が……低音甘めボイス。
つまりはセクシーボイス!
加えて全身から、なんとも男のフェロモンが溢れ出ている。
こんな男性、これまでヴィクトリアの周囲にはいなかった。
ヒロインの攻略対象は、みんな西洋風の王子様キャラ。
エキゾチックな、フェロモン全開セクシー男子なんて、なんだか別のゲームのメインキャラみたいだ。
「レディ」
エキゾチックなフェロモン全開男子が、私の手を取った。