7:リントン王国
「ようこそ、リントン王国へ」
国境付近には、それぞれの国の国境警備隊の兵士がいる。だが前世のように、そこでパスポートを見せるといった、入出国手続きがあるかというと、ない。
見るからに怪しげな人物や大量の荷物を積んだ幌馬車や荷馬車は兵士から質問されることもある。さらには犯罪者の指名手配書が回っている時などは、入念なチェックもあると聞いていた。だが今日は、バカンスシーズンの初日。国外へ向かう者も多く、スムーズな通行を求められる。
よってレイとメイ、そして私をのせた馬車は、御者が兵士と挨拶を交わした程度で、あっさりリントン王国へ入国できてしまった。
そう。
今朝は四時起きで準備をして、五時には自室を出発していた。
動きやすいように、パステルピンクのワンピースを着た私は、これまた黒のワンピースを着たメイと、いつもと変わらぬ装いのレイと三人で、あっという間に宮殿の敷地から外に出たのだ。
そこにはレイが手配してくれた馬車が待っている。
先にレイとメイにより、三人分のトランクは、馬車の屋根に積み終えていた。だから後は、馬車に乗るだけだった。そしてついに馬車に乗り込み、ゆっくり動き出すと――。
それだけで達成感があった。
どれだけ断罪回避行動をとっても、ことごとく裏目にでていた。つまり失敗の積み重ね。そこに成功の「せ」の字は出てこない。そして今回の国外への旅行は、一応、断罪回避行動の延長戦にあると私は思っている。だからこうして無事、宮殿の敷地を出て、馬車が走り出した。ただそれだけでも、成功体験に思え、気持ちも盛り上がる。
「お嬢様、朝食を用意いたしました」
そう言って私の隣に座るメイが、私に差し出した籠の中には……私の大好きな卵サンド、BLT(ベーコン・レタス・トマト)サンド、クリームチーズサーモンサンドが入っている。さらにフルーツも詰まっていた。
「ありがとう、メイ!」
水筒も用意していたメイは、まだ温かい紅茶までいれてくれる。移動する馬車の中で朝食なんて、初めてとのこと。これだけで気分も盛り上がる。
喜んでまずは卵サンドからパクパク食べ始め、そこで気づく。
レイとメイは相当早起きをして動いており、当然、朝食は食べていないと思う。
「ねえ、二人の朝食は?」
「ございますよ。お嬢様のお食事が終わったら、僭越ながら、いただこうかと」
メイの対面の席に座るレイが、紙袋を私に見せる。
「二人とも、聞いて頂戴。今回の旅行では、二人に従者として侍女として同行してもらっているのは事実よ。でも同時にね、旅をする仲間だと思っているの。だから食事は一緒にしましょう。旅行中はレストランに一緒に入ることもあるだろし、ホテルでは同室にするつもりよ。だから食事も三人一緒でお願い」
「「お嬢様……」」
見事にシンクロした声で二人はそう言うと、すぐに「「分かりました!」」と笑顔になる。そして同時に紙袋を開け、中から取り出したのは……。
いわゆるノー小麦の黒パン二つと後はリンゴが一つ。これで一人分。
これには心の中で「えっ」と思ってしまう。
「まさか二人とも、いつもそれだけではないわよね!?」
「勿論です。王宮に常駐する使用人の食事は、王族の皆様のために、多めに作ったお料理の残りもあります。よって毎日美味しい物をいただいています。ただ、今日は時間がありませんでしたし、レイも私も大食いというわけではないので、朝食はこれでいいかと」
通常、貴族が使用人の食事に、そこまで気を使うことはない。でも一緒に食事をしているのだ。それにこんなことを提案しても、二人は絶対にノーとは言わない。
「ねえ、ごめんなさい。図々しいお願いだけど、私、黒パンを食べてみたいの。これとこれで交換して」
「! お嬢様、黒パンが食べたければ、僕のこの二つを召し上がってください! お嬢様のサンドイッチを、さすがにいただくわけにはいきません」
「レイ、私のお願い、聞けないのかしら?」
レイはハッとして、唇をキュッと噛む。
真面目で私に忠実でありたいと願うレイは、その美青年とも言える顔を曇らせた。
「ごめんなさいね。意地悪な言い方をして。でも、お願い。交換して」
「……かしこまりました。お嬢様。……お気遣い、ありがとうございます」
三人でサンドイッチを食べて、そして黒パンとフルーツも楽しみ、朝食が終わった。しばらくは平坦な道が続き、早朝から動いたこともあり、眠気に襲われてしまい……。