6:準備は完了
レイとメイと一緒に、最後に楽しい思い出を作ることができるなら、もうそれでいい!
そんな私の思いが伝わっているのか。ともかくレイとメイはバカンスシーズンが始まる前の一週間をかけ、少しずつ、他の使用人にバレないように、部屋の片づけを行ってくれた。売却したドレスと宝飾品は、いいお金になった。貯金に加え、これだけのお金があれば、なんだってできる気がした。
十八歳にて終活するなんて、本当にあり得ないこと。もし前世だったら、もっと高齢になってから終活はしただろう。でもそれは高齢過ぎて、「ああ、これは若いうちにしておけばよかった」となるかもしれない。
でも私は若い! 残り三か月、バカンスをしっかり満喫してやる!
この世界で、喪女のまま終わる必要はない。なんなら素敵男子を見つけ、アバンチュールを楽しんだっていいのだ。前世の私と違い、ヴィクトリアはスーパーサラブレッド公爵令嬢。この美貌と頭脳を生かせば、どんな男子とだってうまくいく(はず)!
こうして準備は整った。
私の自室は一見すると、変化はない。
暖炉の前のソファセット、窓際のテーブルセット。寝室の天蓋付きベッド、ドレッサー。バスルーム。
普段通りに見えるだろう。
だがクローゼットの中もチェストの中も。
文机の引き出しの中も。
全部空っぽだ。
壁に飾られた豪華な絵画の額縁の裏に隠していたへそくりも、全て取り出した。
「レイ、メイよくやってくれたわ。明日から私は旅に出るのだけど、二人はついて来てくれるかしら?」
するとレイはその美しい銀髪をかきあげ、ため息をつく。
「お嬢様とあろう方が、そんなことを聞かれるなんて。それは愚問としか言いようがありません。お嬢様が待機するように、とお命じになるので、これまで学園に足を運ぶことはありませんでした。ですが基本的に。僕は一秒足りともお嬢様のおそばを離れたくはないのです。ゆえに三か月のバカンスシーズンを利用した旅行。当然、お供いたします」
メイもレイの言葉に同意を示し、即答してくれる。
「私もレイと同様、お嬢様のおそばを常に離れたくないと思っています。旅行では未知の場所に行かれるのですよね? どんな危険があるか分かりません。お美しいお嬢様を狙う、恐ろしい狼も沢山いることでしょう。そんな奴らから、お嬢様をお守りする必要もあると思うのです。当然ですが、お供いたします。荷づくりは済んでいますので、いつでも出発できますよ」
二人とも、なんて心強い!
それにこの二人がいれば、護衛の騎士なんていらないわ。
「では明日、出発は早朝よ。なるべく人に見られないようにしたいの。王宮からこっそり外へ出るルートを調べておいて。そして宮殿の敷地を出たら、すぐに馬車に乗れるようにして欲しいの。すみやかに国境まで行って、そのまますぐ出国して、海に面した隣国リントンへ向かうわ」
「「かしこまりました、お嬢様。すべてご手配いたします」」
さすが双子! レイとメイは綺麗に声を重ね、返事をしてくれる。
あとは手紙を三通書くだけだ。
二人には仕事へ戻ってもらい、部屋に残された私は、まず両親へ手紙を書く。
いくらレイとメイが優秀であっても。
私を溺愛する両親は、三人だけで旅行するなんて、許してくれるはずがなかった。使用人は最低でも五人、護衛の騎士は十人ぐらいつけないと、きっと旅行なんて許してくれない。
でも私はもっと、身軽に動きたかった。
何せ素敵男子とのアバンチュールも目論んでいるのだから。
だから申し訳ないと思いつつ、手紙で事後報告だ。
残りの二通はネイサンと国王陛下夫妻への置手紙。
勝手に旅行に出たことを、ネイサンは怒るだろう。だからと言って、追いかけてきたり、止めたりすることはしないはずだ。なにせネイサンとしては、このバカンスシーズンを、ヒロインであるミミクリーと過ごしたいだろうから、邪魔はしないと思う。
国王陛下夫妻からは、学生生活最後のバカンスシーズンは、自由に過ごしていいと言われていた。卒業したら必然的にネイサンの婚約者として、公務を担うことになる。学生生活最後の休みは、自由に過ごしていいぞ、ということだ。
念のため、国外へ行ってもいいかとお伺いを立てたところ「別に構わない。学生のうちに別の国のことを知るのは、よき心がけ」と国王陛下に言ってもらえている。
よって国王陛下夫妻は、私が旅行しても文句はないと思う。とはいえ、ネイサンと一緒ではないことを、不思議に思うかもしれない。干渉はしないが、心配はしてくれるだろう。よってそれらしい理由を手紙にしたためた。いわゆるマリッジブルーみたいな状態であると匂わせ、よってネイサンと一緒ではなく、一人旅をすることにした――そんなことを書き綴った。
ということで準備は完了。
後は勇気を出して、実行するだけ。
そう、明日はいよいよ、この国を飛び出してやる!