58:大好きよ
私が「君がヒロイン~みんな君に夢中~」という乙女ゲームの世界に転生する前の最後の記憶。それは目の前に迫る眩しい光。よって恐らく交通事故で命を落としたのだと思っていた。
そしてそれは正解だと知ることになった。
「ねえ、レイ、メイ。あなた達二人は、本当に私にとって、家族と同じぐらい大切な存在よ。でも本当に不思議なの。どうしてそこまでして私に尽くしてくれるの?」
揚げたてのパンに、ドライココナッツをまぶしている時の会話だ。
レイとメイは私を挟むような形で、一緒に作業をしている。
「お嬢様は前世の存在を信じますか?」
メイから思いがけない言葉が飛び出し、ドキリとする。
前世!
まさかここで、前世という言葉が飛び出すとは思わなかった。
「前世。そうね。私は……信じるわ」
私の返事を聞いたレイとメイはお互いの顔を見合わせ、なんだか安堵した表情になっている。
「前世で、僕達とお嬢様は既に出会っていたのです。出会っていましたが……その出会いは一瞬のこと。なぜなら僕達と出会い、そしてお嬢様は……この世界に転生されることになったのです」
レイの言葉に首を傾げることになる。
それはどういうことなのかと。
「私もレイも、前世では人間でありませんでした。猫だったのです。まだ子猫。母猫は野良猫としてどこかに連れて行かれてしまい、私とレイは路頭を迷っていました。運悪く、カラスに襲われ、慌てて逃げた時。車道に飛び出してしまったのです」
「僕達猫は、前進できても後退できない。迫りくる車に恐怖を覚え、身動きできなくなった時、お嬢様が僕達を助けようとしたのです」
「ですが車はスピードが出ていたため、ブレーキが間に合わず、結局お嬢様を含め、私もレイも命を落とすことになったのです」
私はもう、お菓子作りの手を止め、レイとメイの話に聞き入ることになっていた。
前世の最期の記憶はほとんどなかった私にとって、これは初めて聞く話だった。同時にレイとメイがここまで尽くしてくれる理由が、よく分かった瞬間となる。
「自らの命を投げうってまで、僕達を助けようとしてくれたお嬢様に、心から報いたいと願いました。そしてこの世界に転生し、そして自分が人間として転生できたと知った時。お嬢様を見つけだし、絶対に御恩を返したいと思いました」
「ですが私達は貧民街で生を受け、その日を生きるのがやっとの状態。野良猫の時と、変わりません。ですが、諦めませんでした。せっかく人として生まれたのです。なんとしても生き残り、お嬢様を見つけ出そうと思いました」
「誰に教えられたわけでもないのです。ですが、この世界にお嬢様がいると、本能的に感じていました。よってあの日、お嬢様に会えたのは、運命だったのです。ただ、貧民街のみすぼらしい子供である僕達を、お嬢様が受け入れてくれるか。不安でした。猫であるのと変わらないぐらい、言葉だってできなかったので」
そうだったのね。あの時、二人はそんなことを思っていたの。
――「オジョウサ、マ、ニ、オツカエ、シマ、ス」
必死に二人が口にした言葉。この重みを改めて実感した。
「お嬢様が私達を受け入れてくれたのです。もう後はお嬢様のおそばにいられるよう、必要とされる知識やスキルを、とにかく身につけました」
「無事、お嬢様にお仕えすることができ、僕達にとってはこれが本望です。これからもずっと、お嬢様に忠誠を誓います」
「レイ、メイ、ありがとう! あなた達二人がいてくれて、本当に私、嬉しいわ。これからもよろしくね」
思わず二人に抱きつくと、レイとメイは珍しく感情を表出させ「「お嬢様」」と私に身を寄せる。
「ありがとう。大好きよ、二人とも」
悪役令嬢として転生した私が、シナリオとは違う結末を迎えつつある理由。それはきっと、この二人がいてくれたからだ。
一生この二人と一緒だわと、心から誓った。


























































