54:長続きしない
短いホームルームが終わると、卒業式が行われるホールへと移動となる。既に父兄は入場しており、在校生も着席していた。管弦楽団の壮麗な演奏が行われる中、卒業生たちは美しいドレス、完璧な仕立てのスーツを着て、ホールへと入場していく。
この卒業式で、婚約者がいる者は、お互いに胸につけるコサージュを送り合う。だが私はネイサンから「王族は、伝統的に母上からコサージュを受け取るからいらない」と、半年以上前から言われていた。でもそれは嘘。ミミクリーがネイサンにコサージュを贈りたいといい、ネイサンもまたミミクリーにコサージュを贈ると約束していたのだ。
ということで視界の端でとらえたネイサンは、チャコールグレーのスーツに、ミミクリーの瞳と同じ、紫の花のコサージュをつけていた。一方のミミクリーは、ロイヤルパープルのドレスに、ネイサンの瞳と同じルビー色の薔薇のコサージュをつけている。その薔薇には水滴を模すようにパールが飾られ、シルクの黒いリボンが光沢を放っていた。コサージュなのにまるで宝飾品のようであり、間違いなくパールは本物だろう。
攻略対象であるネイサンが、ヒロインへ捧げた愛のコサージュ。
自分がゲームのプレイヤーであり、ヒロインとしてこのコサージュを受け取った時は……感無量だった。しかし今は、別の意味で涙が出そうになる。だが唇を噛みしめ、気持ちを整えた。
ホールに卒業生が揃うまで、相応の時間がかかった。
さらにその後、学校関係者の挨拶が続き、卒業証書の授与が始まる。これは……長い。ゲームをプレイしている時は、攻略対象とヒロインの授与のシーンが、ドラマチックに描かれるだけだった。つまりあっという間だったが、リアルとなると……。
正直、婚約破棄と断罪のために高まっていた緊張感は、ここで切れた。人の感情は長続きしないものだと悟る。
もはやまだか、と思っていると、ついにネイサンが卒業生総代として舞台に立った。こうなると「ようやくか」いう心境の中、ゲームでお決まりのセリフが、私へ向けられた。
「婚約破棄だ、ヴィクトリア・サラ・スピアーズ!」
ゲームのシナリオ通り、ネイサンは私との婚約破棄を宣言した。
この後、続くのは「クラスメイトであるヒロインへの嫌がらせ」をネタに断罪だ。婚約破棄からの断罪からのバッドエンディングは、転生した乙女ゲーム「君がヒロイン~みんな君に夢中~」で定められた結末。もはや逃れようはない。
父兄席に座るであろう、両親や兄が気になるが、そちらを見る勇気はなかった。私にとっては予定調和でも、家族にとっては青天の霹靂だろうから。
「ヴィクトリア、君はこの国の第二王子であるネイサン・バド・リケッツの婚約者だ。それなのに君はバカンスシーズンの最中、わたしを放置し、リントン王国の王太子と二人、無人島でランデブーを楽しんでいた。これがこの度の婚約破棄の理由であり、君を断罪する理由となる」
「えっ……」
これには思わず声が漏れている。
聞いていない!
そんな断罪理由!
前世でプレイしたどの攻略ルートであろうと、そんな断罪理由は存在していない。
それにランデブー!? 船が火災に遭い、漂着してサバイバル生活していただけなのに!
でもそこで悟る。
リントン王国で起きた第二王子による王太子暗殺未遂事件の詳細が、ニュースペーパーであまり語られていなかった理由。それはいつもながらの大国への反感かと思った。だが違う。ネイサンは、リントン王国の王太子と私のランデブーを断罪理由にするため、敢えて詳細な情報をニュースペーパーで伝えないよう、圧力をかけたのだわ!
それに実際、無人島で何があったなんて、本人しか分からない。ネイサンが言うランデブーなんてないと主張しても、証拠はない。逆に言えばランデブーの証拠もないが、大衆心理は下世話な方向で、面白おかしく考える。結果、私は断罪されるに値する悪女へと仕立てられてしまう……。
想定外の、ゲームのシナリオで見たことがない断罪理由に焦る私に、ネイサンがチェックメイトする。
「浮気者な婚約者め。それはわたしへの不敬とみなす。王族であるわたしへの不敬、それすなわち、死刑だ!」
まさかの断頭台送りが宣告されてしまった――。


























































