43:涙が止まらない
「きっと、何か理由があるのでしょう? でもその理由は」
そこでひと際、ガッと大きな音がした。
「ここから脱出した後に、聞かせていただきます」
ガツンという音のすぐ後に、唐突に腕が床の方へと引っ張られた。
肩の辺りの筋肉に強張りを感じ、そして手錠の鎖が、破壊されたと理解する。
「フレデリック王太子殿下、ありがとうございます……!」
「救命胴衣を身に着けてください。手錠自体は外せていませんが、ひとまずこれで脱出しましょう」
「はい」
救命胴衣を慌てて身につけながら、本当にこれでいいのか、と考えることになる。
こうやって私が助かると、また何か事故が起きるのではないか?
「どうされましたか? そこの紐を、結わくだけですよ」
手の動きが止まっているので、フレデリックが代わりに救命胴衣の紐を結わいてくれる。その様子を見て、つい口にしていた。
「私が生き残ると、また大惨事が起こるかもしれません。私はこの世界で、悪女として消える運命なのだと思います」
「ヴィクトリア公爵令嬢。なぜそんな考え方をされるのですか? この事件を起こしたのは僕の弟であり、狙ったのは僕の命と王太子の地位です。そこにヴィクトリア公爵令嬢は、巻き込まれただけ。あなたのせいではないですよ」
本当に、そうなのかしら? ここは乙女ゲームの世界なのだ。
「もしあなたがおかしな勘違いをしているなら、それこそ改めてください。何より、僕の生き方を変えようとしてくれたのは、あなたなんですよ。もしもあなたに出会わず、話していなかったら。弟の謀略に絶望し、もうこのまま海の藻屑となり、消えてもいい――と諦めていたでしょう。でも今は違います。僕は諦めません。だからヴィクトリア公爵令嬢も、恐ろしい未来が待っているとしても、諦めないでください!」
救命胴衣の紐を結わき終えたフレデリックは「さあ、行きましょう」と手をとり、駆け出す。
攻略対象の美形男子とは違う、高身長なぽっちゃり王太子のフレデリック。彼はセンディングと一緒の時は、控えめで、場をいつも弟に譲っていた。でも今の彼は違う。生きるため、私を鼓舞し、脱出を試みてくれている。
その頼もしい姿に、胸が熱くなる。
しかし。
階段へつながる扉をあげた瞬間。
火柱が見えた。
フレデリックが慌てて扉を閉じる。
「もうここまで火の手が回って来たとは……」
「ごめんなさい! 私を助けに戻ったから……フレデリック王太子殿下は、脱出できたはずなのに、私のせいで」
涙がボロボロこぼれ落ち、止まらなくなる。
「私が誘いの手紙にのり、ほいほいこんなところまで来てしまったから、私のせいで、私の」
「ヴィクトリア公爵令嬢!」
フレデリックに肩を掴まれ、息を呑む。
「僕に呼ばれたと思い、ここへ来てしまったのですよね? あなたの侍女であるメイからそう聞いています。騙されたのです。弟に。卑劣なのは僕の弟です。あなたのせいではないですから。それに僕はまだあきらめていません」
そう言うとフレデリックは室内を見渡し、そして――。
「閉じ込められた場所が、ランドリールームで良かったです」
フレデリックが向かったのは、洗濯板や洗濯桶が置かれた洗い場だ。何人ものランドリー係の女性がそこに座り、一斉に洗濯できるようになっていた。まるで砂場のようであり、そこには大き目の……。
「分かりましたか、ヴィクトリア公爵令嬢。洗濯で使う水はこのポンプを使い、貯水タンクから運ばれてきます。使い終わった水はここから流れて行きますが、行きつく先は海です。しかもここはプールの水の排水にも使われる排水溝なので、普通の排水溝より大きめに設計されています。ここから、海まで、一気にダイブですよ」
つまり排水溝を通り、海までドボンと排出されて脱出するということだ!
その後はもう二人で排水溝にはまっている格子を、斧を使って持ち上げ、その後は――。
「あの、私、あまり泳ぎに自信がないのです」
「大丈夫です。救命胴衣を着ているのですから」
そこはもうフレデリックに励まされ、排水溝へ飛び込むことになる。
悲鳴をあげたのは一瞬のこと。
その後はもう、目を閉じ、鼻を押さえ、流されるまま、身を任せるしかない。
まさにウォータースライダーだった。真っ暗な中、ものすごい勢いで流され、そして――。
夜の海に落ちることになった。


























































