42:息を呑む。
どれぐらいの時間が経っただろう。
カチャッと扉が開く音がして、息を呑む。
誰かと思ったら……フレデリックだ。
「フレデリック王太子殿下……?」
救命胴衣を身につけた彼は、碧眼の瞳を細め、ニコリと笑う。
「大丈夫ですよ。船長と話し、脱出が既に始まっています。救難信号も出しましたし、館内放送を使い、また乗務員も各部屋を回り、避難を呼びかけていますよ。まだ舞踏会に多くの乗客がいたので、そこで事態を知らせることもできました。一斉に脱出に向け、動いていますから」
「火災は、どうなっていますか?」
「四か所あるボイラー室、その全てで小規模な爆発が起き、今、船は止まっている状態です。鎮火を試みていますが、火の勢いは止まりそうにありません。脱出を最優先にするようにと、指示を出しました。……この船から離れた場所に、既に脱出したセンディングの救命ボートが見えました。皆、いち早く逃げたセンディングを見ています。それに伝書鳩も飛ばしましたから、悪事は国王陛下に伝わるはずです。この船の火災は、センディングの仕業であると」
話しながら私のそばに来たフレデリックは、手にしていた救命胴衣を床に置いた。さらにもう一方の手には、斧を持っている。そう言えば、船内の至るところに斧が設置されていた。おそらく何かあった時、ロープを切ったり、扉を壊したりするためのものだ。
「ヴィクトリア公爵令嬢、これから手錠をこの斧で切断しようと思います。なるべく手首を自身の体の方へ寄せ、鎖の部分を柱に押し付けるようにしていただいてもいいですか?」
「! フレデリック王太子殿下、私のことを構わないでください! 逃げてください!」
「逃げますよ。あなたと一緒に」
真剣そのもののフレデリックの言葉と瞳に、何も言えなくなる。背後に回ったフレデリックは「さあ、鎖の部分を、柱に押し当てるようにしてください」と力強く声をかけた。
「でも」
「ここでぐずぐずしては、僕も命を落とすことになるでしょう」
フレデリックは、私を助けずに逃げるつもりはない。その決意を持っていることを、理解した。彼の優しさに胸に熱いものが沸き上がり、涙があふれそうになる。
「フレデリック王太子殿下、私は母国へ戻れば婚約破棄され、そしてサハリア国の砂漠に追放される身なのです!」
「そうですか」
「そうですか……って、フレデリック王太子殿下、砂漠に身一つで追放されれば、私は……どうせ生きていられません。今、ここで船と共に沈むか、灼熱の砂漠で干からびるか、どちらであれ、私に未来なんてないのです」
叫ぶように言うと、沈黙が広がった。
既に柱の背後に回っているフレデリックの顔は見えないので、不安が募る。
「言いたいことはそれだけですか? 早く、鎖を押し付けてください。それともヴィクトリア公爵令嬢は、僕がここで最期の時を迎えることを、お望みですか?」
「そんな!」
そんなはずがない。
早く脱出しないと、時間がないと、分かっていた。
私にはどうせ未来がないと分かれば、彼は逃げてくれる――違う。フレデリックはこの手錠をはずすまで、絶対に逃げる気はない。そういう人なのだ、フレデリックは。
言われるまま、手錠の鎖の部分を、柱に押し当てる。
「ではそのままで。行きます」
石の柱と斧の金属がぶつかり、大きな音がする。その音の合間で、フレデリックが声を発していた。
「王族との婚約破棄をされ、追放される。それはよほどのことです」
それはその通りだ。それを今、フレデリックに指摘されることは、とても辛い。
「ただ、私が知るヴィクトリア公爵令嬢は、そんなことをされていい人間には思えません」
この言葉には、胸がドキッと反応する。
「あなたは……自分の命より、僕達や他の乗客が助かることを願ったのです。そんな人がそこまでの罪をおかしているとは、とても思えません」
フレデリックは……なんていい人なのだろう。
涙が……自然と零れ落ちる。


























































