41:考える。
センディングがいなくなり、一人になった私は考える。
自分が助かる算段を、考えてはいけない。
悪役令嬢とは、悪役としてこの乙女ゲームの世界から、去らないといけないのだろう。もし生き残ることがあれば、またシナリオの強制力が働き、多くが犠牲になる惨事が起きかねない。
フレデリックが来たら、徹底的に彼のことを突き放そう。レイやメイに対しても同じだ。そしてすぐに救命ボートに乗って逃げるように……可能であれば少しでも多くの人が助かるように動く――そうするよう、お願いしよう。
そこが決まると、手錠をどうはずすということも、考える必要がなくなった。
代わりに少しでも多くが助かる方法を、考えることにした。
重要なのは情報の伝達だ。
ボイラー室で保管されている石炭が燃えており、火事が起きている。でもボイラー室はいくつもあるはずだ。煙突の数だけあるだろう。そこで火事の確認をして、動くのでは遅い。まずは船長に事態を伝え、救難信号を出しつつ、可能な限り館内放送を使い、脱出を促してもらおう。
「動くな!」
唐突にランドリールームの扉が開き、そこからフレデリックと彼の護衛の近衛騎士、レイとメイが飛び込んできた。
「ヴィクトリア公爵令嬢!」「「お嬢様!」」「聞いてください!」
まさに三つ巴みたいな状態になったが、私は何が起きたのかを、機関銃のような勢いで話した。その間、皆、私の手錠を外そうと、いろいろ試みてくれる。だが今、何が起きているのか話すと、動きが止まった。
「それは本当なのですか……!」
「はい。フレデリック王太子殿下、今、話したことはすべて事実です。それに私がこんな嘘、つく必要はないですよね? 速やかに、脱出してください。私のことより、助かる命を少しでも多く、助けてください」
その瞬間、フレデリックの表情が変わった。私とデッキでセンディングについて話した時に見せた、凛々しい顔に変わっている。すぐに護衛の近衛騎士達に指示を出し、動き出してくれた。
これには心底安堵する。
ちゃんと王太子教育を受けただけある。有事の際、どうすればいいのか、分かっているんだ。
「お嬢様、手錠は必ず外しますから、一緒に逃げましょう」
「レイ、メイ、聞いたでしょう? この船では火災が起きているの。しかもセンディングは、その火災が燃え広がるよう、何かをしたはずなのよ。だから一刻も早く、避難をして。可能な限り、乗客を助けてあげて」
「嫌です! 僕はお嬢様を助けます!」
「そうです。私とレイは、お嬢様のためにここにいるのです!」
やはり二人はそう言うと思った。ならば命じるしかない。
「これは命令よ。センディングの悪事を暴き、罪を背負わせて頂戴。彼が責任を問われる状態にしてほしいの」
私の言葉に二人が黙り込んだ時。
突然、船に振動を感じた。
その場にいた全員の悲鳴が重なり、一つの叫び声のようになり、ランドリールーム内に響き渡る。
「僕は今すぐ、船長のところへ行きます。レイとメイ、主の命令には従うべきです。行きましょう」
レイとメイの葛藤が伝わってくる。二人の目を見ると、胸が苦しくなった。でももたもたしている時間はないはずだ。
「お願い、レイ、メイ。ここで私と犬死にして、あの悪党を逃がすようなことをしないで!」
「行くぞ!」
私の声に被さるように、フレデリックが叫んだ。
レイとメイが唇を噛みしめ「「分かりました」」と頷いてくれる。
これで全員が脱出のために、動き出してくれた。
次々とランドリールームから人が出ていく。
こうしてまた私は、ランドリールームで一人になった。
メッセンジャーとしての役目は、ちゃんと果たせた。
フレデリックが船長と話せば、避難と脱出が進むはずだ。
安堵と共に怒りが沸き上がる。
いくらここが乙女ゲームの世界であり、悪役令嬢に役目があるとしても、断罪は私だけにしてくれればいいのに! シナリオの強制力に反する行動をとったのは、私なのだから。排除するなら、私だけにして欲しかったと思う。大勢を巻き込むなんて、しないで欲しいと思った。
ひとしきり怒った後は、悲しくなった。
せっかく転生したのに、ここで終わるのかと。
船が沈めば、ここにも海水が流れ込んでくる。一気に流れ込んでくるのか、じわじわと体が海水に沈むのか。どちらであれ、きっと苦しいはずだ。
それを思うと恐怖を覚え、叫んでいた。
「死にたくない! 助けてください! 神様!」と。
人間の基本は生存だ。生きているんだ。生きたいと思うことが普通だった。
生きたい! 生きたい! 生きたい!


























































