40:なんてひどいことを。
「父上にはこう報告しますよ。兄上は、婚約者がいる隣国の公爵令嬢に横恋慕した。彼女を手に入れようと、ランドリールームで拘束。彼女に手を出している最中にボイラー室で事故が起きた。兄上は彼女を手に入れるのに夢中になっており、事故に気が付くのが遅れ、そのまま海に沈んだ……」
なんてひどいことを。完全にフレデリックの名を、貶めるつもりなんだ。そんなことはさせない!
「フレデリック王太子殿下がここにきたら、すぐにセンディング第二王子殿下の裏切りを報告します。そして逃げてもらいますから!」
「……君を置いて、兄上は逃げると思うのですか?」
それは……!
フレデリックの、あの優しすぎる顔が脳裏に浮かぶ。
「笑ってしまいましたよ。兄上は、まさに美女と野獣なのに! あなたを初めて見かけてから、一目惚れをしていたようです。婚約者がいると知って、どれだけショックを受けていたか。婚約者がいようと、あなたがあの兄上を、相手になどするわけがないのに」
「フレデリック王太子殿下の、純粋な好意を利用するのですか!」
「純粋な好意? 婚約者がいる相手に抱く好意が純粋? まあ、純粋だろうと不純なものであろうと、構いません。あなたと心中しようが、あなたを見捨てようが、どちらであったとしても。今から逃げないと、もう間に合いませんから」
これには血の気が、サーッと引く。
「既に、ボイラー室での事故は起きています。この豪華客船を動かすのに、どれだけの石炭が使われると思います? 船尾には大量の石炭があるのですよ。乾燥した石炭は、自然発火します。ゆえに船に積む石炭は、湿らせておく必要がある。でもこの船の石炭には、乾燥した石炭をわざと積ませたのです。そして先ほど、さらに火が燃え広がるよう、手を加えましたから」
「まさかこの船は、出航したその時から、火災で沈没する未来しかなかったということですか!?」
するとセンディングは「その通りですよ」と楽しそうに笑う。
「一度発火した石炭は、そう簡単には消えませんから。この旅の間もずっと燃え続けています。……ヴィクトリア公爵令嬢。あなたは、本当は生きることができたのに。なぜこの船に乗りたくなったのですか?」
それは……今となってはもう後悔しかない。
この恐ろしい罠を仕掛けたセンディングを見て、そうとは知らず、乗船を決意してしまった。
「あなたがこの船に乗りたがり、それを知った兄上は『使わない部屋があるから、それを解放しましょう』と言い出した。わたしは止めたのですよ。でもあの兄上は、自分の善意に酔っていたのか。部屋の解放を決め、あなたはこの船に乗ることになった。自らの死地に乗り込んだのですよ」
センディングは私に「急遽部屋を必要としているご令嬢がいると、係員から相談を受けたのです。困っている方を助けるのは、当然のこと。王族の一員としても、困っている方は見過ごすことができません。当然のことをしたまでですよ」こう言っていたが、それは嘘だったわけだ。
親切なフレデリックが私のために、部屋を解放してくれた。
フレデリックは厚意で部屋を譲ってくれたのだ。彼のせいでこうなったと思う気持ちなんて、あるわけない!
むしろこれは……悪役令嬢の呪いとも言える、シナリオの強制力なのでは!? 私はイミルと知り合い、断罪後に生き残る算段を立ててしまった。それをゲームの見えざる力は、見逃さなかったのでは……?
そこで騎士が駆け寄り、センディングに耳打ちした。
「ではおしゃべりはこれでおしまいです」
心臓がドクンと大きく跳ね上がる。
センディングはすぐさま丸椅子から立ち上がった。
「間もなく兄上が助けに来てくれますよ。……助けられないですがね。結局、婚約者がいるのに、ここに来たということは。信じられないことですが、あなたも兄上が好きだったと。驚きです。さて、相思相愛で海に沈むのか。兄上があなたを置いて逃げようとあがくのか。楽しみですね」
センディングの言葉はそれが最後だった。「明かりは情けで、つけておいてあげますよ」と言うと、センディングは近衛騎士達を連れ、ランドリールームから出て行った。


























































