39:邪魔な奴
「公爵令嬢がそんなこと、できませんよね?」
クスクス笑うセンディングを無視して、その場で跪く。
だが、柱を挟んで後ろ手で手錠をかけられているのだ。
センディングの靴には、体が届かない。
この様子を見ていたセンディングは、意外だという顔をしていた。この乙女ゲームの世界は名誉を重んじるだろうが、私には前世の感覚もある。名誉より、何が起きているのか知ること。そちらを優先した。
「あなたは……なかなかに肝が据わっている。その頑張りに免じ、教えてあげましょう」
センディングは隅にあった丸椅子を、近衛騎士に命じて持ってこさせると、そこに腰をおろす。そして長い脚を組み、話し始める。
「兄上とわたし。三歳しか歳は違いません。王太子教育は、わたしも受けましたが、その出来は同じぐらいでした。その当時は、容姿だってたいして違っていません。それなのに、兄上はただ“兄”というだけで、王太子。そんなこと、納得いくわけがないでしょう? しかも兄上の母親である王妃は、亡くなっているのです。後ろ盾もないくせに、ただ三年早く生まれただけで、王太子だなんて」
吐き捨てるように言うと、センディングはため息をつく。
「父上は、兄上を見ると亡き王妃を思い出すと言って、兄上を遠ざけました。わたしの母上は当然、兄上のことが嫌いです。なぜなら母上は、わたしを王にしたいと思っていますから。他の兄弟もそう。みんな母上の子供で、わたしの弟と妹。兄上だけが、異分子なのです。自分から消えてくれればいいものを。本当に、邪魔な奴です」
邪魔だが王太子であるフレデリックを、そう簡単に暗殺はできない。腹いせで、自分と変わらぬ整った容姿と運動能力を貶めるため、甘い物と高カロリーな物を食べさせた。わざとその魅力を半減させるような服を着させ、横に並んだ時、自身が引き立つよう仕向けたのだ。
「でもどんなに兄上を貶めようと、王太子であることは変わりません。なんとか消したいと思い、遊学を兄に提案しました。旅先では王宮にいるより、護衛の数は減りますし、ハプニングも起こしやすい。ですが兄上はなんなのでしょうか。強運の持ち主で、馬車の事故でも、宿の火災でも、毒が盛られた食事を口にしても。生き延びてしまう。だから逃げ場がない、この船旅で決着をつけることにしたのです」
「ま、まさか、センディング第二王子殿下、あなたは……」
センディングはニコッと笑う。それは……悪魔の微笑み。
「この豪華客船を沈めます。兄上ごと。わたし達は一足先に脱出させていただきます」
「そんな、センディング第二王子殿下、それはダメです。この船に、一体どれだけの人が乗船していると思っているのですか!?」
「救命ボートもありますから、ある程度は助かるでしょう。本当は兄上だけが沈んでくれればいいのですが、そんなことになったら、暗殺だと疑われます。よって一部の皆様は、不慮の事故の証拠になっていただくわけです。つまり兄上と共に、海に沈んでいただく必要があります」
信じられなかった。自分の利害のために、フレデリックを消そうとするなんて。無関係の人々まで巻き込もうとするなんて……!
「そんなに王太子になりたいのですか?」
「ええ。当然でしょう? 王族に生まれたからには」
悪びれもしないセンディングとは、きっと永遠の平行線だ。この人とは価値観が違い過ぎる! 何としてもこの事態を、フレデリックに伝えないといけない。万一に備え、メイについて来てもらってよかった。
メイが私の後をついてきていることを、センディングは気づいていない。のこのこ一人でやってきたと思っている。大丈夫。センディングがこの場所から去ってくれれば、メイがすぐに助けに来てくれる。
「一人で来てくださいとお願いしたのに、供をつけるのは反則ですよね」
センディングの言葉に、ギクリとしてしまう。
メイに気づいていたの……?
「元々、あなたがここに囚われていることは、兄上に知らせるつもりでした。その上で、兄上に決断を迫るつもりでしたから」
「そ、それは、まさか」
「これが、その手錠の鍵です」
センディングはそう言うと、その鍵を近衛騎士に渡した。受け取った騎士は、洗濯絞り機のローラの間に鍵を挟み、ハンドルを回す。二つのローラの間を、嫌な音を立て、鍵が吸い込まれていく。
「鍵はこれで壊れました。あなたはもう、その柱から逃げ出すことはできない。……腕を切り落とせば、逃げ出せますかね?」
衝撃で言葉が出ない。
お読みいただき、ありがとうございます!
【ご報告】
第4回一二三書房WEB小説大賞
一次選考通過しました(御礼)
『断罪終了後に悪役令嬢だったと気付きました!
既に詰んだ後ですが、これ以上どうしろと……!?』
https://ncode.syosetu.com/n8030ib/
未読の読者様用にページ下部にイラストリンクバナー設置しています!
この機会にお楽しみくださいませ☆彡


























































