2:終活をしよう
王立リケッツ高等学院は通常、王侯貴族しか入学できない。だが平民でありながらも、ミミクリー・アルステラは、王立リケッツ高等学院に入学してくる。天才的な頭脳、誰にでも好かれるヒロインチートのおかげで、返金不要の奨学金まで得て。
この頃の私は、断罪回避は無理と悟っていた。ならば断罪が軽く済むような“微調整”をするようになっていた。
ヒロインであるミミクリーの恋路をヴィクトリアが邪魔する理由。婚約者であるネイサンをミミクリーが攻略しようと近づけば、当然だが「私が婚約者なのですが!」ということでヒロインへのいやがらせが始まる。それ以外の攻略対象の時は「平民のくせに!」ということでやはりミミクリーにねちねちと絡む。
そしてヒロインへの嫌がらせは、どうしたってやってしまうのだ。私、ヴィクトリアがやるつもりはなくても!
例えばミミクリーにカフェテリアで紅茶をかけるシーン。そうならないために、紅茶は勿論、ドリンク、スープを排除し、トレイにはパンしかのっていない状態にした。それなのに!
私を見てビビったミミクリーは、そばにいる令嬢にぶつかり、自分のトレイにのせていた紅茶をかぶることになる。私は何もやっていない。でも「ヴィクトリア公爵令嬢に睨まれ、怯えたミミクリー嬢は、自ら紅茶をかぶった。それを見てヴィクトリア公爵令嬢は、実に満足そうに微笑んでいた」となるのだ。微笑んでなどいない。驚愕している。それなのに……信じられない!
ゲームのシナリオによる強制力は恐ろしい。どうしたって定められた出来事は、起きてしまうようだ。ならば痛手が少ないものにしようと思うようになった。
つまり紅茶をかけるシーン。紅茶はアツアツだったため、ミミクリーは制服が濡れるだけではなく、火傷までするのだ。そうならないように。紅茶ではなく水をトレイにのせる。そんな風に“微調整”をすることにしたのだ。
その結果、ミミクリーが受ける嫌がらせは、随分と優しいものに収まったと思う。
バケツの汚れた水ではなく、香油を垂らしたとてもいい香りの水を、ミミクリーは浴びることになった。夏のある放課後に。私に突き飛ばされたミミクリーは、薔薇の花壇で尻もちをつき、棘があちこちに刺さるはずだった。だがそうならないように私は、花壇を芝生に変えていた。教科書への落書きは、その絵で馬車が一台買えるぐらいの画家のデッサンに変えた。ミミクリーはそのデッサンが描かれた教科書を売り、来る卒業式のドレスを仕立てることができたのだ。
どんなに嫌がらせの内容が優しいものだとしても。嫌がらせをしている事実は変わらない。このまま卒業式を迎え、婚約破棄と断罪を言い渡されるのだろう……。
その卒業式は、約三か月後に迫っていた。
王立リケッツ高等学院では、六月からバカンスシーズンに入る。前世でいう夏休みだが、その期間は三か月と長い。そして卒業式は八月末だ。
バカンスシーズンに入れば、攻略対象にもミミクリーにも合わないで済む。婚約者であるネイサンとの絡みはあるが、そもそもネイサンはミミクリーと過ごしたいはずであり、私の不在はヒロインにプラスになるだろう。よってきっと、大丈夫だと思う。つまりシナリオの強制力は作用しないはず。
そう。
私は勇気を出し、決意した。
もう断罪は避けられない。だから終活をすることにした。
既に妃教育は終っているが、どうせ結婚したら王宮で暮らすことになる。よって王宮に与えられたら私室に、私は住み続けていた。その私室の片づけを始めた。
ミミクリーは間違いない。ネイサンを攻略していると思う。そうなると私がされる断罪は、国外追放だ。その国外というのは砂漠。砂漠に身一つで投げ出され、生存できるのだろうか? 山籠もり生活は、スマホ断捨離のため、前世で経験している。だが砂漠……。
ゲームのエンディングに、国外追放された悪役令嬢のその後の記載はない。
ただ、言えるのは、王宮の私室からはどうせ出て行くことになる。そして砂漠には身一つで向かうことになるのだ。ならばもうこの部屋には、卒業式で着るドレスと宝飾品さえあれば、いいのでは?
勇気を出して、終活をしよう。
身辺整理をして、そして……。
思い出作りだ!
三か月時間がある。前世で長期休暇を使い、海外旅行を楽しんだように。リケッツ国を離れ、旅行を楽しもう。
そうと決めたら、動き出すしかない。
まずはあの二人の協力は、欠かせないだろう。
意気揚々と私は、ヴィクトリアの心強い仲間である二人を、呼び出すことにした。