19:――あ。
早朝の海岸が、こんなに気持ちいいとは思わなかった。
風光明媚な観光地を、維持するためなのだろう。
砂を早朝から整備している職員がいる。
具体的にはゴミを拾い、木製レーキを使い、砂浜を整えていた。
そんな彼らの頭上を、カモメが飛んでいる。
朝陽はまだ昇ったばかり。
今日一日のスタートを告げる陽射しを、徐々に砂浜の上へと広げていた。
そんな様子を眺めながら、遊歩道をイミルと共に歩いている。
背後に続くのは、イミルを護衛する兵士複数名と、レイ。
メイは留守番だ。
イミルは今日も、白のトーブと呼ばれる、砂漠の民の民族衣装をアレンジした服を着ていた。その装いは、砂浜の背景がよく似合う。まるで彼が母国の砂漠を散歩しているように見える。一方の私は海にインスパイアされ、ライトブルーに白のレースがあしらわれたドレスを着ていた。
「昨晩は、ヴィクトリア公爵令嬢が夢の中に出て来くださり、とても幸せな夢を見ることができた」
もしハーレムのことを知らなければ、「私も夢にイミル殿下が現れました!」と応じていたかもしれない。胸を高鳴らせ、まさに恋する乙女状態で。……夢の内容が、際どいものだった件はさておき。
「ホテルを出て、ここに来るまで。ずっと浮かない顔をしているな、ヴィクトリア公爵令嬢」
この指摘にはドキッとしてしまう。そんなに表情に出ていたのかしら!?
「申し訳ありません。せっかく早朝の清々しい散歩に誘っていただいたのに」
「そのように謝る必要などない。……そこのベンチにでも、座ろうか」
遊歩道沿いには、等間隔でベンチが設置されていた。
そこに並んで座り、しばらくは寄せては返す波を眺める。
「例の婚約者の第二王子のことで、悩んでいるのか?」
気遣うように優しくイミルが尋ねる。
既に八人の側妻を持つが、女好きの遊び人ではないのだと、しみじみと思ってしまう。彼の善性を強く感じる。
「婚約者のことではありません。実は……ずっとイミル殿下のことで、悩んでいます」
「わたしのことで悩んでいるのか? なんだ、遠慮せずに言って欲しい」
遂に言うべき時が来た。
でもいつかは言わなければならない。
お互い、気持ちが深まる前に。傷が深くなる前に。
「その……私、イミル殿下の母国であるサハリア国について、詳しくありませんでした。そこで調べさせていただいたのです」
「それは勉強熱心なこと。して、どうだ、わたしの国は」
「サハリア国がどんな国であるか、それは妃教育の一環で既に知っていました。砂漠に埋蔵されている金のおかげで富んでいる国であることや、天文学の研究者を多く輩出していることは、存じ上げています。そうではない、独特の慣習や風俗について、改めて調べたのです」
イミルは「なるほど」と相槌をつくと、脚を組み、その体を私の方へと向ける。
完全に聞く体勢に入っていた。
「私の母国であるリケッツ国は、一夫一妻制です。婚姻とは、そういうものとして育ってきました。……イミル殿下には、既に側妻が八名もいらっしゃるのですよね? お子様も五人もいらっしゃる。そこが私にはどうしても、受け入れがたいのです……」
ついに言ってしまった。
イミルがどんな反応を示すか想像できず、その顔から視線を逸らし、海の方を見てしまう。
――あ。
昨日、ナンパ男達を撃退するレイを見て、ビビっていた高身長ぽっちゃり令息が見えた。