16:反則!
「どうだ。婚約破棄されるかもしれないと沈んでいた気持ち、少しは晴れたか?」
「は、はい。思いがけない提案で、驚きました。ですがおっしゃる通り、捨てる神あれば拾う神ありで、イミル殿下に会えてよかったです」
そこでイミルは妖艶さとは違う、なんとも心をときめかす笑顔になった。
こんな笑顔もできるなんて、反則では!?
「ようやくヴィクトリア公爵令嬢の顔から、緊張感が消えたな。最初に会った時は、それは当然だ。お互い見知らぬ同士。緊張しない方がおかしい。でも浜辺で遊んでいる時、ふとした瞬間に顔が強張る。何か悩んでいると思った。その憂いを晴らすことができればと、思わずにはいられなかった」
「え、海に行ったのを、ご覧になられていたのですか!?」
「偶然な。海を眺めるカフェがあり、そこで茶を飲んでいた」
そうだったのね。
偶然であれ、本当に私を見てくれていた。
というかイミルはこの乙女ゲームの世界では珍しく、女性のことをよく見ていると思う。ここが乙女ゲームの世界であり、ヒロインが攻略対象を“攻略”することに主眼が置かれているからだろうか。攻略対象の男性は、基本的に自分達から気遣いを見せることは少ない。攻略待ち状態で、ヒロインが何かすれば反応を返すが、基本的に受動的。攻略が進めば、自ら動いてくれるけど、出会ってすぐ、初期でこんな反応は絶対にない。
それを思うとちゃんと私を見て、小さな感情の変化に気づき、細やかな気遣いができるイミルは……。
最高かもしれない。いわゆるハイスペック男子という存在だと思った。
二次元だけではなく、実在するんだ……!
「緊張がとれたなら、もっと食べるといい。あまり口にしたことがないだろう、こういった料理は。食材はこの国のものだ。だがスパイスは、すべてサハリア国のものを使っている。わたしの国の味を、楽しめるぞ」
「ありがとうございます! この味付け、私は気に入っています。とても美味しく感じますわ」
「気に入ったものがあれば、おかわりも出させる。遠慮なく食べていただきたい」
「はい!」と返事をした私は気持ちも軽くなり、もうパクパクと料理を平らげる。
食事の合間に、夕日も楽しんだ。
日が沈み始め、空の色が変わりゆく様子、それがとてつもなく素晴らしい。水平線に日が沈む時は、生命の輝きのようなものを感じた。自然の雄大さを実感する。
食事と夕日を楽しみ、その上で交わした会話も、とても楽しいものだった。
サハリア国は、妃教育で一通りは学んでいた。
でもそれは表面的なものであり、数字に基づくデータ的な情報。
でもイミルが語るのは、リアルなサハリア国の話だった。
砂漠は国土の多くを占めるが、砂塵が舞い、砂っぽくて困る……なんてことはないという。確かに太陽の陽射しは強いが、風はなく、穏やかな日の方が多い。それに砂漠は水がないと思われがちだが、オアシスはあるし、意外と地下水路もあり、村も点在しているとのこと。
そうか、砂漠に放逐されても、意外と生き残れるかもしれない。
そんな会話を楽しみ、食事が終わると。
「ヴィクトリア公爵令嬢が、二十歳ではないのが残念だ。夜はまだまだこれからと、酒を楽しむのはまだ少し先か」
イルミは残念そうに呟いたが、最後は紳士的に部屋まで送ってくれた。
だが募る想いがあったようで、私の手の甲にキスをする。
その結果、私は――。