10:ではお言葉に甘えて
「ヴィクトリア公爵令嬢。我が国では、招待したレディにお金を使わせることは、恥となる。このホテルに何日滞在し、食事をしようが酒を飲もうが、レディにお金を払わせるつもりはない。もしレディに請求をする者がいれば、即刻解雇させよう。よって安心し、滞在いただきたい」
「え、そ、そうなのですか!?」
これにはレイとメイも、ビックリしている。
「そちらの二人は、ヴィクトリア公爵令嬢の従者と侍女とお見受けする。主と別室を希望するのであれば、スイートの鍵もそれぞれ用意させよう」
「サハリア様、それには及びません。こちらのラグジュアリースイートには、ベッドルームが五つあると、案内書に書かれていました。それに我が主のおそばに控え、いつでもお手伝いしたいと思っていますので、別途部屋を用意いただく必要はございません」
レイが素早くそう答えると、イルミはレイをまじまじと見る。
「君は……従者にしては鍛えた体をしている。そうか、護衛も兼ねているのか。しかし佇まいに実に品がある。……従者をしているが、君も貴族のご子息なのでは?」
「はい。サハリア様のおっしゃる通りです。父上は男爵位を拝命しています」
「なるほど」とイルミが頷いたところで、ザヒが鍵を手にポーターを連れ、戻って来た。
ラグジュアリースイートには、五つベッドルームがあると、レイはしれっと答えていた。いつの間に案内書を見たのかと思うが、いったい一泊いくらするのだろう? 本当に厚意に甘えていいのだろうか。
「ヴィクトリア公爵令嬢。あなたが滞在したところで、料金は変わらない。空き部屋の有効活用と思い、遠慮なく使って欲しい」
ザヒから鍵を受け取ったイルミは、私に真鍮製の立派な鍵を渡してくれる。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
「もしよろしければ」
「はい」
「滞在中、舞踏会を開き、ディナーをセッティングしたいと思う。……招待したら受けていただけるだろうか?」
これにノーの返答などあるわけがない! 「喜んでお受けいたします」と微笑むことになる。何より、舞踏会やディナーを通じ、友好関係を強固なものにできたのなら! もはやネイサンが下す国外追放刑も、怖くない気がした。
一方の私の返事を聞いたイルミは、実に艶やかな笑みを浮かべる。
ああ、“笑顔を見ただけで妊娠しそう”という言葉を追加する必要がありそうだわ……!
「今晩、早速、ディナーに招待しても?」
「! 勿論ですわ」
「では後ほど、使いを遣わす」
そこでイルミは再び私の手をとった。
「貴国での挨拶を、わたしも実践してよろしいですか?」
これにはすぐピンとくる。
妃教育を終えている私は、サハリア国の一般的な挨拶が、握手であると知っていた。でもイルミは、手の甲へのキスをしようとしているのだわ。
「どうぞ」と言いかけ、「え、いいの!?」と思い直す。
こんなエキゾチックなフェロモン全開なイルミに、例え手の甲であろうと、キスをされたら妊娠……するわけない!
「ええ、構いませんわ」
落ち着いた笑顔で返しているが、心臓はバクバクしている。
するとイルミが上目遣いで私を見た。
うわーっ、上目遣いだけで妊し「チュッ」
「はあぁぁぁっ!」と声が出そうになり、慌てて口を押える。
手の甲に触れたイルミの唇に、熱を感じた。
彼の唇が触れた部分から、その熱が広がっていく。
体の芯が疼くように感じ、呼吸が荒くなる。
こ、これは挨拶よ、何を勘違いして、反応しているの、私!
自分でいくら言い聞かせても、全身の血流がよくなり、頬が熱い。
「ヴィクトリア公爵令嬢……」
低音甘めボイスで名前を呼ばれ、悶絶しそうになるのを堪える。
「そなたはなんと罪深い。そのような表情、婚約者以外には見せては毒だ」
「Ouch!」と小さく呟き、倒れそうになる私をメイがさりげなく支えてくれる。その様子を見たイルミは、再びあの妖艶な笑みを浮かべ「では用事があるので失礼する。またディナーで会おう」と去っていく。「ご、ごきげんよう」と震える声で答えるので、私は精一杯だった。
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週末サプライズ!
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